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【4】夕焼けの中で
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目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
「……いつのまにか、寝てしまっていたのね」
あたりは薄暗い。
窓から差しこむ夕陽の赤だけが、部屋を染め上げていた。
「夢、だったのかしら」
夢にしては、鮮明に覚えていた。
桃色の長髪をした、謎の男。
私を慈しむような、愛しいとでもいうような、あの優しい眼差しが頭から離れない。
「ぴ!」
「きゃ!……アニムス」
ぼう、と夢の情景を思い返している私の頬に、もふもふとした何かが突進してきた。
手のひらサイズのピンク色の毛玉。
小さな一対の羽根をパタパタと揺らして、もふもふの毛に隠れた瞳から、心配そうな視線が伝わってくる。
この子はアニムス。
私が3歳の頃に拾った、謎の毛玉である。
生き物であることは間違いないのだが、その正体は謎に包まれていて。
図鑑でいくら調べても、大図書館の賢者さまに訊ねても、なにもわからなかった。
けれどとても私に懐いていたし、私も出会ってすぐにアニムスが大好きになったから、お母様とお父様に駄々をこねて、害がないなら、としぶしぶ飼うことを許可してもらったのだ。
そんな経緯で我が家にやってきたこの愛くるしいもふもふは、今ではベルネット家のみんなに可愛がられて愛されている。
「そういえばあの人」
「ぴー?」
「あなたに少しだけ似ていたわね」
このピンク色の艶々した毛とか。
夢のあの人はもふもふ、というより、毛先がくるくる、って感じだったけど。
アニムスを抱き上げてクス、と笑えば、アニムスは体を揺らして嬉しそうに鳴き声をあげた。
「それにしても」
私はアニムスを肩に乗せて、ゆっくりと立ち上がる。
窓際の椅子に腰かけて、夕陽に染まる街を見つめた。
小高い丘の上にあるこの邸宅からは、背の高い学園の時計塔が見える。
「わたくしが聖女を、断罪する、ね」
ーーキミが、聖女を断罪するんだ。
別れ間際に告げられた言葉は、ハッキリと思い出せた。
言葉では簡単そうに聞こえても、具体的な方法は浮かばない。
シャーロットと完全に敵対し、アルベルト殿下を奪い返すのか、それとも白き力の秘密を解き明かすのか。
それとも、なんの罪もない私を陥れたように、無実の罪をでっち上げて彼女をこの世から物理的に消し去るのか。
少なくとも、シャーロットが私にしたことは、言葉にすればそういうことだ。
私は自分が、何か死罪になるほどの罪を犯したとは、どうしたって思えないのだから。
シャーロットにした、所業の数々。
殿下はあの夢の断罪シーンで、私にそう言っていた。
恐らくその所業の数々をでっち上げられて、それを信じた殿下に、引導を渡されることになったのだろう。
「人は、恋をすると変わってしまうのね」
少なくとも殿下は、一方だけの言い分を聞いて、物事を判断するような人ではなかった。
あの人はこの国の第1王子として、いずれ偉大なる王となるため、公明正大であることを求められてきたのだから。
そんな殿下が、大勢の人の前であのように女性をかたわらに抱き、謂れのない罪で婚約者を断罪するなど。
人が変わったのだと思わなければ、とても信じられないことであった。
「わたくしは、どうするべきなのかしら」
少なくとも死にたくはなかった。
アルベルト殿下のことは、彼の気持ちがどうしたって私から離れてしまうのなら、致し方ないことだと割り切ることは出来る。
恋を知らない私と、殿下を心から求めるシャーロットなら、殿下もきっと、純粋な好意を向けてくれるシャーロットのほうが嬉しいだろう。
だからといって、あのような終末を迎えるわけにはいかない。
自分が命を散らすことも、家族やアニムスが生きるこの世界が滅ぶことも。
到底許容できるわけがなかった。
「わたくしのせいで世界が滅ぶなんて、そんなのごめんだわ」
「ぴぴっ」
「そうね、アニムス。あなたが生きる世界を滅ぼされるわけにはいかないもの」
頬をすり寄せてくるアニムスを撫でる。
ふわふわの毛が少しくすぐったかった。
「今は考えましょう。どうしたらわたくしが生きることが出来るのか」
そして、シャーロットがこれから何を仕掛けてくるのか。
その兆候を見逃さないように。
「シャーロットがわたくしを邪魔に思っているのなら、きっと初めはあちらから仕掛けてくるはずだわ」
その企み如何によっては。
