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第二十五章 里帰り編
第520話 誕生日ケーキ
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◆
それはモーズが18歳になった年の末。
フランチェスコとルームシェアをしているアパートの一室で、モーズは西暦2313年と印刷された壁掛けカレンダーを手に持って、感慨深く頷いた。
『今年はあっという間だったな』
『そうだね、モーズ』
モーズの隣に立つフランチェスコも同意をする。
『……無事に大人になれてよかったよ。本当に』
『あぁ、そうだな』
珊瑚症感染爆発が起きてから12年を経た今でも、感染や災害で命を落とす人は後を絶たず、ニュースでは定期的に取り沙汰されている。
幸いモーズ自身は感染する事もなければ、災害に巻き込まれる事もないまま日々を過ごせているものの、孤児院や学校の子供達は、『珊瑚』に関わる事によって会えなくなる事が度々あった。
前日まで当たり前のように話していた子が、ある日を境にぱたりと姿を消す。遺体さえ見送れないまま別れるのは実感を覚えにくく、悲しみよりも先に喪失感に襲われ、気持ちを切り替えるのに時間を要したものだ。
成人を迎えられなかった子が大勢いるなか、大人になれた。
それは間違いなく、祝福すべき事だ。
『次は無事に卒業できるかが肝か。より一層、勉学に励まねば』
『君は相変わらず真面目だねぇ』
カレンダーを壁にかけた後。モーズとフランチェスコはリビングの席に座り、紅茶を嗜んだ。
『ねぇ、モーズ。新年会の前に、ちょっと派手な誕生日会をしようよ』
『誕生日会?』
『うん。だって僕ら、大人になれたんだよ? とてもめでたいだろう? 今まで珊瑚症自粛とか、受験勉強で催し物を避けがちだったし、ばぁっとね』
今まで誕生日会をしなかった訳ではない。
感染爆発が落ち着き、珊瑚症自粛から解放された年以降は、細やかながらイースターとクリスマス、新年の祝いを孤児院で催していた。孤児一人一人の誕生日会も、パンやケーキを食べ、玩具や文房具といった、ちょっとしたプレゼントをシスターから与えられるという、質素ながら心満たされるイベントを用意して貰っていた。
『それにモーズは、まともに誕生日を祝われた事ないだろう? いい機会じゃないか』
『祝われていなかった訳ではない。クリスマスの日に祝って貰っていただろう?』
そしてモーズのような誕生日のわからない子供は、他の行事に重ね纏めて祝う方針であった。
『珊瑚』を警戒し食事は黙食、声をあげてはしゃぐ事も避けられ、とても静かに過ごしてはいたものの、モーズは充分に祝われていたと考えていた。
『それ、ついでみたいで嫌じゃない? 僕は嫌だなぁ。貰えるプレゼントも一年に一度になっちゃうし』
『二度あった所で、プレゼントが豪華になる訳でもなし。シスターに負担をかけてしまうだけだ。災害孤児で溢れた孤児院には、余裕がないのだから』
話しながら、モーズはポットの中身をカップに注ぎ、紅茶のおかわりを味わう。
優雅な香りがリビングに漂う中、フランチェスコはどこか納得していない表情で、眉間にシワを寄せていた。
『余裕がないって、シスターに言われた事があるのかい?』
『いいや? しかし言われずともわかるだろう。孤児が増えても人員を増やせず、幼い私達も手伝いに駆り出された。掃除や料理、買い出し、庭の手入れ……。あぁ、そうだ。少し派手な誕生日会を催すのならば、大きなケーキでも作ろうか。子供の頃に憧れていた、ホールケーキを独り占めならぬ二人占めするなんて、楽しそうじゃないか?』
『その案は凄く好き! 賛成! ……だけど、モーズがケーキを作る気なのかい?』
『そのつもりだ。その方が安くすむ』
『それ、お祝いって言うの? 手間暇かけちゃうと、自分へのご褒美感ちょっと薄れない?』
『そうか?』
モーズは小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべる。
それを見たフランチェスコは何故だか不機嫌そうに、琥珀色の目を細めてしまった。
