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1章 BIG3
三幕B 『魔の手』
しおりを挟む下層二層『住宅街東区』にある一軒家に、その集団は集まっていた。
ソファに深く腰掛け、文庫本をぱらぱらと捲る学生服の少年が、目の前に立った一人の男を一瞥した。
「誰だ」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せる少年を前にして、男は引き攣った笑みを浮かべて、両手を挙げた。日系人の多い中で、栗毛の男は西洋人のような顔立ちをしていた。ラフな私服姿の多い集団の中で、黒い地味なスーツ姿である事も彼をこの場から浮かせている。
「嫌だなぁ、ボス。ジョージですよ。『情報屋』です」
「……ああ。居たなぁ、そんな奴も」
「忘れないで下さいよぁ、薄情だなぁ」
苦笑いしてスーツの男『情報屋』ジョージは手を下ろす。
対するボスと呼ばれる少年は、一層機嫌が悪くなったかのように、眉間に深く皺を寄せてジョージを鋭く睨み付けた。
「何の用だ。良く顔を出せたな『情報屋』」
「そ、それについては大変な失礼を……申し訳ございません、ボス・ビッグハンド」
ボスと呼ばれる少年の持つ称号は『ビッグハンド』。
日本に留まらず、世界を戦慄させた『ビッグ3』の一角。
少年、ビッグハンドの機嫌を損ねている事を、ジョージは予め彼の側近に聞いていた。紹介した『悪人』がどうやらお気に召さなかったらしい。
事前に知らなければ、言い訳のひとつやとぼけた回答をしてしまっていただろう。こうして、素直に非を認め、謝罪する事で何とかビッグハンドは眉間に寄せたしわを減らした。ビッグハンドは言い訳を嫌う。これもまた彼の側近からジョージが聞かされていた情報だった。
「……で。謝罪の為だけに来た訳ではないんだろう? あまり手を取らせるな。早く用件を伝えろ」
ジョージは持って来た鞄から急ぎ数枚の書類を取り出し、ビッグハンドに差し出す。
書類はふわりと浮かび上がり、ビッグハンドの手に収まった。書類にざっと目を通して、ビッグハンドは難しい表情をして、背後に立つ側近の男に書類を手渡した。
また機嫌を損ねたか。ジョージがごくりと息を呑むと、側近の男は「ああ」と笑って、手を振った。
「ボス漢字苦手なだけッスから……あ痛っ!」
ビッグハンドが指をくいと動かすと、どこから飛んできたクッションがぼふんと側近の男の後頭部を直撃した。くすくすと周囲の集団から笑い声が漏れる。
ビッグハンドは深く溜め息をつき、書類を手渡した男を睨んだ。
「いいから読め。短く纏めろ」
「了解ッス。えーっと、新しい悪人のリストッスね。ふむふむ、今度は結構表沙汰にならないような奴が多いッス」
「一番調子に乗ってそうなやつを選べ」
えー、と言いつつ側近の男と女が書類を覗き込み、値踏みを始める。こいつが一番調子に乗ってる、こいつはそこまで調子に乗ってない、と何を基準にしているのか分からない選定を始めたところで、ビッグハンドは目の前に立つジョージをじろりと見上げた。
「ところで。『ビッグフット』の情報は手に入ったのか?」
「た、只今調査中です。しかし、どうやら入区したのは間違いないようです」
「あ、そういや『超人チャンネル』で情報流れてましたねぇ。何かボスの知り合いもカキコしてましたよ」
悪人の値踏みをしていた側近の女が割って入る。
ビッグハンドが怪訝な表情で聞き返した。
「『超人チャンネル』? 何だそれは」
「『超人特区』で使えるインターネット掲示板ですよ。『バッチ』……ほら、あのボスに渡した翻訳とかもできるアレで認証したら使えるようになりますよ。ケータイとかでも」
「い、いんたーねっとけいじばん?」
「結構面白いですよ。超人関連の情報も結構ありますし、今度ボスにも使い方教えてあげますよ。いや、その前にボスはケータイ持った方がいいですね」
まくし立てるように話し出す、悪人リストそっちのけの側近の女。自身のポケットから取り出した携帯電話をビッグハンドに見せてくる。
ビッグハンドは怪訝な表情で携帯を覗き込む。
「けーたいとかよく分からん」
「お爺ちゃんみたいな事言ってないで慣れたほうがいいですよ。まだ若いんですから。ボスは『物覚えはいい方』でしょう」
「ぐぬ……いや、お前はリストを見ていろ! けーたいとか、今はどうでもいい!」
時折年相応の素振りを見せるビッグハンドだが、微笑ましく思ってしまわない程度にはジョージも彼を見てきた。時折子供の一面を見せても、この少年は凶暴凶悪な超人なのである。
「とにかく『情報屋』! ビッグフットだビックフット! 何も掴んでいないのか!」
「つ、掴んでいますとも!」
子供の起こした癇癪でも、この超人だと洒落にならない。流石にジョージも慌てて取り繕う。
