インスタントフィクション

ハギワラ

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夢幻

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 ここで人と会うようになってから変わったことといえば、爪を短くしたことと、帰ってからシャワーを浴びなくなったことだ。
 一見荘厳に見える建物はその実、どうしようもなく人臭くて、私が生きていくにはふさわしい場所のように思えた。
 くどいくらいの照明も、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いも、私の中に溶け込んで、底のない器の中に混濁していく。
 この人生を私が受け入れているのは、こうなった原因が私ではないからか、はたまた私がそういう性分なのかはわからないが、幸いなことにそれは相手方にとっては関係ない。むしろ都合のいい身の上話として受け入れられる。
 こういうのは、役割なんだと思う。いつだって誰かがこういう役を演じていて、その役にまつわる因果に私が絡めとられたというだけの話なんだろう。
 願わくば、切って捨てた私の爪に、価値が付けばいいのだけれど。
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