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第六章 二人の悪魔
沈黙の書架に眠る(2)
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何刻か経った頃。ジェードは、少し休憩していたが、ヴィンセントは手を止めず、書簡を確認しては、確認したものは床に放り投げていた。
日はすっかり暮れて、いつの間にか真夜中になっていた。窓の外には黒い帳が下り、静けさだけが時を刻んでいた。
蠟燭の炎が微かに揺れる。
ヴィンセントの金の髪に光がちらつくのを見て、ジェードはふとルースの話を思い出した。
「ルー姉さんは、村に帰ってくるたびに、少し怖いけど、面白い話をしてくれたんです」
ヴィンセントは、手を止めることなく聞き返す。
「ルースが、どんな話を?」
「ヘーンブルグ領の外には金髪の人が居るんだって言うのも、最初はルー姉さんの作り話だと思ってました」
「なるほど。ルースは、そうやって子ども達に、ヴァロニアの真実を教えようとしていた訳か」
「領主様のお屋敷には、幽霊が出るって話も聞きましたけど、それも本当ですか?」
しばしの沈黙。
気が付けば、いつもルースがこの場所にいた時間だ。
ヴィンセントがぼそりと呟いた。
「君は、幽霊は見えるか?」
ヴィンセントの声は低く、囁くようだった。冗談にも聞こえたが、その瞳には確かな寂寥が宿っていた。誰かを懐かしみ、誰かを試しているような響きだった。
ジェードは、一瞬、言葉の意味を図りかねたように視線を上げる。
「えっ? 本当に……いるんですか?」
「君には、天使の声が聞こえるんだったな。では、幽霊の声はどうだ? 聞こえないか?」
唐突な問いだった。
生真面目な領主とは思えない言葉だ。まるで、ルースのような不思議なことを言う。だが、ヴィンセントの瞳は真剣そのもので、ジェードは自分が試されているのかと思うほどだった。
部屋の空気が冷たくなったのが、ジェードにはわかった。少し、背中がぞくぞくと震える。
しかし、ジェードは少し考えて、首を横に振った。
「……いいえ。幽霊は、見たことは、ありません」
その瞬間。
ガタン――
本棚の奥から、何かが揺れて音を立てた。
静まり返った室内に、不釣り合いなほどはっきりと響いた。
二人の視線が音の方に向けられる。
ジェードが驚いて身を引くと、ヴィンセントが静かに棚に手をかけた。
「隙間風か、あるいは、」
そう呟いて背板の裏を覗き込んだ彼の手が、何か固い物に触れた。
引き出されたのは小さな木箱で、その中に古びた手紙があった。
封は破れ、紙は茶色く変色している。それでも、筆跡はまだ読み取れた。
ヴィンセントは黙ってそれを開き、一瞥した後、静かにジェードに差し出した。
ジェードが受け取った、その手紙には――
幸運なるヴァロニア王妃エレオノーラ殿下へ
この贈り物が、貴女の御心を守る護符とならんことを
西の地より
ヴォードの友 ユースフ
ほんの短い言祝ぎが、ファールーク語で書かれていた。
ジェードは息を呑んだ。
指でなぞりながら、読み上げる。
「……領主様! これだわ!」
ジェードの声が震える。震えているのは声だけではない。指先も、心の奥も。まるで、姉がそっと背を押してくれたようだった。
ヴィンセントは、わずかに目を見開いた。
「幽霊よ。本当に居るのなら、私の前に姿を現してくれ」
ジェードには、ヴィンセントの淡々とした言葉が、少し悲痛な叫びに聞こえた。
日はすっかり暮れて、いつの間にか真夜中になっていた。窓の外には黒い帳が下り、静けさだけが時を刻んでいた。
蠟燭の炎が微かに揺れる。
ヴィンセントの金の髪に光がちらつくのを見て、ジェードはふとルースの話を思い出した。
「ルー姉さんは、村に帰ってくるたびに、少し怖いけど、面白い話をしてくれたんです」
ヴィンセントは、手を止めることなく聞き返す。
「ルースが、どんな話を?」
「ヘーンブルグ領の外には金髪の人が居るんだって言うのも、最初はルー姉さんの作り話だと思ってました」
「なるほど。ルースは、そうやって子ども達に、ヴァロニアの真実を教えようとしていた訳か」
「領主様のお屋敷には、幽霊が出るって話も聞きましたけど、それも本当ですか?」
しばしの沈黙。
気が付けば、いつもルースがこの場所にいた時間だ。
ヴィンセントがぼそりと呟いた。
「君は、幽霊は見えるか?」
ヴィンセントの声は低く、囁くようだった。冗談にも聞こえたが、その瞳には確かな寂寥が宿っていた。誰かを懐かしみ、誰かを試しているような響きだった。
ジェードは、一瞬、言葉の意味を図りかねたように視線を上げる。
「えっ? 本当に……いるんですか?」
「君には、天使の声が聞こえるんだったな。では、幽霊の声はどうだ? 聞こえないか?」
唐突な問いだった。
生真面目な領主とは思えない言葉だ。まるで、ルースのような不思議なことを言う。だが、ヴィンセントの瞳は真剣そのもので、ジェードは自分が試されているのかと思うほどだった。
部屋の空気が冷たくなったのが、ジェードにはわかった。少し、背中がぞくぞくと震える。
しかし、ジェードは少し考えて、首を横に振った。
「……いいえ。幽霊は、見たことは、ありません」
その瞬間。
ガタン――
本棚の奥から、何かが揺れて音を立てた。
静まり返った室内に、不釣り合いなほどはっきりと響いた。
二人の視線が音の方に向けられる。
ジェードが驚いて身を引くと、ヴィンセントが静かに棚に手をかけた。
「隙間風か、あるいは、」
そう呟いて背板の裏を覗き込んだ彼の手が、何か固い物に触れた。
引き出されたのは小さな木箱で、その中に古びた手紙があった。
封は破れ、紙は茶色く変色している。それでも、筆跡はまだ読み取れた。
ヴィンセントは黙ってそれを開き、一瞥した後、静かにジェードに差し出した。
ジェードが受け取った、その手紙には――
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ジェードは息を呑んだ。
指でなぞりながら、読み上げる。
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ジェードの声が震える。震えているのは声だけではない。指先も、心の奥も。まるで、姉がそっと背を押してくれたようだった。
ヴィンセントは、わずかに目を見開いた。
「幽霊よ。本当に居るのなら、私の前に姿を現してくれ」
ジェードには、ヴィンセントの淡々とした言葉が、少し悲痛な叫びに聞こえた。
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