【完結】天国の扉

藤井 紫

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第四章 天使の子 悪魔の子

水鏡(2)

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「オレの生まれる前に、一度紛争が治まったことがあったらしいんだけどな、」
 ソルはそこで語るのをやめたが、ハリーファにはソルの言いたいことが想像できた。
 紛争が収まったと言う時期に、どういう経緯があったかはわからないが、異部族間の混血児としてソルは生まれたのだろう。しかし、アルザグエの現状から、混血児のソルの存在はどちらの部族にとってもうとましいものでしかないのだろう。
「それで、お前はファールークに来たのか」
「まぁ、そういうことだ」
 ソルの出生を聞いて、ハリーファはユースフの記憶の中で一番思い出したくなかったことを思い出さずにいられなかった。
 天使の末裔と言われた【エブラの民】も、混血を許すことは出来なかったのだ。
 サライが同族に命を奪われたのは、ドームから勝手に外出していたからではない。おそらく外界の男、ユースフの子どもをはらんだことが原因に違いない。
 なぜこんなに種族と種族の間に隔たりがあるのだろうか。殺されなければならないほど、血が混じることに何の不都合があるというのだろうか。
 昔、聖地にはたくさん混血児がいたというのに。聖地が荒廃した今、彼らはどこに消えてしまったのだろうか。
 ハリーファは口惜しさに思わず唇をかんだ。
 ソルの母親はどんな思いでこの少年を産んだのだろう。心の読めないこの少年は、今までどんな思いで生きてきたのだろう。部族違いの両親を恨んだりしたのだろうか。だが、ハリーファは怖くて口に出すことができなかった。
「今内紛はどうなってる? 治まっているのか?」
「オレはもう、十年近くメンフィスで暮らしてるんだ。詳しい事はわかんねぇよ。でも、それが次の仕事なら調べてくるぜ?」
「いや……、いいんだ……」
 目に見えてわかるほどにハリーファは気を落としたが、ソルにはその理由まではわからなかった。
「なぁ、今度はあんたの番だ、ハリーファ皇子。あんたの母親ウンムは宰相の女奴隷ジャーリアなんだろ? それでこんな所に住まされてるのか?」
「いや、お前の言う女奴隷は乳母だ。俺の母親は別の女だ」
 そう聞いて、ソルは不思議そうにハリーファを見つめる。
「母親はファールークの血筋の女なのか?」
「ああ、宰相の姉の娘だ」
 そのくらいならラシードかアーランに聞けばわかることのはずだ。
「ふーん、それにしちゃあ、あんたはファールークの皇族の顔立ちと違うんだな」
 そう言って、ソルはハリーファの顔をじっと見つめる。
 実のところ、生まれてからずっと皇宮内で暮らしているハリーファは、自分の顔を鏡で見たことがない。それに本当の母親の顔も、過去の記憶でしか知らない。ハザールが会った母親ファティマは、髪や瞳の色は違うが、ファールークの顔立ちだったはずだ。
「……そうなのか?」
 そう答えながら、ハリーファは母《ファティマ》の父親の血を濃く受け継いだのだろうかと考えた。
「本当はあの女奴隷が母親なんじゃないのか?」
「あり得ない」
「じゃあ、なんで第二皇子のあんたが宮廷にとどまってる? 宰相ワジルを継承しない皇族の男子はここには残れない決まりのはずだろ?」
 ラシードの父ハリードはかつての第二皇子だ。その話を聞いて、ハリーファの処遇を疑問にでも思ったのだろうか。母親や乳母のことも、アーランから聞いていれば知っているはずだ。そもそもこの少年は本当にラシードの奴隷なのだろうか。にわかに疑わしくなってくる。
 今日も今までと変わらず、ソルの心の声はまったく聞こえてこない。しかし、ハリーファの出生を疑っているのは間違いなさそうだ。
「もしそうだったとして、そんなことが何になる」
「宮廷内のゴシップは、案外良い金になるんだぜ」
 黒人少年の漆黒の瞳はハリーファの心を見透かすかのようだ。
「……金が欲しいなら仕事をやる。お前、オス・ローまで行くことは出来るか?」
「オス・ロー?」
 ソルは眉をよせる。
「昔ドームと呼ばれていた場所を知っているか? オス・ローの一番南側だ。そこにヴァロニア製の短剣が落ちているはずだ。びていても刃毀はこぼれしていても構わない。それを探してきて欲しい」
 ハリーファの依頼に、ソルは何かを深く考えているようだった。
「それはちょっと難しいな……。そうだな、いつもの十倍なら行ってもいいぜ」
 ソルにふっかけられ、ハリーファは不愉快な感情を顔や言葉に出すまいと押し黙った。
「それが無理なら、オレはオス・ローへは行かない。自分でオス・ローに行くんだな」
 良い答えを催促するように、ソルはじっとハリーファの目を見た。
「……わかった、頼む」
 ハリーファに商才が無いことをソルは気づいているようだ。
「それと、悪いが、次にここに来れるのは一月後だからな」
 そう言うと、ソルは長椅子から立ちあがった。
「アーランの母上の方は大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
 じゃ、と手をあげて去っていくソルの瞳は、光の加減で一瞬菫色に見えた。


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