【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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後日譚 王の側近と王妃の侍女

家族を守るとは、どういうことか

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 穏やかな風の午後だった。
 ヘーンブルグの空は灰色を宿していたが、森の奥には春の兆しがあった。

 ラシェルは、窓辺の光のもとで針仕事をしていた。
 膝の上には、ルークのために仕立てた小さな上着。
 その胸元に、銀色の丸い小さなボタンが一つ、ひと針ひと針、丁寧に縫い付ける。

 このボタンは、ルークの一歳の誕生日に、ホープの母が贈ってくれたものだった。

『この村ではね、誕生日に貰った金属の贈り物を、身に着けていると、一年元気に過ごせるって言われてるのよ。悪魔は金属が嫌いだからね』と、にこにこしながら渡してくれた。

 ラシェルは針を動かしながら、ふと微笑んだ。
(……ああ、これが『偽物のボタン』だったのね)

 ホープの笑顔と、一つ掛け違ったボタンの記憶が、温かく胸によみがえる。
 あれは、格好つけた騎士じゃなくて、不器用な、少年のままのホープだった。

(でも、そんなところが、ずっと好き)

 ラシェルは、最後のひと針を結び、糸を切る。
 仕上がったボタンをそっと撫でながら、小さく呟いた。

「……これで完璧です、ルーク」

 まるで、あの日ホープに言ったように。
 ラシェルの声には、愛情と少しの悪戯心が滲んでいた。



 窓の外では、干した布が淡い日差しを受けてふわりと舞う。

 家の前では、ルークとホープが地面にしゃがみこんでいた。
 ルークが、近くの林で拾ってきた小枝や石を、何かもにょもにょ喋りながら並べて遊んでいる。
 ホープはその隣で膝を折り、その言葉にうんうんと頷いている。
 息子の創意工夫に付き合いながら笑みを浮かべていた。

 針仕事を終えたラシェルは、窓辺でその二人の様子を眺める。

 その時だった。
 遠くから、馬蹄の音が近づいてくる。
 土道を打つ音が、次第に大きくなり、家の前で止まった。

 若い騎馬の伝令は馬から降り、地面に目をやると、子どもが並べた小枝と石に一瞬目を留めた。
 だがすぐに顔を上げ、家の前にしゃがむホープへ声をかける。

「ここに、ホープ・ダーク殿はおられるか?」

 ホープは立ち上がり、ルークの頭をぽんと撫でてから、伝令に向き直った。

「……ぼくだけど?」

 伝令の表情が引き締まり、馬の鞍袋から封蝋された文書を取り出す。
 赤い蝋には、ヴァロニア王家の紋章が深く刻まれていた。

「国王陛下より、直々の御文をお届けに参りました」

「ギリアン陛下から……?」

 ホープは一瞬言葉を失い、視線が文書に吸い寄せられる。
 数秒後、静かに頷き、深く礼をしてそれを受け取った。





 ホープは、ルークを連れてすぐに家に入ると、ラシェルと共に文を開いた。

 重く押された王印、力強い筆致で記された言葉。


 そこには、王命によって、王国の法的にラシェルとホープの婚姻を認める、ルークを二人の子として記録する、ホープに家門の創設を許可する、従属候の爵位を与える――と言う内容が記されていた。



 そして、家名は――Noxiale

   ――夜を照らす者ノクシアル



 ルークを抱っこしたラシェルが寄り添い、静かに手を握る。

「……これ、名誉の為じゃないわ。を、国が証明した証よ」

 ホープは視線を落とす。
 手紙の文字が、なぜか滲んで見えた。


 ――ぼくが、家門の主に?
 ――ぼくが、侯爵に?
 ――……『ノクシアル家』なんてものを、背負えるのか?


 政の外にいた田舎領の小さな村で、平凡に暮らしていた三男坊が。
 ギリアン王に尽くしたのは、双子の姉の免罪を取り消してもらう為であって、忠義とは言い難い。


 ――ぼくに、そんな資格があるのか?


 ふと、ラシェルに抱かれているルークに目をやる。
 ほっぺたを赤くして、何の曇りのない蒼い瞳で自分を見つめている。


 ――この子の人生は、これからだ。
 ――ぼくが父として、ルークが歩く道を守れるかどうかが大事なんだ。


 ホープは、そっとラシェルの手を握り返した。

「……君が、いてくれたからだよ。ぼくは、ルークの為に、これを受け取る。ルークの父として、『ノクシアル』を背負うよ」

 ラシェルは、何も言わなかった。
 ただ静かに微笑んで、そっとホープの肩に額を預けた。






 こうして『ノクシアル家』は、王命により、王国の制度に刻まれることとなった。

 それは、ただの家門の創設ではない。

 『名前のない者』たちが、未来の誰かのために名前を受け取る――

 ホープは、子どもたちが築く新しい秩序と、古い秩序の出口を、王と共に守る為、もう一度、王の騎士となることを決めたのだった。




 そして、そのは、ヴァロニアの歴史の一頁として、確かに刻まれることとなった。





 
・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。..。:*・゜゜・*:.




 ヴァロニア王国貴族家門録(王室認定爵位・家門名簿)
   第 百五十三 頁



   4.3 勅許状により授与された従属侯爵領一覧
   (叙任順)

   • ダーンヴェイル家 – ウィンドムーア公爵領
   • カエルランド家 – 北部辺境地
   • サリック家 – ハイランド・マーチズ
   • ロクスリー家 – 東部リバーホールド
   • ノーレス家 – サウスランド・リム
   • ウィットミア家 – 沿岸地域
   • ノクシアル家 (例外)

   注:ノクシアル家は、領地の譲与、または武功による創設ではなく、ギリアン王の王命により、特別に成立した。故に、世襲の領地を持たず、国王直属の家門である。




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