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第八章 王は王妃を寵愛している
二十歳の誕生日
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年が明けて、一月六日の冬の夜。
王都は雪の気配に沈み、遠く騎士団の宴のざわめきもここまでは届かない。
静まり返った離れの一室。
シルヴィア王妃から借りたその部屋のベッドでは、ふたりの身体が先程まで重なり合っていた。
肌と肌が触れ合った時の記憶が、まだ鮮明に体に残っている。
唇の熱、指の軌跡、言葉にできない想いが、そこにはあった。
ラシェルは、少し荒い呼吸を整えながら、毛布を胸もとまで引き上げた。
頬にはまだ微かに火照りが残り、金色の睫毛が影を落とす。
こんな風に、自分の全てを預ける日が来るなんて――
ホープの腕の中でそう思うと、怖さと、嬉しさと、愛しさが一度に込み上げてきた。
好きという気持ちだけでは、表現しきれない何か。
ホープに抱かれることで、想いが信頼に変わる。
ひとつになることが、こんなにも静かで、温かいものだったとは思わなかった。
ふと視線を横にやると、ホープがすぐ隣で寝転んでいる。
その裸の肩に、自分の髪がかかっていることに気付いて、ラシェルはそっと微笑んだ。
夜が深くなっても、この静けさが終わらないように――
心のどこかで、そう願っていると。
「……初めて会った時のことって、覚えてる?」
ホープがぽつりと呟いた。
ラシェルは目を伏せて、頷く。
「ええ。あの日は、あまりに衝撃的すぎて……忘れられないです」
ふたりは寝台の上で向かい合う。肩が触れるほどの距離に、体温があった。
「……あの時、君、すごく怒ってたよね。ヴィンセントがぼくを連れてきたこと」
「当然です。五年も音信不通だった兄が、突然帰ってきただけでも驚きなのに……。許可もなく、イザベラ王妃を邸に呼ぶなんて非常識過ぎます」
「しかも、ぼくはフードを深く被ってたし……?」
「本気で怪しい人だと思ってました。絶対、兄に利用されてるって」
ふたりの間に、くすくすと笑いが灯る。
「でも」
ラシェルがそっと手を伸ばし、ホープの指に自分の指を絡めた。
「私を、あれ以上怒らせないように、静かにしてたんでしょう?」
「うん。君は怒った顔も、可愛……いや、綺麗だったけど、……あの時は、本当に申し訳ないって思ってたんだ」
「……それは、後でちゃんと謝ってくれましたよね」
指先を繋いだまま、ふたりは微笑み合う。
炎のはぜる音も、雪の気配も、この静けさには届かない。ただ、鼓動だけが静かに響いていた。
やがてホープが、ふと懐かしそうに口を開く。
「……あの時、邸に来てた黒い服の女の人が、ギリアン陛下の母上、イザベラ様だったんだよね」
「ええ。私もあの時、初めてお顔を見ました」
ラシェルは少し遠くを見るようにして続けた。
「お兄様に対して、凄く怒ってましたけど……でも、なんだか……」
「もしかして、覗いてたの?」
ホープがいたずらっぽく聞くと、ラシェルは肩をすくめた。
「だって、お兄様が、何をするのか、気になるじゃないですか。王妃様に対して凄く失礼で……倒れそうでした……」
ホープは、その場面を想像できて思わず笑った。
「ラシェルって、意外と好奇心旺盛だよね」
「ヴィンセントお兄様は、ギリアン陛下とは幼馴染だから……、もしかしたら、イザベラ様は、可愛がっていたのかも、って思ったんです。すごく怒っていたけど、優しかったんです。陛下と兄のこと、反王太子派から庇って、守っていた感じでした」
「イザベラ様って、実家が反王太子派だったんだよね。……粛清されちゃったみたいだけど……」
「ええ。でも……あの時、イザベラ様、陛下のことを、ギルって呼んでました。兄に、『ギルの傍に居てやって』って。とても、優しい声で……私には『母親』としての顔に見えました」
ラシェルは、イザベラがどうなったのか想像して声が震えた。
静かに時間が流れる。
ラシェルは、もう一つ思い出していた。
「……その後、屋敷を出て行く時に、あなたがちらっと、私の方を見たの……覚えてます」
ラシェルが囁くように続けた。
「私、平民の子が、お兄様に利用されてるんだって思って……気になっていたの」
「ぼくも、気になってたんだ。……きっと、君はヴィンセントのことを誤解してると思ってた。だから、ちゃんと説明したかった。でも、また会えると思ってなかったから」
「……今、こうして一緒にいるなんて、想像もしてなかった」
ラシェルが肩を寄せると、ホープは優しくその肩を抱き寄せた。
「君が隣にいてくれて、本当に嬉しい。……十四の時のぼくが知ったら、驚くだろうな。あの金髪の美人が、自分の腕の中にいるなんて」
ラシェルはホープの顔を見て微笑む。
「……私も。まさか、じっと黙っていたあの子を、こんなに好きになるなんて」
「まだまだ、君に釣り合う男にはなれてないけど」
「……私にとって、あなたが、私の居場所です」
その言葉に、ホープは小さく息をのむ。
そっと額と額を寄せ合い、目を閉じる。
外では、遠く鐘の音が響いていた。
