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第二十三章 失楽園
第488話 疾駆する影
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ドゴォッ!
砂浜に『珊瑚』の弾が撃ち落とされ、砂が柱のように吹き上がった。アコニチンはそれを片端から射抜き、即座に死滅させる。しかし弾の数は多く、一人ではとても捌き切れない。
まして青洲を守りながらとなると、難易度は跳ね上がる。
「青洲先生。あの人も処分しちまおう」
カールに視線を向けながら、アコニチンは淡々と言った。ステージ5となってしまった以上、あのまま放置しておくのは危険だ。シアンという戦力を奪っている現状も看過できない。
アコニチンの声には、躊躇も感傷もなかった。
合理的に、冷徹に、手を汚す覚悟が、彼にはあった。
「シアンにゃ気の毒だけど、どうしようもないだろう? シアンが無茶な押さえ方しているのを止めさせたいってのもあるけどさ、外出血したくないからって傷口を塞ぎっぱなしにしてちゃ、いずれ内出血で中毒になる。……あのままじゃ、共倒れだ」
「……いいや。手は、ある……」
「えっ!?」
想定外の言葉を言い放った青洲に、アコニチンは目を見開いた。
「カールを、コールドスリープさせる。そうすれば、保護が可能だ……」
「コールドスリープ……! 相手を凍結させるってやつかい! けど、それができるアンモニア達はドイツに行っちまったじゃないか!」
「……一人。アバトンに、残っている」
その者の名は、アセトン。
彼は冷弾を扱えるウミヘビの中で唯一、ドイツ遠征に同行しなかった。
運動神経の悪さを自認し荒事も好まない彼は元々、あまり凍結実験に乗り気ではなく、『モーズと高級料理を作る毎に一回、遠征へ同行する』という条件で協力をしていた。
が、凍結実験が本格化した先月、凍高級料理作りを実行する予算を確保できなかった(※お菓子の日に浪費し過ぎた罰)為に、条件通り遠征を拒否してきたのだ。
尤も遠征同行者の人員を割り振っていた徐福は、元々冷弾を扱えるウミヘビを誰かしら残す気だったようで、アセトンの要望はすんなりと通る事となった。
青洲は言う。
「……小生はコールドスリープ処置に必要な、棺を取りに向かう。君は、アセトンをここへ連れて来てくれ……」
「いやいや! 一人で行く気かい!? 反対だよ、あたしは!」
「この中で一番、足が速いのは、君だ……。時間が、ない。……アコニチン。君が、頼りだ」
「うっ、嬉しい事を言ってくれるけどさぁ! ほんの少し離れた隙に青洲先生に何かあったら、あたしは半狂乱になるよ!? そもそも、アセトンがいま何処にいるかもわからない! 探している間、保つとは思えないよ! あいつ!」
砂浜でシアンに押さえ付けられているカールは、既に青い血を浴びてしまっている。出血しているシアンが至近にいるだけでも致死的な負担だ。彼の呼吸は乱れていっていて、いつ中毒死してもおかしくない。
どうせ助からないのならば、今すぐ処分した方が被害は少ない。それが、アコニチンの冷ややかな見解であった。
「……あの」
張り詰めた空気の中、控えめな声が青洲達の背後からかけられる。
「お手伝い、します」
声の主は、目元を藍色の布で覆った盲目のウミヘビ、メタノール。
彼は弟のホルムアルデヒドの介助を受けながら、自らの意思で、助力を申し出たのだった。
◇
弾として撃たれた『珊瑚』を死滅させていく内に、ネグラは毒に汚染されていく。
石畳が敷かれた歩道や、白亜で塗り固められた建物の壁はすっかり赤黒く染まり、宿す毒素が弱ければ、ネグラの住人であるウミヘビでさえも留まるのが辛い場所へと化してきていた。
「クソ。終わりが見えねぇじゃねぇの」
赤い塔を睨み付けながら、マンションの屋上に立つナトリウムが吐き捨てるようにボヤく。ここは『珊瑚』の侵蝕を逃れ、地上に溜まっていっている毒素も届かない。
それもこれも、彼含む飛び道具を扱えるウミヘビが弾として撃たれた『珊瑚』を空中で迎撃しているからだ。
尤もナトリウムが扱う抽射器はダーツの矢。消耗するタイプの武器だ。いずれ底を突く。そうなれば迎撃は立ちゆかなくなる。
額の汗をぬぐいながら、ナトリウムは隣で同じく迎撃を続けているカリウムに声をかけた。
「カリウム、残りどんぐらいよ」
「……20切ったじゃん?」
「やべぇな」
「そういうナトリウムはどうなんだよ!?」
「10だな」
「もっと悪いじゃん!?」
あっけらかんと言いのけたナトリウムに対し、カリウムが頭を抱えて叫んだ。
飛び道具を扱うウミヘビは、彼ら以外にもこの場にいる。それも残弾を気にしていなくていい、銃型の抽射器を扱えるウミヘビが。しかし乱射すれば容易に中毒に陥ってしまう為に、交代制で動いていた。
