【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第七章 闇の中に溶ける

キスの続き*

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「……キスの続き、……教えて下さい」

 それを聞くと、ホープは上体を起こし、ラシェルの眼前で上衣を脱いだ。
 胸元には、銀の鎖が一筋――聖十字のネックレスが、静かに揺れている。

 薄明りの中に、男の身体が浮かび上がる。

(……ホープ様って、こんなに、しっかりした体をしてたんだ……)

 ラシェルの胸に、ほんのりとした驚きが宿る。騎士団の中では小柄にも見えたホープの身体も、しなやかで実直な力強さがあった。

(ホープ様に、触れたい……)

「……怖くないようにするよ」

 ホープは、ゆっくりとラシェルの肩に手を添えた。
 ためらいがちな視線を受け止めながら、ひとつひとつ、優しく衣の紐を解いていく。
 布が肌から離れるたびに、ひやりとした空気が流れ込む。

 胸元が大きく開くと、ラシェルの鎖骨の上にも、同じように光る十字のネックレス。
 それを見つめているホープの視線。
 ラシェルは自分の胸の鼓動がうるさいほど大きく感じていた。

 ホープがそっと髪を撫で、顔を覗き込む。
「……声、出したら……母さんに聞こえるかも」

 ホープが小声で耳に囁く。
 ラシェルの体がびくりと震えた。

「……が、がんばります」

 その返事に、ふたりは思わず小さく笑った。

 ホープの手のひらが、冷たさを追い払うように、ラシェルの肌を何度もゆっくり撫でた。
 その手つきは少し迷いがちで、震えていて、ラシェルは胸が痛いほど愛しく感じた。

 そして、肌と肌が直接触れ合うことが、こんなに気持ちが良いのだと、生まれて初めて知った。

 もう寒さは感じない。

「……痛かったら言って。絶対に」
「……はい」

 ホープの手が、ラシェルの脚にそっと触れる。
 肩をすくめたラシェルの体が、反射的に強ばった。

「……怖い?」
「ちょっとだけ……」

 微笑みながらも、瞳には不安の色が残っていた。
 ホープは思わず、その額に唇を落とす。

「ゆっくり……するから」
「……はい」

 ほんの一瞬、ふたりの間に静寂が落ちた。
 ラシェルは、まぶたをぎゅっと閉じ、両手でホープの腕を掴む。

「力、抜いて」

 ぎゅ、と繋がれた手の温もり。
 そこへ、優しく迎え入れるように、ホープがラシェルの中へと沈んでいく。

 少しの痛みに、ラシェルの眉が寄る。
 その瞬間、ホープはすぐに動きを止め、顔を近づける。

 そして――

 その瞬間、ラシェルの口から、驚いたような小さな息が漏れた。
「……っあ」

 まるで新しい世界の扉が、音もなく開いたかのように。
 目を開いたラシェルは、一瞬、何が起きたのか理解できない風に、ホープを見上げた。

「君……、ホントに可愛すぎて……ダメになりそう」

 恥ずかしそうなラシェルに、ホープは思わず微笑んだ。

「すごく……気持ち……いい……」
 そして、ホープが思わず零した、ごく微かな息のような言葉。
 ラシェルは黙ったまま、その言葉を胸の奥で受け止める。

(ホープ様……、気持ちいいんだ……)

 頬に、淡く朱が差す。
 潤んだ瞳の奥には、不安と驚きと、名前のつかないときめきが入り混じっていた。

(……ホープ様が、入ってるの、ちょっと……変な感じ……)

 ラシェルの膝が微かに震える。
 何かを訴えるように、ホープの腕をぎゅっと掴む指が力を帯びた。

「痛い?」
「ちが……う、けど……うまく言えない……」

 顔を背けて言うその表情は、明らかに赤く染まっている。
 初めて触れる感覚に戸惑った。

「動くよ。ゆっくり……」

 そう囁いて、ホープはそっと腰を押し入れた。
 ラシェルの喉が小さく震え、吐息が跳ねた。

 ホープの手が頬に触れ、もう一度、慎重に、深く息を合わせるように動き出す。
 ぎこちなかった動きは、少しずつ、熱に溶かされていった。

 ホープが動くたびに、小さな、かちりという音が響く。
 胸元から垂れ下がった聖十字が、ラシェルの胸元の聖十字にぶつかっていた。

 ラシェルは息を押し殺しながら、ホープの名前を何度も小さく呼んだ。
 ホープもまた、耳元で「好きだ」と繰り返し囁きながら、耐えるように息を潜める。

「……あ……っ」
「ラシェル、大丈夫……?」

「ん……声が……出ちゃう……」

 引き寄せた毛布で口を覆うようにして、小さく震える声を覆う。
 ホープはその髪を優しく撫でる。

「……うん、でも……少しなら」

 毛布を離すと、ラシェルの指先がホープの手を探るように絡んでくる。
 身体はぎこちなく、それでもホープの動きに合わせて、少しずつ応えていた。

「……っ、あっ、ん……っ……」

 ぎこちない熱のやり取りの中で、次第に呼吸が乱れていく。
 ラシェルの肌が熱を帯び、柔らかな吐息が唇の隙間からこぼれた。

 何度かの動きの後、ホープは深く息をつき、ラシェルの肩に顔を埋めた。
 互いに、声も言葉もほとんどないまま、それでも繋がっていることに満たされていた。

「……っ、は……ラシェル……」
 その名を、苦しげな吐息と共に呼びながら。
「……ごめん、もう、限界……」

 そう言って、ホープの動きが止まり、熱が身体の外へと零れていくのを、ラシェルは確かに感じた。
 にわかに熱を失い、名残惜しくなった。

「……ホープ」
 すべてが静かになった時、ラシェルはホープの額にキスを落とした。

「……痛くなかった?」

 ふたりの熱は空気に消えていく。
 ラシェルの髪に額を押し当てたまま、ホープはまだ震える指でラシェルを抱きしめた。
 ラシェルも応えるようにそっと腕を回す。

「……ホープ様は」
「うん」
「……経験が、あるのですか?」

 その言葉に、ホープの肩がほんのわずかに動いた。
 沈黙の後、ホープはいつもの穏やかな声で答えた。

「その質問の答えは『はい』か『いいえ』のどちらかだけど、もし君が、そのどちらかを嫌って聞いてるのなら、ぼくは言わない」

 ラシェルは、瞬きをした。

「でも、君が、ただ、ぼくの事を知りたいって思ってくれてるなら……答えるよ」

 その眼差しに、嘘はなかった。
 ホープの過去には、きっと複雑なものがある。

 ラシェルはそっと微笑んだ。
 そして、小さく首を振る。

「ごめんなさい。ちょっと知りたくなっただけ。……ホープ様なら、どちらでもいいんです」
「……」

「私、過去のことも、選んできた心も、全部ひっくるめて、ホープ様をのことが好きだから」

 その声に、ホープの手が優しくラシェルの髪を撫でた。
 触れるように、確かめるように。
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