毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十五章 里帰り編

第522話 アルバイト

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「あぁ、君がルチルって先生か。初めましてーっ!」
「はい、初めまして。貴方は?」
「『テオ』でーすっ! 仲良くしてくれると嬉しいでーすっ!」

 モーズとルチルの元に合流した『テオ』は、何故か右手を掲げ澄んだ声で自己紹介をしてきた。

「モーズ先生、この方とのご関係は?」

 それは素朴な疑問であった。未成年はクスシになれないので、ラボの人間ではない筈。見たところ学生にしか見えない。発疹も見当たらず、珊瑚症患者でもなさそうだ。
 モーズとの接点がまるでわからず、素直に訊ねてみれば、モーズは何故か首を滑りの悪いブリキ人形の如く横に動かした後、辿々しく答えた。

「……その、ええと、アルバイト、だ。11月の学会を、手伝って貰う予定の……」
「人手不足解消用の雑用係って事でーすっ! 実はオレ、オフィウクス・ラボの入所試験突破したんですよ! でもまだ医師免許取ってなかったから無効って言われちゃって! たは~。医大生の内は駄目だったか~」

 ぺちり、と自分で額を叩き自身の失態を笑い飛ばすテオ。

「でもこれも縁って事で、アルバイトに採用して貰いました!」
「しかし学会会場はドイツでしょう? どうしてここに?」
「今日は顔合わせでーすっ! と言うのは建前で……」

 そこでテオはすすすと、モーズの隣へにじり寄る。
 するとモーズはあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、彼から一歩だけ離れた。

「パラス国を救ったかの英雄に一日密着したくって! 無理言って同行させて貰いましたっ! あ、お二人は積もる話があるでしょうから、オレの事は空気とでも思ってくださいっ!」

 モーズは自分を英雄視される事を忌避している。
 目を輝かせて慕ってくるテオが苦手なのだろうと、ルチルは納得した。

(あの機密厳守で閉鎖的なオフィウクス・ラボが、アルバイトとは言え部外者を雇うとは……。今までと異なる動き、興味深いですね)

 ◇

「キッツ」

 パリにある、高級ホテル。そこの最上階に設けられたスイートルームにて。
 貴族の邸宅と見紛うその部屋で、ラジオ型スピーカーから聞こえる盗聴内容にアンチモンは眉間にシワを寄せ、不快感を露わにしていた。

「容赦ないですね、アンチモンさん。貴方の贔屓している先生でしょう?」
「それとこれとは別だし。50近いおっさんがなに若者ぶってるんだか……」
「所長、すっごい楽しそー」

 アンチモンと同じくラジオの音声を聴いているのは、一人がけソファに各々座る、セレンとテトラミックスだ。
 ラジオから聴こえる明るい声、テオの正体は――言うまでもなく、所長『テオフラストゥス』。彼はアイギスを寄生させた影響で、成人一歩手前の少年に見える事をいい事に、子供ぶっているのである。徐福がこの場にいたら噴飯ものだろう。

 何故こんな事態になったのか。原因はトルコからフランスに至るまでの道中で利用した、寝台列車で交わされた会話にある。

『済ませたい用事があるなら、先に片した方がいいよ。モーズ』

 テオフラストゥスはモーズに向け、忠告にも似た言葉を伝えてきたのだ。

『学会以降は休みを取る暇がなくなるだろうから、今のうちにね。フランチェスコを探すというのもその一環。フランスで彼が見つからなくとも、11月1日を過ぎたら捜索は打ち切る』

 それはフランチェスコが連れているという、ウミヘビの保護も諦めるということ。
 それを踏まえたうえで、テオフラストゥスは手を引くと言ってきた。

『きっと、それどころじゃなくなるから』

 彼は何かを予見していた。確信と言っていい程に。まるで予言者と謳われるミシェルの如く。
 それを受けたモーズは、故郷へ行く前に一つだけ済ませたい用事を申し出てきた。
 それが、今はフランスのパリにある総合病院に勤務する、ルチルへの接触であった。

 5年もの間、探していた昔馴染み。
 手掛かりがあると思われる故郷の地へ、一刻も早く向かいたい筈だろうに、モーズは残された貴重な時間をルチルへ割く事を申し出た。
 ルチルは武装した信徒を連れてまで、モーズを強引にペガサス教団へ勧誘してきた男。パラス感染病棟での生物災害バイオハザードを誘発した疑いもある。
 当然、セレンは会う事に反対をした。しかしモーズは譲らなかった。

『受けた恩を返さないままでいるのは、気分が悪くてな。何も二人切りで会う必要はない。セレンやテトラミックスも連れて……』
『いや。ウミヘビを連れて行くのはよそう』

 ルチルと会うとすれば、彼の暮らしている首都パリになる。
 人口の多い市街地。観光客も大勢いる。何かしらトラブルが起き、ウミヘビが出血する事態になれば大惨事は免れない。
 テオフラストゥスはモーズがルチルと会う間、ウミヘビへホテルでの待機を命じた。

『その代わり、オレが同行するよ。心強いだろう?』

 そしてテオフラストゥスが同行する事で話が決着したのだが――
 その際、テオフラストゥスは『少年テオ』として付いていく事を宣言したのだ。
 確かに所長として同行されてしまえば、モーズは勿論ルチルも萎縮し、恩を返すどころではなくなってしまうかもしれない。だからと所長が少年を演じるのもどうなのだと、モーズは大変困惑したが反対し切れず、そのままテオフラストゥスに列車内で設定を詰められてしまい、『一介のアルバイト』という人物像が出来上がったのだった。

 引き続きラジオから流れてくるテオの少年ムーブに、アンチモンは深い溜め息を吐きながらソファから立ち上がる。

「茶番が過ぎる……。いいやもう。何かあったら連絡くるでしょ。ご飯食べよ、ご飯」

 そしてルームサービスを利用しようと、壁際のデスクに置かれた内線電話へ手を伸ばした。

「そんなに呑気でよろしいのですか? ただでさえ私達ウミヘビと別行動で心配なのですが……」
「へーきへーき。どうせウチら市街地じゃ、基本的に暴れられないし。もしも何かあったとしてもテオ坊ちゃん……、所長がいれば過剰戦力だし」
「過剰戦力?」
「所長のアイギスが強いってことー? 俺、見た事ないけど」
「私もありませんね」
「けっこー強いよ、所長のアイギス。長く寄生させてるだけあるし」

 内線電話が展開するホログラム映像から、注文するメニューを選びながら、アンチモンはこう言った。

「特に電気信号で相手に幻覚を見せる事については、一級品だ」


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