この持久戦が長引けば、限界は近い。
「追加の抽射器……。訓練所に行きゃあるだろうが……」
「無理じゃん? もう下、歩ける状態じゃないでしょ」
赤い塔は依然と、海に根付くかの如く聳え立っている。あの本体を叩かなければ、状況は変わらないかもしれない。
しかし移動もままならない現状では近付く手段はなく、仮に距離を詰められたとしても、迎撃で手一杯の彼らに打ち倒せる未来は、とうてい描けなかった。
せめて補給の糸口はないかと、ナトリウムがマンションの縁から下を覗く。
その視界に、こちらへ向かい猛スピードで駆ける影が飛び込んできた。
その影は道を塞ぐ『珊瑚』を弓矢で射抜きながら走る、アコニチン。彼はウミヘビたちが屯するマンションへ一直線に突っ込み、石畳を砕く勢いで踏み込むと――一気に5階分の高さを跳躍し、屋上へ着地した。
「チビ、無事かい! よかった!」
そして屋上でテルルの腕に抱かれたアトロピンの姿を認めるやいなや、アコニチンの表情に安堵が広がる。
「けどすまないね、時間がないんだ! アセトン! いないかい!?」
「いるよ~?」
アセトアルデヒドの隣で座っていたアコニチンの探し人、アセトンがのんびりと手を挙げて言う。
その瞬間、アコニチンは彼の前へ躍り出て、有無を言わせず肩に担ぎ上げた。
「あれ、何この状況?」
「よし、冷弾銃持ってるね!? 行くよ!」
「えぇ~っ」
「待っ、待って待ってアコニチン! ストップして欲しいしゃん!?」
アセトンを抱えたまま踵を返したアコニチンを、カリウムが焦った様子で引き留めようとする。
「いま大分苦しくて! 戦力に加わって欲しいんだけど!?」
「こっちもそれ所じゃなくてね! こんだけウミヘビがいるんだ、どうにか出来るさ!」
「そう言われても~!」
「なっさけないねぇ! 下にパラチオンとストリキニーネがいるから、最悪あいつらを頼りゃいいよ! それまで踏ん張りな!!」
ばしんっ!
アコニチンはカリウムの背中を思い切り叩き喝を入れた後、
「チビに怪我させたら締め上げるからね~っ!」
と理不尽な言葉を投げかけながら、屋上から飛び降り元来た道を再び疾走していく。
残されたカリウムはがっくりと肩を落とし、そんな彼を見たナトリウムは「踏ん張れだとよ」と他人事のように呟いたのだった。カリウムは「お前もじゃん!?」と怒りつつも、屋上の縁に立ち構え直す。
「居ないといや、誰かタリウム見なかったか? 下を見ても見当たらなかったが……」
カリウムに続きダーツの矢を構えたナトリウムが、顔だけ後ろに向け問いかける。
「あ、僕ここに来る前に会ったよぉ?」
それに答えたのはアセトアルデヒドだ。彼は災害発生時、タリウムとニコチンと共に広場に居た。そして別行動を取る事としたのだ。
「ニコと一緒に対応しているみたいだからぁ。きっと何処かで、頑張っていると思う」
きゅっと、服の裾を掴み、アセトアルデヒドは言う。
姿の見えない彼の無事を、願いつつ。
砂浜に『珊瑚』の弾が撃ち落とされ、砂が柱のように吹き上がった。アコニチンはそれを片端から射抜き、即座に死滅させる。しかし弾の数は多く、一人ではとても捌き切れない。
まして青洲を守りながらとなると、難易度は跳ね上がる。
「青洲先生。あの人も処分しちまおう」
カールに視線を向けながら、アコニチンは淡々と言った。ステージ5となってしまった以上、あのまま放置しておくのは危険だ。シアンという戦力を奪っている現状も看過できない。
アコニチンの声には、躊躇も感傷もなかった。
合理的に、冷徹に、手を汚す覚悟が、彼にはあった。
「シアンにゃ気の毒だけど、どうしようもないだろう? シアンが無茶な押さえ方しているのを止めさせたいってのもあるけどさ、外出血したくないからって傷口を塞ぎっぱなしにしてちゃ、いずれ内出血で中毒になる。……あのままじゃ、共倒れだ」
「……いいや。手は、ある……」
「えっ!?」
想定外の言葉を言い放った青洲に、アコニチンは目を見開いた。
「カールを、コールドスリープさせる。そうすれば、保護が可能だ……」
「コールドスリープ……! 相手を凍結させるってやつかい! けど、それができるアンモニア達はドイツに行っちまったじゃないか!」
「……一人。アバトンに、残っている」
その者の名は、アセトン。
彼は冷弾を扱えるウミヘビの中で唯一、ドイツ遠征に同行しなかった。
運動神経の悪さを自認し荒事も好まない彼は元々、あまり凍結実験に乗り気ではなく、『モーズと高級料理を作る毎に一回、遠征へ同行する』という条件で協力をしていた。
が、凍結実験が本格化した先月、凍高級料理作りを実行する予算を確保できなかった(※お菓子の日に浪費し過ぎた罰)為に、条件通り遠征を拒否してきたのだ。
