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第八章 王は王妃を寵愛している
王妃が産まぬなら、わたくしが!
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ヴァロニア王宮、執務棟の一角。
シルヴィアとラシェルが、短い旅に出ていた頃。
文官の執務室で、帳簿を束ねていたレオナール・フォン・グラディスは、廊下から響く靴の音に顔を顰めた。
「お兄様!! 今、お時間を頂けますかしら!」
扉が勢いよく開かれる。
怒りの形相で現れたのは、妹リアナだった。
「……なんだ、また何か政務に不満でも?」
「違いますっ!」
リアナはきっと兄を睨みつけ、ずかずかと部屋に入り込む。
「……王妃様が、養子を探しておられると、聞きました。――それは、本当ですか?」
「……」
レオナールは帳簿を閉じて、重いため息をついた。
「誰から聞いた?」
「それはもう、色んな所からですわ。厨房の女中から、小姓の噂話まで!」
「つまり、まだ噂だな」
「兄様! これは一大事なのです!!」
リアナは机をばんと叩いた。
「王妃様が子を持たれない場合、その座を後継に譲るのではなく、他家の子を養子にするだなんて――それでは、ヴァロニア王家に炎派の後継者を誕生させるという計画が!!」
「落ち着け。誰の計画だ」
「わたくしのです!!」
レオナールは額に手を当てた。
「……というか、『炎派の後継者』って……。炎派の誰も、そんな大それた計画に同意してないぞ。勝手に旗を掲げるな」
「ならば、こうするしかありません……!」
リアナは一歩、レオナールの机に身を乗り出す。
「わたくしが、産みます!!!!」
部屋の空気が、一瞬凍りついた。
「……何を?」
「後継ぎですわ。ヴァロニア王の子を」
「……」
レオナールは、沈黙したまま書類棚に向き直り、無言で帳簿の位置を整え始めた。
「聞いておられますか、兄様!」
「聞いてるさ。あまりにも破天荒なことを、あまりにも堂々と言うから、整理しているんだ、色々と」
「だって、他に誰がいますの!? 氷派と炎派の橋渡しができて、王妃様を尊敬していて、王の性質も理解していて、信仰も肉体も清らかで、子を産める女といえば!」
「――お前しか残らなかったのが、何よりの問題だな」
「ひどい!!」
「現実的な話をしよう。第一に、王は王妃を寵愛している。側室を持つという発想が、そもそも存在しない。お前が王の手が届く範囲に入る可能性は、ゼロだ」
「そっ、そんなことございません! わたくしが『夜薔薇の滴』を使う覚悟を決めさえすれば可能性は!」
「……一体、何の話をしている?」
「……じゃあ! せめてっ、せめてわたくしが産んだ子を養子にするというのは――!」
「相手がいるのか!?」
レオナールの声が跳ね上がる。
「あっ、相手!? そ、それは……これから、探します!!」
「炎派の後継者とやらの誕生は、一体いつになるんだ……。王妃の養子縁組のほうが、まだ現実味があるじゃないか」
「そんな……じゃあ、本当に、王妃様は――」
リアナの声が震える。
「わたくしたちの希望を、すべて他家の血に託すつもりなの?」
「……王妃が何を選ぶかは、まだわからない」
レオナールは真顔で言った。
「だがな、リアナ。ヴァロニアに来た時、お前は『王の側室』ではなく『王妃の侍女』になったんだ。お前がやるべきは、自分を王妃の代わりに立てることじゃない。王妃がもし心を折りそうになった時、支えられる立場にいる事だ。――側に仕えるという事は、そういう事だ」
リアナは、しばらく沈黙した。
「……悔しい」
「解ってる。でも、悔しさと嫉妬心だけで動いたら、誰のための理想か分からなくなるぞ」
「……はい」
やっと少しだけ冷静になったリアナに、レオナールは苦笑を漏らす。
「とにかく、慌てるな、リアナ。ルヴィもまだ希望は捨ててはいない。……それに、もし、王夫妻が養子を迎えるとしても、『血統』ではなく、その子を『選んだ』と言う事実は、それこそ我々が望む未来に繋がるんじゃないのか?」
「……そ、そうですわね……」
レオナールはひとつ息を吐くと、妹の肩を組むようにして抱き寄せた。
「聡明なリアナは、何処へ行ってしまったんだ? 王妃の傍で、すっかり棘を抜かれてしまったようだな」
「棘だなんて。……せめて角が取れたと、仰ってください」
「おや? 君は『グラディス伯爵家の赤薔薇』なのでは?」
もうっ、とリアナは、照れ隠しでレオナールの脇腹を肘で小突く。
