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第六章 でも、もう少しだけ
信じて、託して
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十二月。冬の王宮の回廊は、ひときわ静けさを増していた。
人気のない窓辺に、ラシェルは両手を強く握りしめ、立ち尽くしていた。
薄暗い廊下を駆ける足音。ホープがその背を見つけると、小走りに近づいた。
「ラシェル……! ごめん、遅くなった。……寒かっただろ?」
ラシェルは、少し間を置いて振り向いた。
その顔には、迷いと悔しさの入り混じった表情が浮かんでいた。
「……王妃様の帰国が決まったこと、聞きましたか?」
「え? いや、聞いてないよ……」
「もしかしたら、リアナ様の愛人疑惑が原因かも……。私、あれは事実じゃないって、お伝えしたんですけど……」
ラシェルの唇が、かすかに震える。
「私……シーランドに同行したいって、お願したんです。でも……だめでした。……私が、役に立たないからでしょうか。王宮に残って、リアナ様を支えて欲しいって言われました」
ホープは、静かにラシェルを見つめた。
そして、ふと、何かに気付いたように言葉を継ぐ。
「……リアナ様を支えて、って言われたんだよね。それ、答えだよ、ラシェル」
「え……?」
「シルヴィア様は君を信じてる。だからこそ、代行のリアナ様を支える大役を託したんだ」
その言葉に、ラシェルの目が揺れた。
ホープはそっと、ラシェルの手を取る。
「……君が居ることで、この場所が守られる。王妃様は、きっとそう思ってる」
握られた手が、小さく震える。だが、それは寒さではなかった。
「……そんな風に、思って下さってるんでしょうか」
「うん。間違いないよ」
ホープはふっと笑う。
その笑みには、いつもの穏やかさに混じって、少しだけくすぐるような甘さがあった。
「それに……ぼくも寂しいしね。君がいなくなったら。ヴィンセントの時より、もっと泣いちゃうよ。絶対に」
「……えっ?」
思わず見上げたラシェルの頬が、ほんのり赤く染まる。
「君のそういう顔、久しぶりに見たな。ほんとに可愛い」
ラシェルは、言葉を詰まらせて俯く。
けれど、その頬には、微かに笑みが戻っていた。
* * * * *
揺れる馬車の窓辺から、ヴァロニアの城塔が少しずつ遠ざかってゆく。
この地に来て、もうすぐ三年。
見慣れたはずの風景なのに、今日ばかりは、胸にぽっかりと穴が開いたようだった。
シルヴィアは外套をかき寄せ、静かに息を吐く。
(あの人に、ちゃんと背中を見せて来れば良かったかしら……)
ギリアンは見送りに現れなかった。
けれどそれは、彼なりの気遣いなのだと、わかっている。
――王妃が、不妊を理由に実家へ帰る。
その噂は、簡単に人々の口に上るものではない。
だからこそギリアンは、あくまで王としての姿勢を貫いたのだ。
(わたしが最後まで弱音を吐かなかったのは……誰の為だったかしら)
薬も試した。香も、知識も、羞恥も超えて。
それでも命は、訪れてはくれなかった。
心が近づいたと思えた夜の記憶は、まだ肌に残っている。
けれど、それだけでは足りない――王妃として、妻として、母となるためには。
「だからこそ、この旅は必要なのよ」
誰に言うでもなく、そう呟いた時。
「……寒くありませんか、王妃様?」
レオナールが馬車の向かいから声をかけてきた。
彼の翠の瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
遠ざかる王都と、近づく港の気配。
その狭間に身を揺らせながら、シルヴィアは王妃としてではなく、一人の女としての小さな祈りを、冬の風の中へ、そっと手放した。
人気のない窓辺に、ラシェルは両手を強く握りしめ、立ち尽くしていた。
薄暗い廊下を駆ける足音。ホープがその背を見つけると、小走りに近づいた。
「ラシェル……! ごめん、遅くなった。……寒かっただろ?」
ラシェルは、少し間を置いて振り向いた。
その顔には、迷いと悔しさの入り混じった表情が浮かんでいた。
「……王妃様の帰国が決まったこと、聞きましたか?」
「え? いや、聞いてないよ……」
「もしかしたら、リアナ様の愛人疑惑が原因かも……。私、あれは事実じゃないって、お伝えしたんですけど……」
ラシェルの唇が、かすかに震える。
「私……シーランドに同行したいって、お願したんです。でも……だめでした。……私が、役に立たないからでしょうか。王宮に残って、リアナ様を支えて欲しいって言われました」
ホープは、静かにラシェルを見つめた。
そして、ふと、何かに気付いたように言葉を継ぐ。
「……リアナ様を支えて、って言われたんだよね。それ、答えだよ、ラシェル」
「え……?」
「シルヴィア様は君を信じてる。だからこそ、代行のリアナ様を支える大役を託したんだ」
その言葉に、ラシェルの目が揺れた。
ホープはそっと、ラシェルの手を取る。
「……君が居ることで、この場所が守られる。王妃様は、きっとそう思ってる」
握られた手が、小さく震える。だが、それは寒さではなかった。
「……そんな風に、思って下さってるんでしょうか」
「うん。間違いないよ」
ホープはふっと笑う。
その笑みには、いつもの穏やかさに混じって、少しだけくすぐるような甘さがあった。
「それに……ぼくも寂しいしね。君がいなくなったら。ヴィンセントの時より、もっと泣いちゃうよ。絶対に」
「……えっ?」
思わず見上げたラシェルの頬が、ほんのり赤く染まる。
「君のそういう顔、久しぶりに見たな。ほんとに可愛い」
ラシェルは、言葉を詰まらせて俯く。
けれど、その頬には、微かに笑みが戻っていた。
* * * * *
揺れる馬車の窓辺から、ヴァロニアの城塔が少しずつ遠ざかってゆく。
この地に来て、もうすぐ三年。
見慣れたはずの風景なのに、今日ばかりは、胸にぽっかりと穴が開いたようだった。
シルヴィアは外套をかき寄せ、静かに息を吐く。
(あの人に、ちゃんと背中を見せて来れば良かったかしら……)
ギリアンは見送りに現れなかった。
けれどそれは、彼なりの気遣いなのだと、わかっている。
――王妃が、不妊を理由に実家へ帰る。
その噂は、簡単に人々の口に上るものではない。
だからこそギリアンは、あくまで王としての姿勢を貫いたのだ。
(わたしが最後まで弱音を吐かなかったのは……誰の為だったかしら)
薬も試した。香も、知識も、羞恥も超えて。
それでも命は、訪れてはくれなかった。
心が近づいたと思えた夜の記憶は、まだ肌に残っている。
けれど、それだけでは足りない――王妃として、妻として、母となるためには。
「だからこそ、この旅は必要なのよ」
誰に言うでもなく、そう呟いた時。
「……寒くありませんか、王妃様?」
レオナールが馬車の向かいから声をかけてきた。
彼の翠の瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
遠ざかる王都と、近づく港の気配。
その狭間に身を揺らせながら、シルヴィアは王妃としてではなく、一人の女としての小さな祈りを、冬の風の中へ、そっと手放した。
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