新しい日が訪れたことを告げる、深夜の鐘。
二十歳の誕生日が、もう終わろうとしていた。
王都は雪の気配に沈み、遠く騎士団の宴のざわめきもここまでは届かない。
静まり返った離れの一室。
シルヴィア王妃から借りたその部屋のベッドでは、ふたりの身体が先程まで重なり合っていた。
肌と肌が触れ合った時の記憶が、まだ鮮明に体に残っている。
唇の熱、指の軌跡、言葉にできない想いが、そこにはあった。
ラシェルは、少し荒い呼吸を整えながら、毛布を胸もとまで引き上げた。
頬にはまだ微かに火照りが残り、金色の睫毛が影を落とす。
こんな風に、自分の全てを預ける日が来るなんて――
ホープの腕の中でそう思うと、怖さと、嬉しさと、愛しさが一度に込み上げてきた。
好きという気持ちだけでは、表現しきれない何か。
ホープに抱かれることで、想いが信頼に変わる。
ひとつになることが、こんなにも静かで、温かいものだったとは思わなかった。
ふと視線を横にやると、ホープがすぐ隣で寝転んでいる。
その裸の肩に、自分の髪がかかっていることに気付いて、ラシェルはそっと微笑んだ。
夜が深くなっても、この静けさが終わらないように――
心のどこかで、そう願っていると。
「……初めて会った時のことって、覚えてる?」
ホープがぽつりと呟いた。
ラシェルは目を伏せて、頷く。
「ええ。あの日は、あまりに衝撃的すぎて……忘れられないです」
ふたりは寝台の上で向かい合う。肩が触れるほどの距離に、体温があった。
「……あの時、君、すごく怒ってたよね。ヴィンセントがぼくを連れてきたこと」
「当然です。五年も音信不通だった兄が、突然帰ってきただけでも驚きなのに……。許可もなく、イザベラ王妃を邸に呼ぶなんて非常識過ぎます」
「しかも、ぼくはフードを深く被ってたし……?」
「本気で怪しい人だと思ってました。絶対、兄に利用されてるって」
ふたりの間に、くすくすと笑いが灯る。
「でも」
ラシェルがそっと手を伸ばし、ホープの指に自分の指を絡めた。
「私を、あれ以上怒らせないように、静かにしてたんでしょう?」
「うん。君は怒った顔も、可愛……いや、綺麗だったけど、……あの時は、本当に申し訳ないって思ってたんだ」
「……それは、後でちゃんと謝ってくれましたよね」
指先を繋いだまま、ふたりは微笑み合う。
炎のはぜる音も、雪の気配も、この静けさには届かない。ただ、鼓動だけが静かに響いていた。
やがてホープが、ふと懐かしそうに口を開く。
「……あの時、邸に来てた黒い服の女の人が、ギリアン陛下の母上、イザベラ様だったんだよね」
「ええ。私もあの時、初めてお顔を見ました」
ラシェルは少し遠くを見るようにして続けた。
「お兄様に対して、凄く怒ってましたけど……でも、なんだか……」
「もしかして、覗いてたの?」
ホープがいたずらっぽく聞くと、ラシェルは肩をすくめた。
「だって、お兄様が、何をするのか、気になるじゃないですか。王妃様に対して凄く失礼で……倒れそうでした……」
ホープは、その場面を想像できて思わず笑った。
「ラシェルって、意外と好奇心旺盛だよね」
「ヴィンセントお兄様は、ギリアン陛下とは幼馴染だから……、もしかしたら、イザベラ様は、可愛がっていたのかも、って思ったんです。すごく怒っていたけど、優しかったんです。陛下と兄のこと、反王太子派から庇って、守っていた感じでした」
「イザベラ様って、実家が反王太子派だったんだよね。……粛清されちゃったみたいだけど……」
「ええ。でも……あの時、イザベラ様、陛下のことを、ギルって呼んでました。兄に、『ギルの傍に居てやって』って。とても、優しい声で……私には『母親』としての顔に見えました」
ラシェルは、イザベラがどうなったのか想像して声が震えた。
静かに時間が流れる。
ラシェルは、もう一つ思い出していた。
「……その後、屋敷を出て行く時に、あなたがちらっと、私の方を見たの……覚えてます」
ラシェルが囁くように続けた。
「私、平民の子が、お兄様に利用されてるんだって思って……気になっていたの」
「ぼくも、気になってたんだ。……きっと、君はヴィンセントのことを誤解してると思ってた。だから、ちゃんと説明したかった。でも、また会えると思ってなかったから」
「……今、こうして一緒にいるなんて、想像もしてなかった」
ラシェルが肩を寄せると、ホープは優しくその肩を抱き寄せた。
「君が隣にいてくれて、本当に嬉しい。……十四の時のぼくが知ったら、驚くだろうな。あの金髪の美人が、自分の腕の中にいるなんて」
ラシェルはホープの顔を見て微笑む。
「……私も。まさか、じっと黙っていたあの子を、こんなに好きになるなんて」
「まだまだ、君に釣り合う男にはなれてないけど」
「……私にとって、あなたが、私の居場所です」
その言葉に、ホープは小さく息をのむ。
そっと額と額を寄せ合い、目を閉じる。
外では、遠く鐘の音が響いていた。
新しい日が訪れたことを告げる、深夜の鐘。
二十歳の誕生日が、もう終わろうとしていた。
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