尤も遠征同行者の人員を割り振っていた徐福は、元々冷弾を扱えるウミヘビを誰かしら残す気だったようで、アセトンの要望はすんなりと通る事となった。
青洲は言う。
「……小生はコールドスリープ処置に必要な、棺を取りに向かう。君は、アセトンをここへ連れて来てくれ……」
「いやいや! 一人で行く気かい!? 反対だよ、あたしは!」
「この中で一番、足が速いのは、君だ……。時間が、ない。……アコニチン。君が、頼りだ」
「うっ、嬉しい事を言ってくれるけどさぁ! ほんの少し離れた隙に青洲先生に何かあったら、あたしは半狂乱になるよ!? そもそも、アセトンがいま何処にいるかもわからない! 探している間、保つとは思えないよ! あいつ!」
砂浜でシアンに押さえ付けられているカールは、既に青い血を浴びてしまっている。出血しているシアンが至近にいるだけでも致死的な負担だ。彼の呼吸は乱れていっていて、いつ中毒死してもおかしくない。
どうせ助からないのならば、今すぐ処分した方が被害は少ない。それが、アコニチンの冷ややかな見解であった。
「……あの」
張り詰めた空気の中、控えめな声が青洲達の背後からかけられる。
「お手伝い、します」
声の主は、目元を藍色の布で覆った盲目のウミヘビ、メタノール。
彼は弟のホルムアルデヒドの介助を受けながら、自らの意思で、助力を申し出たのだった。
◇
弾として撃たれた『珊瑚』を死滅させていく内に、ネグラは毒に汚染されていく。
石畳が敷かれた歩道や、白亜で塗り固められた建物の壁はすっかり赤黒く染まり、宿す毒素が弱ければ、ネグラの住人であるウミヘビでさえも留まるのが辛い場所へと化してきていた。
「クソ。終わりが見えねぇじゃねぇの」
赤い塔を睨み付けながら、マンションの屋上に立つナトリウムが吐き捨てるようにボヤく。ここは『珊瑚』の侵蝕を逃れ、地上に溜まっていっている毒素も届かない。
それもこれも、彼含む飛び道具を扱えるウミヘビが弾として撃たれた『珊瑚』を空中で迎撃しているからだ。
尤もナトリウムが扱う抽射器はダーツの矢。消耗するタイプの武器だ。いずれ底を突く。そうなれば迎撃は立ちゆかなくなる。
額の汗をぬぐいながら、ナトリウムは隣で同じく迎撃を続けているカリウムに声をかけた。
「カリウム、残りどんぐらいよ」
「……20切ったじゃん?」
「やべぇな」
「そういうナトリウムはどうなんだよ!?」
「10だな」
「もっと悪いじゃん!?」
あっけらかんと言いのけたナトリウムに対し、カリウムが頭を抱えて叫んだ。
飛び道具を扱うウミヘビは、彼ら以外にもこの場にいる。それも残弾を気にしていなくていい、銃型の抽射器を扱えるウミヘビが。しかし乱射すれば容易に中毒に陥ってしまう為に、交代制で動いていた。
この持久戦が長引けば、限界は近い。
「追加の抽射器……。訓練所に行きゃあるだろうが……」
「無理じゃん? もう下、歩ける状態じゃないでしょ」
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「いるよ~?」
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その瞬間、アコニチンは彼の前へ躍り出て、有無を言わせず肩に担ぎ上げた。
「あれ、何この状況?」
「よし、冷弾銃持ってるね!? 行くよ!」
「えぇ~っ」
「待っ、待って待ってアコニチン! ストップして欲しいしゃん!?」
アセトンを抱えたまま踵を返したアコニチンを、カリウムが焦った様子で引き留めようとする。
「いま大分苦しくて! 戦力に加わって欲しいんだけど!?」
「こっちもそれ所じゃなくてね! こんだけウミヘビがいるんだ、どうにか出来るさ!」
「そう言われても~!」
「なっさけないねぇ! 下にパラチオンとストリキニーネがいるから、最悪あいつらを頼りゃいいよ! それまで踏ん張りな!!」
ばしんっ!
アコニチンはカリウムの背中を思い切り叩き喝を入れた後、
「チビに怪我させたら締め上げるからね~っ!」
と理不尽な言葉を投げかけながら、屋上から飛び降り元来た道を再び疾走していく。
残されたカリウムはがっくりと肩を落とし、そんな彼を見たナトリウムは「踏ん張れだとよ」と他人事のように呟いたのだった。カリウムは「お前もじゃん!?」と怒りつつも、屋上の縁に立ち構え直す。
「居ないといや、誰かタリウム見なかったか? 下を見ても見当たらなかったが……」
カリウムに続きダーツの矢を構えたナトリウムが、顔だけ後ろに向け問いかける。
「あ、僕ここに来る前に会ったよぉ?」
それに答えたのはアセトアルデヒドだ。彼は災害発生時、タリウムとニコチンと共に広場に居た。そして別行動を取る事としたのだ。
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