「ビッグフットの入区は間違いありません! 観光街で勝手が分からず彷徨っている姿が目撃されています! その後、行方は掴めていませんが……奴ならば、一人でこの特区に溶け込む事は不可能でしょう! そうとなれば、濃厚な線は観光庁を利用するか、意思疎通できる日本語を話せる協力者を探すか……今はその方面で調査を進めています!」
『今出せるギリギリの情報』を使い、ジョージは誤魔化す様ににやけてみせた。
どうやらその答えにビッグハンドも満足したらしい。
「そうか。急げ。すぐに見つけ出せ」
「はっ!」
びしりと敬礼し、ジョージは一歩後ろに下がる。
まさか話せる筈もない。
今、『ビッグフットの足取りが既に掴めている』ことなど。
それを聞けば、すぐにでもビッグハンドは飛び出していく事だろう。
そうなってはマズイ。非常にマズイ。
「では、引き続き調査を続けます! これにて失礼!」
「ああ」
ビッグハンドは満足げに、再びボロボロの文庫本を読み始める。
ようやくプレッシャーから解放され、ジョージは部屋から出ようとした。
その時。部屋の出口傍の壁にもたれかかる一人の少年がぽつりと呟いた。
「うまくいくといいね」
ジョージは思わず足を止めた。
つう、と額を冷や汗が伝う。
少年を見下ろす。背の低い、小学生くらいの子供だ。
ジョージもビッグハンドの取り巻きを、全員知っている訳ではない。それ程に、彼の取り巻きは多い。
この少年もまた、ジョージが知らない一人だった。
「大丈夫。此処に居る殆どが、ビッグハンドとビッグフットを接触させちゃならないって思ってるよ。面白がってる振りをしてても。だから、何も問題ない。誰も疑わないよ君の事を」
超人の中には人の心を読める者も居るという。
まさか、この少年はジョージの心中を見抜いているのだろうか。
マズイ。非常にマズイ。
「言わないって」
そんなジョージの焦りを見透かすように少年は言った。
「あと、残念」
一軒家の玄関口が騒々しく開く。
そして、どたどたと廊下を駆けてくる音がして、勢いよく部屋の扉が開かれた。
現れたのは取り巻きの一人。
ぜえぜえと息を切らした青年は、必死の形相で声を上げた。
「た、大変っ、大変ですよボス!」
「何だ騒々しい」
冷めた様子で文庫本からビッグハンドが視線を上げた。取り巻き達の視線も自然と青年に集まる。
「ビ、ビビビビックフットが、ビッグフットが出ましたあっ!」
一気にどよめく取り巻き達。
浮かべる表情は様々である。
青ざめて震える者、汗を垂らして慌てふためく者、楽しそうに口を歪める者、三者三様な反応を見せる。
その中で、ジョージの顔は、ぴくぴくと引き攣っていた。
「…………嘘じゃないな?」
ざわざわと思い思いに口を開く取り巻き達が一瞬で静まり返る。
ビッグハンドが声を発した。それだけで空気が凍り付く。
「う、嘘な訳が! 間違いないです! 下層一層で暴れてます! 大騒ぎですよ!」
報告に来た青年だけが取り乱した様子で騒がしく口を動かす。
黙りこくる周囲の視線は、必死で説明する青年には向いていない。
全員が注目する彼らのボス、ビッグハンドの顔には……
満面の笑みが張り付いていた。
ズガン! と轟音、ビッグハンドの身体が跳ねた。
途端に付き人の女の悲鳴が上がる。
「いやああああ! 天井が!」
「ああああああ! 賃貸なのに!」
沈黙は破られる。
天井に空いた大穴。飛んでいったビッグハンド。
取り巻き達は一斉に、思い思いに動き出す。
「ヤバイヤバイ、早くボス追わないと」
「騒音まずかったな! ご近所に言い訳してくる!」
「どうせすぐ帰ってくるだろ。リスト纏めとけー」
「天井修理できる奴! 早く天井塞げ!」
「うわちゃあ。掃除掃除」
「ボスも気が早いなぁ。ビッグフットのことになると駄目駄目だね」
「自分、また一層に戻って様子見てきます!」
慣れた対応。新入りのジョージは唖然としてその光景を眺めていた。
その肩を付き人の男がぽんと叩く。
「ほれ、ジョージ。引き続き情報収集。どうせ、すぐに戻ってくっから、新しいターゲット探してきといて」
「は、はぁ……」
どたばたと動き出すビッグハンドの取り巻き達を眺めながら、ジョージは凍り付いていた。気の抜けた面々を見ても尚、彼の心中は穏やかではない。
振り返れば、壁に寄りかかっていた不思議な少年も居ない。
ジョージは懐で震える携帯電話に手を添える。間違いない、飛んでいったビッグハンドに関係する連絡事項だろう。
鳴り止んだかと思えばまた震える。また震える。また、また、また、また。
ジョージは携帯を手に取った。コールに応じる訳ではない。急ぎ、彼は電話を掛ける。
「では、失礼」
「おーっす、いってらー」
付き人の男に見送られ、ジョージは携帯を耳に当てた。
「……もしもし。少しマズイ事になった」
超人特区に次第に広がっていたビッグ3の魔の手。
ビッグフットの出現と共に、それは一気に拡散する。
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