彼女と敵対する覚悟を決めよう。
自分の身を守るために。
大切な世界を守るために。
誰からも愛される聖女と戦う覚悟を。
「……いつのまにか、寝てしまっていたのね」
あたりは薄暗い。
窓から差しこむ夕陽の赤だけが、部屋を染め上げていた。
「夢、だったのかしら」
夢にしては、鮮明に覚えていた。
桃色の長髪をした、謎の男。
私を慈しむような、愛しいとでもいうような、あの優しい眼差しが頭から離れない。
「ぴ!」
「きゃ!……アニムス」
ぼう、と夢の情景を思い返している私の頬に、もふもふとした何かが突進してきた。
手のひらサイズのピンク色の毛玉。
小さな一対の羽根をパタパタと揺らして、もふもふの毛に隠れた瞳から、心配そうな視線が伝わってくる。
この子はアニムス。
私が3歳の頃に拾った、謎の毛玉である。
生き物であることは間違いないのだが、その正体は謎に包まれていて。
図鑑でいくら調べても、大図書館の賢者さまに訊ねても、なにもわからなかった。
けれどとても私に懐いていたし、私も出会ってすぐにアニムスが大好きになったから、お母様とお父様に駄々をこねて、害がないなら、としぶしぶ飼うことを許可してもらったのだ。
そんな経緯で我が家にやってきたこの愛くるしいもふもふは、今ではベルネット家のみんなに可愛がられて愛されている。
「そういえばあの人」
「ぴー?」
「あなたに少しだけ似ていたわね」
このピンク色の艶々した毛とか。
夢のあの人はもふもふ、というより、毛先がくるくる、って感じだったけど。
アニムスを抱き上げてクス、と笑えば、アニムスは体を揺らして嬉しそうに鳴き声をあげた。
「それにしても」
私はアニムスを肩に乗せて、ゆっくりと立ち上がる。
窓際の椅子に腰かけて、夕陽に染まる街を見つめた。
小高い丘の上にあるこの邸宅からは、背の高い学園の時計塔が見える。
「わたくしが聖女を、断罪する、ね」
ーーキミが、聖女を断罪するんだ。
別れ間際に告げられた言葉は、ハッキリと思い出せた。
言葉では簡単そうに聞こえても、具体的な方法は浮かばない。
シャーロットと完全に敵対し、アルベルト殿下を奪い返すのか、それとも白き力の秘密を解き明かすのか。
それとも、なんの罪もない私を陥れたように、無実の罪をでっち上げて彼女をこの世から物理的に消し去るのか。
少なくとも、シャーロットが私にしたことは、言葉にすればそういうことだ。
私は自分が、何か死罪になるほどの罪を犯したとは、どうしたって思えないのだから。
シャーロットにした、所業の数々。
殿下はあの夢の断罪シーンで、私にそう言っていた。
恐らくその所業の数々をでっち上げられて、それを信じた殿下に、引導を渡されることになったのだろう。
「人は、恋をすると変わってしまうのね」
少なくとも殿下は、一方だけの言い分を聞いて、物事を判断するような人ではなかった。
あの人はこの国の第1王子として、いずれ偉大なる王となるため、公明正大であることを求められてきたのだから。
そんな殿下が、大勢の人の前であのように女性をかたわらに抱き、謂れのない罪で婚約者を断罪するなど。
人が変わったのだと思わなければ、とても信じられないことであった。
「わたくしは、どうするべきなのかしら」
少なくとも死にたくはなかった。
アルベルト殿下のことは、彼の気持ちがどうしたって私から離れてしまうのなら、致し方ないことだと割り切ることは出来る。
恋を知らない私と、殿下を心から求めるシャーロットなら、殿下もきっと、純粋な好意を向けてくれるシャーロットのほうが嬉しいだろう。
だからといって、あのような終末を迎えるわけにはいかない。
自分が命を散らすことも、家族やアニムスが生きるこの世界が滅ぶことも。
到底許容できるわけがなかった。
「わたくしのせいで世界が滅ぶなんて、そんなのごめんだわ」
「ぴぴっ」
「そうね、アニムス。あなたが生きる世界を滅ぼされるわけにはいかないもの」
頬をすり寄せてくるアニムスを撫でる。
ふわふわの毛が少しくすぐったかった。
「今は考えましょう。どうしたらわたくしが生きることが出来るのか」
そして、シャーロットがこれから何を仕掛けてくるのか。
その兆候を見逃さないように。
「シャーロットがわたくしを邪魔に思っているのなら、きっと初めはあちらから仕掛けてくるはずだわ」
その企み如何によっては。
彼女と敵対する覚悟を決めよう。
自分の身を守るために。
大切な世界を守るために。
誰からも愛される聖女と戦う覚悟を。
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