毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第515話 機能家族

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 西暦2282年。
 テオ10歳。徐福12歳となる年。

「できた~っ!」

 テオはリビングで、四つ並ぶ置き型スタンドの上に設置したフラスコを前に、手を叩いて喜んだ。
 そのまま彼はリビングを飛び出すと、いそいそと徐福を部屋に招き入れ、フラスコのある実験台を指差す。

「ジョーさん、『ウミヘビ』が増えたよ~っ!」
「ウミヘビ?」
「海の色した蛇から産まれたから、ウミヘビ! レルネーの泉に住んでるっていう、ヒュドラの別名でもあるんだって~」
「ヒュドラ……。猛毒のドラゴン、または蛇か……」

 泉。蛇。毒。
 故に、ヒュドラウミヘビ

「それでねそれでね! この子は鉛で! この子はアンチモン!」
「また安直な……」
『初めましてー』
『……初めまして』

 テオ曰く軽い調子で挨拶を交わしていた方が鉛、渋々といった様子で挨拶を交わしてきた方がアンチモン。らしい。
 どの個体も青い卵で見分けがつかない為、フラスコの持ち手にリボンが巻かれるようになった。硫黄は黄色、水銀は赤色、アンチモンは青色、鉛は白色の配色となっている。

「どういう配色よ」
「皆んなの好きな色を採用したんだよっ! ちなみに硫黄が増やした卵からアンチモンが、水銀が増やした卵から鉛が産まれたんだよ~」
「どうでもいい情報ね」
「でねでねっ! 硫黄と水銀みたく、鉱石を卵と掛け合わせたら意識を宿してくれたんだっ! “血”もね、それに合わせて純度と濃度が高いのに変化したっ!」

 説明しながら、テオは徐福にアンチモンと鉛から採血し、分析した結果を記した書類を見せてきた。
 テオの言う通り、“血”は純度も濃度も高い。つまり毒性も非常に高い危険物に他ならない。誤ってフラスコを割ろうものなら、ただでは済まないだろう。

「鉱石と相性がいいなら、錫や銅は試さなかったのか? あれなら毒性が低く、“血”に直接触れても安全だろう?」
「それがね~。ダイヤモンドとか鋼とか、他にも色々試してみたけど駄目だったんだ。何か法則があるのかもだけど、何かしら人体に害がある物じゃなきゃ反応しないのかも? そう思ったのもあって『ウミヘビ』って名前を付けたんだよね」
「人体に害があるものを意図的に増やすんじゃないよ」

 そこで徐福は分析結果が記された書類にざっと眼を通し、興味深そうに目を細める。

「しかしこの“毒の血”……。増量できるなら安価で試薬を売り捌けるね」
「えっ」
「鉱山から鉱石を採掘する必要がない。溶かす、蒸留する、濾過をする、といった工程も飛ばせる。“血”を枯渇させない限り、無制限に精製できる代物よ? 金の卵を産む鶏ね」
「えっ!? いやオレ、ウミヘビ達でお金儲けなんて考えてないよっ!? そもそも見世物とかにもしてないじゃんっ!」

 わたわたと大仰に両腕を振り、テオは金儲けの線を否定した。

「オレの好奇心で調べいるけどさっ! “血”を売る気なんてないし、ウミヘビを公表する気もないからねっ! 危ないからって大人に没収されたらヤダもんっ!」
「有毒未確認生物が“没収”ですんだら良い方だろうね」
「怖いこと言わないでジョーさん! 万が一にも駆除とかされたらヤダ~っ!」
「自分で言っているじゃないか」

 得体の知れない生態のウミヘビだが、共通点は“猛毒”を宿している所だ。
 大人に見付かった場合、回収からの実験施設送り、監視に監禁、そして最終的に殺処分……なんてシナリオも十分あり得る。
 
『何ー? 産まれて早々、命の危機なの俺達?』

 フラスコの中で漂う鉛が言う。内容の割に危機感のない声音だが。

「そんなことないよ! 絶対オレが守るからね、安心してね!」
『そっかー』
『……それよりご飯ないの? ウチお腹空いたし』
「あっ、そうだね。ご飯まだだったね。用意するね~」

 パタパタと靴音を鳴らしてリビングを後にするテオに、徐福も続く。
 そして徐福はキッチンの脇にある食料棚を開け、ウミヘビ達の為にと購入していた缶詰へ手を伸ばすテオへ、後ろから声をかける。

