【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第七章 闇の中に溶ける

凍る港、灯る祈り

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 十二月二十五日、年の瀬の風が凍てつくように吹きすさぶなか、年内最後の船がシーランド西岸のモレス港へと入った。

 凍結を目前に控えたこの港町は、年末年始に行われる冬の巡礼祭の時期で、独特の熱気に包まれていた。

 外は陽が傾きかけ、街全体が金色に染まりはじめている。

 船を降りたシルヴィアの頬に、冷たくも湿った海風が当たった。けれど、それ以上に強く感じられたのは、港町に満ちる生の匂い――香辛料、焼き菓子、塩と魚と人々の熱気だった。

 市場通りには、人々の声が高く飛び交っていた。
 赤いスカーフを巻いた踊り子が、楽師の笛に合わせて軽やかに足を踏み鳴らし、子どもたちは笑いながら紙風船を追いかけていた。
 屋台には乾いた葡萄や香辛料が山と積まれ、炙った魚の香りが風に乗ってシルヴィアの鼻をくすぐる。

「行きは二月だったから……。この港も、年末は、こんなにも賑やかなのね」

 船から降りたシルヴィアの隣を、レオナールが守るように歩く。

「巡礼祭はこの町の誇りです。今日は、どの宿も広場も人で満杯ですよ」

 確かに、ここは世界そのものが大きく息づいているような活気があった。
 だがその中で、シルヴィアは一人、まるで別の季節を歩いているような気持ちになっていた。

 人波に紛れながらも、どこか距離を置いてしまうような感覚。
 籠いっぱいの乾燥果実や、子どもたちの笑い声に、微笑を返すことはできても、その心までは届かない。

 ――それでも。

 遠くの聖堂から、巡礼の鐘が鳴りはじめた。
 白い外套を揺らし、シルヴィアは静かにその音に耳を傾けた。

「……帰ってきて良かったわ」

 誰に言うでもなく、そう呟いた時。
 街の端に停めた馬車の傍で待っていた婦人が、こちらに歩み寄ってくる。
 赤色の外套、品のある仕草。レオナールの母、グラディス伯爵夫人だった。

「王妃様、ようこそお帰りなさいませ。お待ちしておりましたわ」

 シルヴィアは一礼しながら、彼女の優雅な微笑みに安堵の色を見せる。
 冬の海を越えて、ようやく辿り着いた。

「母上。出迎え感謝いたします」
「もう、この時期では、モレスの宿は取れないだろうと思って。昨日の夜から馬車を走らせたのよ」
「まぁ……ありがとうございます」

 グラディス伯爵夫人はシルヴィアの手を両手で包み、そっと握った。
「冬の航海でお疲れでしょう? 馬車には毛皮を敷かせてあります。すぐに温まりますわ」
「……お気遣い、感謝いたします」

 レオナールが小さく笑う。

「母上は昔からこうなんです。心配し出すと止まらない」
「……助かります、叔母様」

 潮風に混じる香辛料の匂い、巡礼祭の騒めき。
 その喧騒の中で、シルヴィアは胸の奥の緊張がほどけていくのを感じた。
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