『ずっと気になっていたんだけどさ。モーズって、ちょっと変だよね』
『えっ』
悪態にも聞こえる突然の指摘に、後頭部を殴られた衝撃を受けるモーズ。
それを知ってか知らずか、フランチェスコは話を続けた。
『僕がモーズと初めて会った日、君は雪かきをしていたね。たった一人で』
どこか、悲しげな声音で。
『掃除も洗濯も料理もお菓子作りも、ピアノの演奏まで任されていた時さえあったよね』
『金も人手もなかったんだ、そのぐらい請け負う。お陰で今、家事に困る事はないぞ』
『そのぐらいじゃないと思うよ、モーズ。……その頑張りは、いっぱい褒められて、お金を貰えて、労われて、感謝されるべき事だ。ただの作業じゃない』
『あ、あぁ。家事も立派な労働というのは私も認識していて……』
『じゃあもっと、自分を褒めなよ。モーズ』
フランチェスコはテーブルから少し身を乗り出して言った。
『“大した事ない”なんて思わないで。実際、君はそつなくこなしてしまうし、大した事ないと思えるぐらい器用だとしても』
『器用? 私は不器用な人間、という自負があったのだが……。フランチェスコよりも余程、要領が悪いのだし』
『人間の評価は成績の数字だけで決まるものじゃないよ』
学校の成績こそ、最も客観性の高い評価ではないだろうか。
モーズはそう主張しようとしたが、琥珀色の瞳が真摯に見詰めてくるものだから、やめた。
モーズは自身の頭が固い自覚がある。だからこそ、人の意見は積極的に受け入れなくては、と。そう思ったのだ。
『そうだな。では、ケーキは既製品を……いや、豪華さを考えれば、やはり作った方がいいかもしれないな。迷うところだ』
『えぇ~? 今の話でどうしてそうなるんだい?』
『自作ならば好きにトッピングができるじゃないか。フランチェスコは苺でスポンジが見えなくなったケーキには、興味ないか?』
『興味ある! チョコとか葡萄とか桃とかでもスポンジ埋めたい!』
『ははは。ケーキが本体なのか果物が本体なのか、わからなくなりそうだ』
たっぷり欲望を話し合った2人が、興奮そのままにスーパーに足を運ぶのは、一時間後の話である。
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それはモーズが18歳になった年の末。
フランチェスコとルームシェアをしているアパートの一室で、モーズは西暦2313年と印刷された壁掛けカレンダーを手に持って、感慨深く頷いた。
『今年はあっという間だったな』
『そうだね、モーズ』
モーズの隣に立つフランチェスコも同意をする。
『……無事に大人になれてよかったよ。本当に』
『あぁ、そうだな』
珊瑚症感染爆発が起きてから12年を経た今でも、感染や災害で命を落とす人は後を絶たず、ニュースでは定期的に取り沙汰されている。
幸いモーズ自身は感染する事もなければ、災害に巻き込まれる事もないまま日々を過ごせているものの、孤児院や学校の子供達は、『珊瑚』に関わる事によって会えなくなる事が度々あった。
前日まで当たり前のように話していた子が、ある日を境にぱたりと姿を消す。遺体さえ見送れないまま別れるのは実感を覚えにくく、悲しみよりも先に喪失感に襲われ、気持ちを切り替えるのに時間を要したものだ。
成人を迎えられなかった子が大勢いるなか、大人になれた。
それは間違いなく、祝福すべき事だ。
『次は無事に卒業できるかが肝か。より一層、勉学に励まねば』
『君は相変わらず真面目だねぇ』
カレンダーを壁にかけた後。モーズとフランチェスコはリビングの席に座り、紅茶を嗜んだ。
『ねぇ、モーズ。新年会の前に、ちょっと派手な誕生日会をしようよ』
『誕生日会?』
『うん。だって僕ら、大人になれたんだよ? とてもめでたいだろう? 今まで珊瑚症自粛とか、受験勉強で催し物を避けがちだったし、ばぁっとね』
今まで誕生日会をしなかった訳ではない。
感染爆発が落ち着き、珊瑚症自粛から解放された年以降は、細やかながらイースターとクリスマス、新年の祝いを孤児院で催していた。孤児一人一人の誕生日会も、パンやケーキを食べ、玩具や文房具といった、ちょっとしたプレゼントをシスターから与えられるという、質素ながら心満たされるイベントを用意して貰っていた。
