【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第七章 闇の中に溶ける

紫の霧*

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 月曜日、日はまだ高く、空はどこまでも澄み渡っていた。

 シーランド旧市街の北、古い街並みにひっそりと建つ一軒の館。
 普段、人の気配のないその邸は、その地区では『静寂の館』と呼ばれている。
 今日は門が開かれ、静かに、シルヴィアの訪れを受け入れた。

 足音すら吸い込む石畳を進み、木戸を押し開けると、魔女の姿があった。

「ようこそ、お嬢さん。……今日は、答えを聞かせて」

 変わらぬ美しさの中に、何かを見通すような静けさ。
 その問いに、シルヴィアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「……記憶を、……差し出します。わたし、どうしても子どもが……欲しいんです」

「そう。では、こちらへ」

 魔女はすぐにそれ以上は問わず、屋敷の奥へとシルヴィアを案内した。

 通されたのは、小さな円形に近い部屋。
 窓はなく、壁には古い文字が刻まれ、天井からは水晶のランプが吊るされていた。
 中央には、低い寝台と、香炉がひとつ。すでに薄紫の香煙が立ちのぼっている。
 その煙を吸っただけで、少し足元がふらついた。

「……横になって」

 促されるまま、シルヴィアは毛布の上に身を預けた。
 天井のランプが滲むように揺れ、世界が緩やかにぼやけていく。

 魔女はそっと香炉に手をかざし、指先で煙の流れを導く。

「……心の底にあるもの、闇の中に、光を当てるわ。あなたが見たくないものを、わたくしが代わりに見せてあげる」

 その声は、まるで祈りのように穏やかだった。

 視界の縁に、紫の霧が濃く立ちこめる。
 まどろみの中で、シルヴィアは何かに手を伸ばそうとして――

(……わたしは、本当に……)

 まだ、迷っている。
 けれどそれを、もう誰にも告げることはできなかった。

 すべてが霞んでいく中、あの日の光景が、ゆっくりと浮かび上がってくる――



・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。..。:*・゜゜・*:.



 目を閉じたはずの視界に、柔らかな光が差し込む。

 そこは、どこか懐かしい寝室だった。
 淡い蝋燭の灯が、織物の天蓋に揺れている。
 布団の重み。重ねたシーツの間から、温かな肌の感触が伝わる。

 ――あの夜だ、とすぐにわかった。

「……シルヴィア」

 耳元で、低く囁く声。
 その声に、名前を呼ばれるだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 シルヴィアはそっと目を開けた。
 ギリアンがいる。
 闇の中に確かに存在し、ただ一人、自分を見つめている。

 すぐ目の前に、海のような瞳。
 触れ合う額、吐息が混じる距離。

 彼の指が、ゆっくりと自分の髪を梳く。
 肌に触れる指先は熱く、どこまでも優しい。

 ――愛されている。確かに。

 細い首筋に、彼の唇が触れる。
 舌先がゆっくりと滑り、耳朶に小さな吐息がかかる。

「あ……」

 抗えない震えが背中を駆け抜ける。

 胸元をゆるやかに撫でる掌。
 薄い寝間着越しに、形をなぞるように指が這い、やがて布の下へと忍び込む。

 膨らみを包み込む掌に、熱が集中する。
 揉みしだかれるわけではなく、慈しむように。

「……ギリアン」

 彼の名を呼ぶと、その唇が下腹へと降りてゆく。
 舌先が花弁をなぞり、濡れた吐息が肌に触れるたびに、身体が自然と開いていく。

 指先が、ぬるりとそこに触れる。
 迎え入れる準備は、とっくに出来ていた。

 シルヴィアの手が、無意識に彼の背へ伸びる。
 その逞しさ、体温、重み――全てが、欲しくて堪らない。

 彼の熱が、ゆっくりと、自分の奥に満ちていく。

「……っん」

 声が漏れた。
 痛みはなく、ただ甘く、充ちていく感覚。

 身体が揺れるたび、愛の証が奥深くを満たしていくたび、世界は熱を帯び、視界は白く染まっていく。

(……あぁ、わたし、この幸せな夜を……)



 ――忘れたくない。



 どこかで、微かに、そう思っていた。
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