【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第八章 王は王妃を寵愛している

(非公開の夜3)ヴァロニアの未来に乾杯!

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 王都ランスの夜は、吐く息が白く染まるほどに冷え込んでいたが、王城の西棟、騎士団の食堂だけは別世界だった。
 長い卓に肉とパンが山積みされ、燭台の火が揺れるたび、杯が打ち鳴らされる。
 ごった返す騎士団の長テーブルでは、みな赤くなった顔で文句と笑いを繰り返していた。

「て言うかさ……今日の主役はどこ行った?」
「ホープ? 朝からずっと見てないよな?」
「おかしいだろ! 今日は二十歳の誕生日だぞ!?」
「どうせまた……こっそり温室とか行ってんじゃねーの?」

「温室ってあれだろ、愛のflower bed!」
「いや、去年のネタ蒸し返すなよ!」
「でもほんと、誕生日の張本人がいないってどうなのよ……」

「まさか……」 
「……ついに、覚悟を決めたってことか!?」
「おいおい、まじかよ!!」

 ざわっと空気がざわめいたその時、扉が静かに開かれた。

「――お前たち、もう少し、静かに騒げないのか?」

「ギ、ギリアン陛下――!?」

 扉の向こうから現れたのは、まさしくヴァロニア王ギリアン本人。いつもの黒い外套ではなく、騎士団の礼装に似た軽装。

 騎士たちが次々に椅子を鳴らして立ち上がる。

「いや、そんなに畏まらなくていい。今日は『王』として来たんじゃない。……ホープの祝宴に、祝いの酒を届けに来ただけだ」

 従者が一歩前に出て、木箱をどんと卓に置く。
 中から現れたのは、見慣れぬボトルの列。

「少々、差し入れを持ってきた。……ワインだ。古い蔵から掘り出したものだが」

「これはモンタルヴァン……し、しかも20年物だと!? まさか王家御用達の……!」

「陛下ぁぁぁ~~~~!!」
「そんな高級ワインを……!!」
「愛だ! これは王からの愛!!」

 王太子時代からの馴染みの面々が、ギリアンに絡みつく。

「お、落ち着け。……単に僕が飲みたかっただけだ」

「陛下、かっこいい~~~~!!」
「酒が飲めるぞ~!!」

 騎士団全体がテンションが高くなる中、グラスにはモンタルヴァンが注がれていく。
 ギリアンは自らも杯を満たし、横の者にも注がせた。

「それで……ホープは?」
「あ~、あいつ、今年は女とふたりで、朝から過ごしてるんじゃないっすか~?」

「なるほど……ふたりきり、か」
 ギリアンが、ふっと遠い目をしてワインを口にした。

「……まあ、それも良いだろう」
 グラスを見つめたまま、唇がわずかに緩んだ。
 騎士たちの喧騒とは違う場所にいるようなその微笑みに、誰も気づかなかった。

 そして、酔いがまわるにつれて、団員たちの恒例の暴走が始まる。

「で、陛下!」
「……?」
「陛下は、そっちはどうなんですか?」
「そっち?」

「ほら、王妃様と!!」

 ギリアンは、グラスを持った手が一瞬止まる。

「……っ、王妃の事を、お前たちに、軽々しく言うわけないだろう……!」

「うわ、陛下、顔赤い!!」
「まじで!? 王が、照れてるぞ!?」
「え~~~! かわいい~~~!!」

 完全にタガが外れた騎士たちに、容赦はない。

「陛下って、最初は女嫌いなのかなって心配したけど、王妃様のこと大好きですよね? 去年はなんか訳わからん噂もあったけどさ~」
「あれは、戦略の一環だ……」
「今は『王は王妃を寵愛している』って、専ら噂っすよ~~~。これも戦略なのかな~~」

「いやでも正直、俺ら皆、王妃様のこと大好きなんですよね~」
「あの翠の瞳に映りたい!」

「で、陛下。ぶっちゃけ……」
「王妃様のどこが一番可愛いと思います?」

 酔いの勢いで無茶ぶりする騎士たち。
 ギリアンは一瞬黙り、ワインをぐいっとあおった後――

「……全部、だ。……これで良いのか?」

「うおおおおお!!!」
「のろけ、来たああああ!!!」
「陛下、今『全部』って言いました~~~?!」
「ガチ惚れじゃねーか!!」

 ギリアンは顔を覆いたくなったが、騎士たちは容赦なく盛り上がる。

「国王が、完全に『夫』の顔してる……!」
「王が惚気てるだけで国が治まる!!」
 騎士団が全力で盛り上がる中、ひときわ大きな声が響いた。

「この場を借りて、改めて報告させて頂きます!!」
 椅子を勢いよく蹴って立ち上がったのは、フランツだ。

「我が家の姫! ヴィア嬢! 無事、一歳の誕生日を迎えました!!!」
「おおお~~~~~!!!」
「おめでとう!」

「一歳かぁ! 可愛いだろうなぁ!」
「ヴィアって、誰の名前から取ったんだ!?」
「当然、シルヴィア様ですっ!!」

「なんだって~~~!!」

 男たちの目に、何故か光るものが浮かぶ。
 ギリアンは思わず笑っていた。

「良い父になったな、フランツ。……ヴァロニアの未来も、子どもたちも、お前たちの手にかかっている。これからもよろしく頼む」

 その言葉に、場がしんと静まる。
 だがすぐに、誰かが叫んだ。

「よぉし!! 王の惚気と、パパの涙に!!」

「乾杯~~~~!!」

 杯が再び打ち鳴らされる。

「騎士団の友情と、王妃様と陛下の愛に!!」

 その夜、王と騎士団の絆はより強まった。

「あと、ホープどこ行ったんだよ!!」
「今、花壇に愛を植えてるんだよ」
「来年は花が咲くんだな!!!」

 笑いと酔いの渦の中、宴は夜更けまで続いた。
 ――そんな騎士団の騒がしい夜を、ホープは知らずにいた。
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