『それにモーズは、まともに誕生日を祝われた事ないだろう? いい機会じゃないか』
『祝われていなかった訳ではない。クリスマスの日に祝って貰っていただろう?』
そしてモーズのような誕生日のわからない子供は、他の行事に重ね纏めて祝う方針であった。
『珊瑚』を警戒し食事は黙食、声をあげてはしゃぐ事も避けられ、とても静かに過ごしてはいたものの、モーズは充分に祝われていたと考えていた。
『それ、ついでみたいで嫌じゃない? 僕は嫌だなぁ。貰えるプレゼントも一年に一度になっちゃうし』
『二度あった所で、プレゼントが豪華になる訳でもなし。シスターに負担をかけてしまうだけだ。災害孤児で溢れた孤児院には、余裕がないのだから』
話しながら、モーズはポットの中身をカップに注ぎ、紅茶のおかわりを味わう。
優雅な香りがリビングに漂う中、フランチェスコはどこか納得していない表情で、眉間にシワを寄せていた。
『余裕がないって、シスターに言われた事があるのかい?』
『いいや? しかし言われずともわかるだろう。孤児が増えても人員を増やせず、幼い私達も手伝いに駆り出された。掃除や料理、買い出し、庭の手入れ……。あぁ、そうだ。少し派手な誕生日会を催すのならば、大きなケーキでも作ろうか。子供の頃に憧れていた、ホールケーキを独り占めならぬ二人占めするなんて、楽しそうじゃないか?』
『その案は凄く好き! 賛成! ……だけど、モーズがケーキを作る気なのかい?』
『そのつもりだ。その方が安くすむ』
『それ、お祝いって言うの? 手間暇かけちゃうと、自分へのご褒美感ちょっと薄れない?』
『そうか?』
モーズは小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべる。
それを見たフランチェスコは何故だか不機嫌そうに、琥珀色の目を細めてしまった。
『ずっと気になっていたんだけどさ。モーズって、ちょっと変だよね』
『えっ』
悪態にも聞こえる突然の指摘に、後頭部を殴られた衝撃を受けるモーズ。
それを知ってか知らずか、フランチェスコは話を続けた。
『僕がモーズと初めて会った日、君は雪かきをしていたね。たった一人で』
どこか、悲しげな声音で。
『掃除も洗濯も料理もお菓子作りも、ピアノの演奏まで任されていた時さえあったよね』
『金も人手もなかったんだ、そのぐらい請け負う。お陰で今、家事に困る事はないぞ』
『そのぐらいじゃないと思うよ、モーズ。……その頑張りは、いっぱい褒められて、お金を貰えて、労われて、感謝されるべき事だ。ただの作業じゃない』
『あ、あぁ。家事も立派な労働というのは私も認識していて……』
『じゃあもっと、自分を褒めなよ。モーズ』
フランチェスコはテーブルから少し身を乗り出して言った。
『“大した事ない”なんて思わないで。実際、君はそつなくこなしてしまうし、大した事ないと思えるぐらい器用だとしても』
『器用? 私は不器用な人間、という自負があったのだが……。フランチェスコよりも余程、要領が悪いのだし』
『人間の評価は成績の数字だけで決まるものじゃないよ』
学校の成績こそ、最も客観性の高い評価ではないだろうか。
モーズはそう主張しようとしたが、琥珀色の瞳が真摯に見詰めてくるものだから、やめた。
モーズは自身の頭が固い自覚がある。だからこそ、人の意見は積極的に受け入れなくては、と。そう思ったのだ。
『そうだな。では、ケーキは既製品を……いや、豪華さを考えれば、やはり作った方がいいかもしれないな。迷うところだ』
『えぇ~? 今の話でどうしてそうなるんだい?』
『自作ならば好きにトッピングができるじゃないか。フランチェスコは苺でスポンジが見えなくなったケーキには、興味ないか?』
『興味ある! チョコとか葡萄とか桃とかでもスポンジ埋めたい!』
『ははは。ケーキが本体なのか果物が本体なのか、わからなくなりそうだ』
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