毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十五章 里帰り編

第528話 廃線

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 西暦2320年10月31日。明朝。
 フランス南東部に位置するプロヴァンス地方の東。イタリアとの国境付近。
 地中海に面するそこには港があり、高山も含み、緑豊かで、温暖な気候で冬でも気温がマイナスを下回る事は滅多にない。
 建物の外壁は塗り壁と瓦屋根、黄色やオレンジ色に着色され、青空とのコントラストが美しい。

「モーズ先生の故郷は、長閑な場所なのですねぇ」

 牧歌的な田舎町、といった街並みを眺めながらセレンが呟く。
 美しい風景に惹かれて訪れたのだろう観光客の姿もあるが、オフシーズンであるからかその数はまばらで、季節問わず人でごった返していたパリと比べるとまず人口密度が違う。プロヴァンス地方にあるマルセイユなどの大都市ならばまた違っただろうが、ここは都市から離れた郊外。
 ハロウィン当日、つまり祭日である今日でも、街は華美に装飾される事はなく寧ろ素朴で、何だか時間がゆったりと流れているような錯覚を覚える。

「あぁ。幸いな事に、この辺りは大きな災害に見舞われる事がなかったからな。昔ながらの景色が残っている」

 郷愁を含んだ声でモーズは言った。
 感染爆発パンデミックから20年。この街では規模の大きい生物災害バイオハザードの発生がほぼ起きなかった為に、街中には災害の爪痕はなく、道行く町人達もどこか悠然としている。
 尤も大きな災害が起きなかったというだけで感染者自体は出たので、隔離病棟が建てられたり、墓地の敷地が増えたりはしたとモーズは付け加えた。

「道せまーい。これじゃ車走らせられないなー」

 3人横並びになっただけで手狭になる道幅。そのうえ階段や坂が多く、四輪駆動の車を走らせるのに向いていない街並みに、テトラミックスが不満を述べる。

「この辺りは丘陵地だから特に入り組んでいる。しかし街の外れに出れば、広大な畑が広がっているぞ。中でもハーブ栽培が盛んでな……」
「で? お前が居たっていう教会跡地ってどこ? さっさと案内して欲しいし」

 モーズの後ろを歩くアンチモンがせっつく。

「アンチモン、そう急かさない」

 直ぐにアンチモンの隣にいたテオフラストゥスが嗜めたが、アンチモンはぷいと顔をそらし反省を見せる事はなかった。

「いや、捜索ができるのは今日だけなんだ。急ぐとしよう」

 そうしてモーズが気持ち早足で向かった場所は、市場マルシェが開かれている広場であった。
 次いで所狭しと並ぶ露店と観光客や地元住人達を通り抜け、広場の端、大通りに面する歩道へ出る。

「あ、これは……」

 そこでモーズは不織布マスク越しに口を手で覆う。
 視線の先には『BUS』と書かれた看板と、その下に設置された時刻表。

「すみません、ご主人。少々お話を伺っても?」

 確信を得る為、モーズはバス停横のベンチに座っていた老人へ声をかけた。そして幾らか言葉を交わす。

「そうですか、もう教会行きのバスはないと……。参ったな」

 老人の話によれば、2年前に廃止となってしまったらしい。
 モーズが3年前に帰省した時には、教会と孤児院を繋ぐバスがあったのだが、教会が潰れて間もなく廃止となってしまっていたらしい。
 バスは街を往復する唯一の公共交通手段で、それを頼りに広場ここへ来たモーズは頭を悩ませる。

「車借りよー、車。俺、運転するよー?」
「いや、レンタカーを借りるのは目立つし足が付きやすい。出来れば避けたいかな」

 趣味を多分に含んだ車移動を勧めるテトラミックス。それを止めるテオフラストゥス。

「それでは私がモーズ先生を担いで運びましょうか? 走れば直ぐですよ、きっと」
「えー。車乗りたかったんだけどなー」
「今回は諦めるし」
「所長。車なしで教会跡地に向かうとなると時間がかかりますし、その前に少し聞き込みをしてみませんか? もしかしたら新しい手掛かりが手に入るかもしれません」
「あぁ、それもいいね。フランチェスコが教会跡地を拠点としているとしたら、物資の補給等をこの街を利用している可能性が高い。聞いて回ったら何かしら情報が得られるかもだ」

 ここで無駄足を踏まない為にも、とモーズが出した提案をテオフラストゥスは軽く承諾する。

「それでその、認識阻害装置を外した方がスムーズに聞き込みができるのですが……。この街には、私の顔見知りも居ますし」
「だーめ」

 が、認識阻害装置の取り外しには不許可を下した。

「ペガサス教団の目を欺く為にも、モーズは今、学会会場であるドイツのベルリンに居るって体にしておきたいんだ。知り合いと話す事で、モーズが此処にいるって知られちゃ困る」
「うぅ……」

 昨日、ルチルにモーズを会わせたのは『モーズは学会に参加する』という印象付けをする為でもある。モーズは一言も「学会に参加する」という発言はしていないものの、学会に関する話題を出した以上、ルチルは勘違いしてくれた筈だ。そして彼越しに教団に伝われば御の字である。
 こうして不織布マスクの下に付けた認識阻害装置こと面頬の装着継続が決定し、モーズはしゅんと肩を落としたのだった。

「それでは今後、モーズ先生は人と喋る事も避けた方がいいですね。代わりに私が喋りましょう」
「もどかしいな……」
「聞き込みするのに固まっていても仕方ないし、手分けそうか。2人と3人で分かれるのはどうかな?」
「……ミックスは直ぐはぐれるからこっちの方が絶対いいし」
「えー? 俺、迷子になりやすいって思われてる?」
「いいからこっち!」

 テトラミックスの羽織るコートの端を掴み、アンチモンは組み分けを宣言する。
 ウミヘビにはクスシが付かなければならないので、彼らとはテオフラストゥスが同行するのが無難だろう。

「アンチモンがごめんね? この分け方でいいかい?」
「私は構いませんが……」
「私もモーズ先生とさえ一緒なら、組み分けはどうでもよいですねぇ」
「セレン、少しは気にした方がいいのでは……?」
「あははは」

 慕っているモーズと同行を望んでいたテトラミックスは組み分けにやや不満げではあったが、引っ付いてくるアンチモンを押し除けるのは気が引けるのか、最終的に飲み込んでくれていた。

「じゃあ、一時間後に連絡を取ろう。モーズはくれぐれも目立たないように」
「うむ……」
「あとオレのアイギス連れて行くといいよ。オレのアイギスは宿主から離れていても働いてくれるから」
「アイギスを?」
「まぁ普段は見えないようになっているんだけどね」

 そこにいるよ、とテオフラストゥスがモーズの肩を指差す。しかしテオフラストゥスの言う通り、透明化しているらしきアイギスの姿形は全く見えなかった。
 ただモーズのアイギスが首筋から触手を伸ばし、虚空に向けぺしぺしとハエでも払うかのように振り回し出したので、おおよその位置は把握できたが。

「有難う御座います、所長。では行って参ります」
「うん。気を付けてね、モーズ。セレン」
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