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1章 BIG3
プロローグ3 『口を閉ざす男』
しおりを挟む舟渡は困惑していた。
久々に訪れた客、まさか本日中に二人目が現れようとは思いもしなかったからだ。
しかし先程の得体の知れない青年とは打って変わって、次の少年は極々普通の日本人少年だった。
特徴のない、弄ってもいない自然体のヘアスタイル。無地の紺色パーカー。量販店で売っていそうなジーンズに、旅人らしいリュックサック。ごく普通の旅行客に見える少年は、にこやかに目を細めて頭を下げた。
「いやぁ、申し訳ありません。手持ちが少なくて、連絡船のチケットが買えなかったんです。意外と高いんですね、連絡船のチケットって。調べてから来るんでした」
白いマスクを付けている少年は、愛想よくそう言い、連絡船よりも安い小舟での『超人特区』の入区を希望した。
「今は長期休暇中なんです。この機会に前々から興味のあった『超人特区』に旅行にでも行こうかと」
理由も実に普通で、舟渡は安心していた。
珍しい事もあるものだと、内心びくついていたが、少年からは本当に怪しげな雰囲気は感じられない。
今日、先程運んだ灰色の髪の男とはまた打って変わって、少年は自然体で舟渡とその娘と会話に花を咲かせながら船の旅路を楽しんでいるようだった。
「『超人特区』のお勧めスポットとかってありませんかね? 『下層第三区サーカス街』ってところは是非見たいと思ってるんですけど」
「あそこは観光客向けだからね。いいんじゃない?」
「あとは『下層第五区職人街』なんかもお勧めだな。結構面白いものが置いてるぜ」
心なしか風が心地良い。先程までは濃かった霧も、いつの間にか晴れ掛かっていた。少年に有名所からコアな場所まで、お勧めの観光スポットを話して聞かせながら、舟渡は舟を走らせる。
娘も年が近いからか、友達のように話している。少年がかなり温和で人当たりが良く話しやすいという事もあったのかも知れない。
いつしか話は『超人特区』のことから、普段の出来事などの世間話であったり、最近の漫画の話などに移っている。
次第に入り込む余地がなくなり、舟渡は珍しく舌が回る娘の話に耳を傾けていた。少年は聞き上手でもあるらしい。
次第に娘がエスカレートしていき、とうとう前を見る事さえせずに話し始めたので、舟渡は少し困り始めているようにも見えた少年に声を掛けた。
「しかし、一人で旅行なんてしっかりしてるねぇ。宿泊先とか決めてんのかい?」
「いえ。向こうで安い場所でも探そうかと……」
「大丈夫かい? シーズンがシーズンだから今は割と宿も一杯かと思ったが……」
「え、そうなんですか? ……参ったなぁ。急ぎとは言えもう少し調べてくるべきだったか」
少しだけ、少年の発した言葉に舟渡は引っ掛かった。
極々自然に発せられた「急ぎ」という言葉。少年は観光に向かう筈だ。何を急ぐ必要などあるのか?
考えかけて、深い勘ぐりは不要か、と舟渡は息を吐いた。
今日の怪しげな灰色の髪の男。彼のせいで気が立っている。こんな少年がまさか怪しい事情を抱えているとは考えられない。
舟渡はすぐに頭を切り換え、じゃあ、と少年に提案した。
「よし。じゃあ俺が顔の利く宿を紹介してやるよ。こう見えて顔は広い方なんだぜ?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
少年は嬉しそうに目を見開き輝かせる。
「希望はあるかい? 特に見たい場所があるなら、できる限り近場を紹介するが」
少年は即答する。しかしその答えがあまりにも意外だった。
「じゃあ……『人目のつかない所』って、あります?」
思わず舟渡は目を丸くした。
何故?
人目を避ける理由が分からない。ただの観光に来た少年が、どうして人目を気にするのか。
活発そうに見える少年が、人見知りであるようには見えない。
だったら何か理由でもあるのだろうか。
例えば、人目については困る理由……
「人目につかないって、例えばどんな人のこと?」
勘ぐり始めた舟渡を他所に、娘は少年に尋ねる。
すると少年は少し悩んだ後に、難しい表情でマスクをもごもごと動かした。
「本当は誰の目にも触れない落ち着ける場所がいいけど……強いて言うなら『外部から来た人間がまず目に触れないような場所』、とかかな」
急いでいる、と少年は言った。
外部から来た人間がまず目に触れないような場所、に宿泊したいと少年は言う。
まるで外部の人間から逃れているようだ、舟渡は娘と向かい合う少年の後ろ姿をじっと見つめた。娘は少年の答えにくすくすと笑って、口に手を添えた。
「何ソレ、おっかしい。まるで誰かに追われて逃げてるみたい。何か悪さでもしたの?」
「冗談キツイよ。そんな訳ないでしょ」
少年は「あはは」と笑って、頭を掻いた。
「悪い人に追われてるんだよ」
かちん、と舟渡の表情が固まった。娘もまた驚き口をぽかんと開いていた。
風が急に冷たくなる。今まで晴れかけていた霧が再び立ちこめ始めていた。
悪い人に追われている。少年もまた、あの灰色の髪の男と同様に、『ワケあり』なのか?
固まる二人の表情を見て、少年は眉をハの字に曲げて、「あ、あはは」と苦笑した。
「じょ、冗談ですよ?」
一瞬小舟の上が静まり返る。
しばらくの静寂。
沈黙を破ったのは、弾けるように笑った娘だった。
「ちょ、ちょっと冗談キツイよ~! びっくりしたぁ。そうだよね。君みたいな普通の人が悪い人にどうして追われるんだって話だよね」
「そうそう」
少年が何度もこくこくと頷く。
「人目につきたくないのは、実は同時期に『知り合い』も特区に入区する予定なんですけど……こう、ちょっと苦手な人で。できれば顔を合わせないようにしたいんですよ」
「へぇ。君にも苦手な人っているんだ。誰とでも仲良くできそうだけど」
「ははは、お恥ずかしながら」
「でも、だったらぴったりな場所があるよ」
娘がぽんと手を打って、舟渡の顔を見上げた。
「シルクちゃんに頼んで、『最下層自警団』の傍に泊めてもらうとかは?」
「お、お前、馬鹿! 何言って……!」
「……『最下層』?」
しまったと額に手を当てる舟渡。娘がまさかそこまで馬鹿な事を言い出すとは予想もしていなかったらしい。一方で少年は『最下層』というワードに眉をひそめていた。興味があるようだ。
それも当然、何故なら『最下層』という層は、『超人特区』のガイドブックにも載っていないのだから。
娘は軽く笑って、少年に目を合わせる。
「絶対に秘密だよ。外に帰っても誰にも言わないでね。そう約束してくれるなら、私の友達に頼んで、『外部の人は絶対に知らない』場所を紹介してあげる」
「おい、あそこは……」
「大丈夫だって。まぁ、ちょっと危ない場所だけど、自警団の傍なら安心だよ。シルクちゃんだけじゃなくてリーダーさんも居るんだから」
困った表情を浮かべる舟渡。しかし少年はやはり意外な反応を見せた。
「是非紹介して欲しいんですが」
危ない場所だ、そう口にしたにも関わらず、少年は迷う事無くすかさず言った。
そしてマスクの上から口元に人差し指を当て、少年は目を細めた。
「勿論秘密は守ります。何せ僕は『口が堅い』ので」
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