「それと、とりあえず、子どもを産みたいなら、相手から探すんだな」
「うぅ……お兄様こそ……ですわ」
兄と妹はしばらくの間、言葉少なに肩を寄せ合っていた。
シルヴィアとラシェルが、短い旅に出ていた頃。
文官の執務室で、帳簿を束ねていたレオナール・フォン・グラディスは、廊下から響く靴の音に顔を顰めた。
「お兄様!! 今、お時間を頂けますかしら!」
扉が勢いよく開かれる。
怒りの形相で現れたのは、妹リアナだった。
「……なんだ、また何か政務に不満でも?」
「違いますっ!」
リアナはきっと兄を睨みつけ、ずかずかと部屋に入り込む。
「……王妃様が、養子を探しておられると、聞きました。――それは、本当ですか?」
「……」
レオナールは帳簿を閉じて、重いため息をついた。
「誰から聞いた?」
「それはもう、色んな所からですわ。厨房の女中から、小姓の噂話まで!」
「つまり、まだ噂だな」
「兄様! これは一大事なのです!!」
リアナは机をばんと叩いた。
「王妃様が子を持たれない場合、その座を後継に譲るのではなく、他家の子を養子にするだなんて――それでは、ヴァロニア王家に炎派の後継者を誕生させるという計画が!!」
「落ち着け。誰の計画だ」
「わたくしのです!!」
レオナールは額に手を当てた。
「……というか、『炎派の後継者』って……。炎派の誰も、そんな大それた計画に同意してないぞ。勝手に旗を掲げるな」
「ならば、こうするしかありません……!」
リアナは一歩、レオナールの机に身を乗り出す。
「わたくしが、産みます!!!!」
部屋の空気が、一瞬凍りついた。
「……何を?」
「後継ぎですわ。ヴァロニア王の子を」
「……」
レオナールは、沈黙したまま書類棚に向き直り、無言で帳簿の位置を整え始めた。
「聞いておられますか、兄様!」
「聞いてるさ。あまりにも破天荒なことを、あまりにも堂々と言うから、整理しているんだ、色々と」
「だって、他に誰がいますの!? 氷派と炎派の橋渡しができて、王妃様を尊敬していて、王の性質も理解していて、信仰も肉体も清らかで、子を産める女といえば!」
「――お前しか残らなかったのが、何よりの問題だな」
「ひどい!!」
「現実的な話をしよう。第一に、王は王妃を寵愛している。側室を持つという発想が、そもそも存在しない。お前が王の手が届く範囲に入る可能性は、ゼロだ」
「そっ、そんなことございません! わたくしが『夜薔薇の滴』を使う覚悟を決めさえすれば可能性は!」
「……一体、何の話をしている?」
「……じゃあ! せめてっ、せめてわたくしが産んだ子を養子にするというのは――!」
「相手がいるのか!?」
レオナールの声が跳ね上がる。
「あっ、相手!? そ、それは……これから、探します!!」
「炎派の後継者とやらの誕生は、一体いつになるんだ……。王妃の養子縁組のほうが、まだ現実味があるじゃないか」
「そんな……じゃあ、本当に、王妃様は――」
リアナの声が震える。
「わたくしたちの希望を、すべて他家の血に託すつもりなの?」
「……王妃が何を選ぶかは、まだわからない」
レオナールは真顔で言った。
「だがな、リアナ。ヴァロニアに来た時、お前は『王の側室』ではなく『王妃の侍女』になったんだ。お前がやるべきは、自分を王妃の代わりに立てることじゃない。王妃がもし心を折りそうになった時、支えられる立場にいる事だ。――側に仕えるという事は、そういう事だ」
リアナは、しばらく沈黙した。
「……悔しい」
「解ってる。でも、悔しさと嫉妬心だけで動いたら、誰のための理想か分からなくなるぞ」
「……はい」
やっと少しだけ冷静になったリアナに、レオナールは苦笑を漏らす。
「とにかく、慌てるな、リアナ。ルヴィもまだ希望は捨ててはいない。……それに、もし、王夫妻が養子を迎えるとしても、『血統』ではなく、その子を『選んだ』と言う事実は、それこそ我々が望む未来に繋がるんじゃないのか?」
「……そ、そうですわね……」
レオナールはひとつ息を吐くと、妹の肩を組むようにして抱き寄せた。
「聡明なリアナは、何処へ行ってしまったんだ? 王妃の傍で、すっかり棘を抜かれてしまったようだな」
「棘だなんて。……せめて角が取れたと、仰ってください」
「おや? 君は『グラディス伯爵家の赤薔薇』なのでは?」
もうっ、とリアナは、照れ隠しでレオナールの脇腹を肘で小突く。
「それと、とりあえず、子どもを産みたいなら、相手から探すんだな」
「うぅ……お兄様こそ……ですわ」
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