「テオ。繁殖が成功したんだ。実験には満足しただろう? これ以上、ウミヘビを増やすのはよせ。面倒見きれないよ」
「うん。わかっているよ、ジョーさん」

 徐福の言葉に、テオは素直に頷き、缶詰片手に緩く微笑む。

「オレは4人が幸せになるよう、力を尽くしていくよ」

 ――その宣言通り、テオはウミヘビのことで大学施設を利用することはパッタリと止めた。情報の流出を防ぐ為だろう。
 リビングでの研究は続けているものの、それはウミヘビの体調管理を目的とした定期検査に近い。病気にならないか、最適な環境は何か、と、ウミヘビに直接訊ねつつ、手探りで模索していた。

「ねぇ、聞いてよ皆んな。今日の課外授業先にミシェルがいたんだ! 何でこう行く先々にいるのかな~っ!」
『縁があるのね、坊ちゃん』
『これを機に仲良くしたらどうだい、坊ちゃん』
「やだよ~っ! テオとしてのオレとは初対面の筈なのに『どこかで会ったか?』って言ってくるし、何か怖い!」
『目敏い子なんだねー』
『……最初は大学で会ったんだよね? 大人じゃなかったの?』
「いやオレの一個上なだけだけど……」
『年が近いなら尚のこと、仲良くしたらどうだい。坊ちゃん』
『遊び相手が増えるわね、坊ちゃん』
「やだ~っ!」

 テオはその日あった事を必ずウミヘビ達に報告をしていた。
 ウミヘビ達はそれを親のように兄弟のように、親身に耳を傾けてくれる。
 まさに家族だ。
 しかしフラスコから出られないウミヘビ達を、外に連れ出す事はできない。ガラスが割れる危険性があるから、という理由もあるが、誰の目にもつかないようにするには、閉じ込めておく事が最善だからか。
 テオはそれが不満だったようで、度々徐福を連れ外出しては、リビングに設置したテレビ、そこと繋げたビデオ通話でウミヘビ達に外の景色をリアルタイムで伝えながら、お喋りを楽しんでいた。
 徐福はその様子を見る度に、自分まで付いて来る必要はないのでは? と疑問に思う事が多かったものの、実際に『体験』を共有できるのは生身の人間だけなのだから、自分も必要だったのだろうと結論付けた。
 何よりテオは、徐福の手を握って離さなかった。
 彼はいつも、人肌を求めている。そう悟るには、充分であった。

 そうして奇妙ながら、穏やかな日々が続いた翌年。
 西暦2283年。

『いひひひっ! 愉快な場所に来れたものじゃな!』

 五つ目のフラスコが、リビングの実験台に並んでいた。
 持ち手に緑色のリボンが巻かれたフラスコを見た徐福は、低い声でテオの名を呼ぶ。

「テオ?」
「ご、ごめん。不可抗力で……」

 たじたじになりながらも精一杯喋ったテオの言い分は、こうだ。

「硫黄と水銀が増やしてくれた卵、いっぱいあって、全部取っといていたんだ。それでたまに卵として以外にどんな機能があるのかな? って調べていたんだけど、それを見てたアンチモンが興味を持ったみたいで自分でも卵を作って、“血”を増量して栓を開けて、フラスコの外に出して……」

 実験台の上に落ちた卵はそのままコロコロと転がり、終着点にあった『砒素』を取り込み今に至る。らしい。

『だって、数は多い方が寂しくないし……』

 アンチモンは悪びれた様子なく言う。
 それを聞いた徐福は怒った。

「よくないよ! “血”で部屋を水浸しにするのも危険ね! アタシらが中毒になったらどうする!」
「アンチモンだって、出血で乾いたら死んじゃうよね? 今後はしないで欲しいな」
『……。危なく、っても。……何もできないの、寂しい』

 ぽつりと呟かれた、アンチモンの本音。
 来る日も来る日も同じ部屋。テオはなるべく楽しく過ごして貰えるよう、ラジオやテレビ、映画配信などの娯楽を提供しているものの、それでも受動的でしかいられない為、退屈に感じても何らおかしくない。
 これが虫や魚ならば苦にならなかっただろうが、ウミヘビ達には知性がある。
 下手にテオが外の世界を伝えているのも、アンチモンの感じている窮屈さを増長したのかもしれない。
 テオはギュッと拳を握った。

「できるように、するよ。だから二度と、危ない事しないで?」
『……本当?』
「本当っ! 約束する!」
『……ん。わかった』

 その日から、テオはウミヘビ達5人の【器】を探究するようになった。

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