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第八章 王は王妃を寵愛している
修道院を訪ねていた理由
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石畳を踏む二人の足音が、静かな回廊に小さく響いていた。
陽の差す窓から、咲き誇る白薔薇が垣間見える。穏やかな風がその香を運んでくる。
「最近……」
隣を歩くギリアンが、ふと声を落とした。
「あなたが修道院を訪ねている、と聞きました」
シルヴィアは一瞬だけ立ち止まり、そっと息を整えた。
侍女から聞いたのか、あるいは誰かの報告か。
問い返すこともできたが、ギリアンの眼差しには責める色はなかった。
「……はい。政務は、リアナが代わって続けてくれているので、その間に少し……甘えてしまっています」
シルヴィアも歩を止め、窓の外に視線を移す。
薔薇が揺れていた。その姿が、まるで内心を見透かしているようにも思えた。
「修道院は、祈りの場所ですから」
シルヴィアはそう言って、微かに微笑んだ。
「わたしにも……静かに、心を整えるための場所が必要なんです。母になりたいと願う、ただそれだけの想いを、誰にも邪魔されずに、天使様に祈るための時間が」
ギリアンの目が、すこしだけ細められた。
それが安堵か、疑念か判らなかったが、ギリアンは問い詰めることなく、一歩、シルヴィアの隣に近づいた。
「あなたは、よく祈るのですね」
「ええ。……わたしには、出来る事が少ないので」
その声は冗談のようで、ほんの少しだけ、自嘲を含んでいた。
「薬も、食も、湯も……もう随分と試しました。だから今は、心の方を整えるべきだと思ったんです」
ギリアンが軽く息をついた。
その眼差しに、言葉にはならない憂いが滲んでいた。
「……僕は、天使も悪魔も、あまり、信じていません」
「氷派なのに?」と言う疑問は、シルヴィアは口にしなかった。
「目に見えないものを信じる事が出来るのは、心が強いからだと、僕は思います。……あなたは、僕よりもずっと強い」
「それは、……違います」
シルヴィアは、そっと首を振った。
「あなたが、王となる前から、どれだけ傷ついてきたかを、わたしは知っています。だから、わたしはあなたの為にも……奇跡を信じたいんです」
ギリアンが、ふとその顔をこちらに向けた。
けれどその眼差しには、どこか遠い過去の影が宿っているようだった。
「……僕は神秘的現象も信じていない」
少しの間をおいて、ギリアンが言った。
「祈るだけでは駄目なのです。そんな幻想ではなく、もっと確実に、あなたの願いを叶えてやりたい。あなたの望むものを、僕は与えたいんだ」
その言葉を聞いて、シルヴィアは『黒曜の蜜』を思い浮かべた。しかし、
「……ありがとうございます」
今は、まだ、その言葉だけで十分だった。
それよりも、ギリアンの心を癒すことの方が、今は大切だと感じていたから。
「それと、ヴァロニアの修道院って、実はちょっと面白いんです」
「面白い?」
ギリアンが眉をひそめた。
「修道院の一体、何が?」
「ラシェルが、ヘーンブルグの領主任命に同行した時、古い聖典を持ち帰ったんです。その挿絵が、聖地に向かう巡礼順に描かれていて……その絵が、修道院の壁画になっているんです」
「それは、初耳ですね」
シルヴィアはくすっと笑った。
「だから最近、それを巡るのがちょっとした楽しみなの。今度、一緒に行きませんか?」
ギリアンが口元だけで笑う。
その背には、午後の陽が柔らかく降り注いでいた。
王妃が祈りのため修道院を訪ねる――
その姿は、王の政が安定している証として、王国中に静かに広まりつつあった。
陽の差す窓から、咲き誇る白薔薇が垣間見える。穏やかな風がその香を運んでくる。
「最近……」
隣を歩くギリアンが、ふと声を落とした。
「あなたが修道院を訪ねている、と聞きました」
シルヴィアは一瞬だけ立ち止まり、そっと息を整えた。
侍女から聞いたのか、あるいは誰かの報告か。
問い返すこともできたが、ギリアンの眼差しには責める色はなかった。
「……はい。政務は、リアナが代わって続けてくれているので、その間に少し……甘えてしまっています」
シルヴィアも歩を止め、窓の外に視線を移す。
薔薇が揺れていた。その姿が、まるで内心を見透かしているようにも思えた。
「修道院は、祈りの場所ですから」
シルヴィアはそう言って、微かに微笑んだ。
「わたしにも……静かに、心を整えるための場所が必要なんです。母になりたいと願う、ただそれだけの想いを、誰にも邪魔されずに、天使様に祈るための時間が」
ギリアンの目が、すこしだけ細められた。
それが安堵か、疑念か判らなかったが、ギリアンは問い詰めることなく、一歩、シルヴィアの隣に近づいた。
「あなたは、よく祈るのですね」
「ええ。……わたしには、出来る事が少ないので」
その声は冗談のようで、ほんの少しだけ、自嘲を含んでいた。
「薬も、食も、湯も……もう随分と試しました。だから今は、心の方を整えるべきだと思ったんです」
ギリアンが軽く息をついた。
その眼差しに、言葉にはならない憂いが滲んでいた。
「……僕は、天使も悪魔も、あまり、信じていません」
「氷派なのに?」と言う疑問は、シルヴィアは口にしなかった。
「目に見えないものを信じる事が出来るのは、心が強いからだと、僕は思います。……あなたは、僕よりもずっと強い」
「それは、……違います」
シルヴィアは、そっと首を振った。
「あなたが、王となる前から、どれだけ傷ついてきたかを、わたしは知っています。だから、わたしはあなたの為にも……奇跡を信じたいんです」
ギリアンが、ふとその顔をこちらに向けた。
けれどその眼差しには、どこか遠い過去の影が宿っているようだった。
「……僕は神秘的現象も信じていない」
少しの間をおいて、ギリアンが言った。
「祈るだけでは駄目なのです。そんな幻想ではなく、もっと確実に、あなたの願いを叶えてやりたい。あなたの望むものを、僕は与えたいんだ」
その言葉を聞いて、シルヴィアは『黒曜の蜜』を思い浮かべた。しかし、
「……ありがとうございます」
今は、まだ、その言葉だけで十分だった。
それよりも、ギリアンの心を癒すことの方が、今は大切だと感じていたから。
「それと、ヴァロニアの修道院って、実はちょっと面白いんです」
「面白い?」
ギリアンが眉をひそめた。
「修道院の一体、何が?」
「ラシェルが、ヘーンブルグの領主任命に同行した時、古い聖典を持ち帰ったんです。その挿絵が、聖地に向かう巡礼順に描かれていて……その絵が、修道院の壁画になっているんです」
「それは、初耳ですね」
シルヴィアはくすっと笑った。
「だから最近、それを巡るのがちょっとした楽しみなの。今度、一緒に行きませんか?」
ギリアンが口元だけで笑う。
その背には、午後の陽が柔らかく降り注いでいた。
王妃が祈りのため修道院を訪ねる――
その姿は、王の政が安定している証として、王国中に静かに広まりつつあった。
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