毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十六章 交差する思惑

第551話 潜入ミッション(強制)

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 西暦2320年11月2日。
 スイス時間で朝の9時が訪れた時。医療業界が騒然とするニュースが、世界各国に飛び込んできた。
 元イギリス感染病棟院長であるジョンと、現アメリカ感染病棟院長であるクララの、WHO会長就任が公表されたのだ。
 加えて今後は各国の支部ではなく、国連本部主導で『珊瑚』対策を一本化し、災害支援を最優先に取り組むと宣言。瞬く間に世間の注目を攫っていった。
 具体的な施策として、まずは被災地域への多額の資金援助を。更には、心身を深く損ねた被災者一人一人に寄り添うため、専用のオンラインクリニックを緊急設営するという。
 わかりやすく、派手で、そして救済を前面に押し出したこの発表は、オフィウクス・ラボが発表したステージ4治療の話題を上書きする勢いだ。
 専門知識を必要とする学会よりも国連の動きの方が、民衆は遥かに理解しやすい。此度の被災で心身が傷付いた者は、まず国連へ目を向ける事だろう。そして心を寄せ、好意を抱き、支援者となるだろう。災害を画面越しにしか眺めていなかった傍観者も、被災者が救済される姿を目にする程に心が傾いていく筈だ。
 人間は、英雄像に弱いのだから。

Scheißeクソッ! 今になって国連がこんな形で介入してくるとは……!」

 携帯端末の中で綺麗事を並べる世界ニュースを前に、苛立ちを募らせているのはユストゥスだ。
 災害現場で走り回り、記者会見という名の罵声を浴び続け、それでも『珊瑚』撲滅の為、患者の為と身を削ってきた。しかし国連が犠牲者の多さを理由にラボを非難した事で、その成果はあっさりと掻き消された。
 国連の声明に煽られた世間が付けてきたレッテルは――被害を抑えられなかった『役立たず』。
 世界ニュースに付けられた投稿コメントには懸命に戦ったクスシよりも、後から華々しく出てきた国連を讃える声が大きい。
 否、正確には最初から国連は関わっている。クスシと共に奮闘したのは他でもない国連軍だ。しかし世間はそこには目を向けず、元より注目を集めていたクスシを無能と見て、バッシングを続けている。対立構造を作るのに余分な要素から目を逸らしているのだろう。国連の組織が巨大すぎて、把握しきれていないのもあるだろうが。
 
「由々しき事態だ。で? どう責任を取ってくれるんだ? 殿?」
に全部押し付けるんじゃないっ!!」

 ドイツ感染病棟の寄宿舎、その中にある談話室にて。
 ソファに腰掛けたユストゥスは、机を挟んで向かいに座る国連警察マイクに詰め寄っていた。

「クララ院長がスイスにいる事も今知ったんだぞ俺は!?」
「わ~。あまりにも鮮やかに誘拐されてますね、クララ院長! いえ、クララ会長!」

 マイクの後ろに控えるビリーは携帯端末を片手にけらけらと笑っている。
 彼はクララがスイス国連本部に居る知って直ぐに移送経路を割り出し、あらゆる防犯カメラ映像を収集。クララが装甲車両へ移される姿を捉えていた。

「これアダマス司令官の車ですねー! 私兵まで使って秘密裏に移送するなんて、どうしてでしょうね?」
「わからん。わからんが、に報告なく断行したという事は、クララ院長、……会長の身の安全を考え秘匿したかったのか。――少しも探りを入れられたくない程、やましい事があるのか」

 クララを要人と認定し、保護をする。それだけ聞けば、不審さはない。護衛を任されていたマイクへ事前に伝え、移送を円滑にした方がアダマスも助かるだろうに、彼はそれをしなかった。

「これは何かあるな。加えてクララ会長さえ保護できれば、不審がられても構わないとも受け取れる。この時点であの人の目的は大方、達成しているのか?」
「ふん。ここまで来てもまだシラを切ると」
「だから! は何も知らないと、何度も言ってるだろうが!!」
「ユストゥス、お巡りさんを虐めても事態は好転しないよ」

 ユストゥスとマイクの言い合いが本格的に火花を散らし始めたその時、談話室の扉が軽く叩かれ、フリッツが顔を出した。
 彼は柔らかな物腰のまま入り込み、場の温度を一段下げる。

「副所長がラボに注目を集めさせていたのが悪い方向に転がってしまったけど……。でも全部が悪い訳じゃない。国連への注目が集まった事で、こっちの関心が少し薄れたのは事実だ。これでほんの少しだけど余裕ができた」

 そう言いながら、フリッツはユストゥスの隣に腰を下ろす。
 ユストゥスの肩に乗った怒気を和らげるように。

「さっき、パウルくんが目を覚ましてね」
「何っ!?」
「また直ぐに寝てしまったのだけれど、把握できる限りの現状を話したら、今後の指針を提案してくれたよ」

 フリッツは折り畳んだ紙をユストゥスに差し出す。パウルの丁寧な字で、要点だけが簡潔にまとめられていた。
 ちなみに次にまた目覚めた時に備えて、フリーデンはパウルの病室に付き添っているという。

「まず、メディアからの要請には求められるだけ全部応じる。今は僕らが交代制で応えているけど、パウルくんは容態が落ち着いたら『後は全部、自分が引き受ける』って言っていた」
「あの身体でか!? パウルは今回の事で精神も大きく堪えている筈だ、そのような無茶は……っ!」
「パウルくんは今、わかりやすく弱者に見えるだろう? それを利用するって」

 パウルは災害で片足を失った。義足を用意する時間はない。リハビリの時間はもっとない。当面は車椅子での移動となるだろう。
 その痛々しい姿を、敢えてメディアに晒す。

「皆んなが皆んな、手の平を返してくれないだろうけど、多少なりとも同情を集められたらいいんだって言っていたよ。弱い者を叩く人間がいれば、必ず『それは違う』って声を上げる者が出てくる。その揺り戻しを、狙うんだ」

 一度、バッシングの勢いを鈍らせる。そこから徐々に、信頼を回復させていく。
 それがパウルの算段だ。

「パウルくんが言うに、今はステージ4の治療を承認させるのが最優先。国連との対立や煽りは無視して、学会で発表した事を広める方に注力する。都合のいい事に、最初の治験成功者であるジョン先生は、今まさに国連が脚光を当ててくれている。それに便乗して、『そのジョン先生を救ったのはオフィウクス・ラボだ』って大きく打ち出せば、勝手に僕らの研究成果は広まっていく。……上手く流れに乗ろう、ユストゥス」
「成る程……。わかった、俺も最善を尽くそう」

 ユストゥスは力強く頷いた。
 そしてマイクへ向き直る。

「で? 貴様らは今後どうする気だ? 護衛対象を守り切れなかった駄犬として、アメリカへ尻尾を巻いて逃げるか?」
「何だその悪意しかない物言いは!? そもそもは災害現場の混乱を収めるまで帰国するつもりはない! そしてクララ会長を放っておく気もない! 与えられた任務を全うする為に、折りを見て国連本部スイスへ向かうつもりだ!!」
「ほう。敵陣へ乗り込むと」
「は? いや別に敵陣ではないが……。……上層部の意向に反した行為は、多かれ少なかれする事になりそう、ではあるがな」
「つまり喧嘩を売りに行くんだな」
「いちいち物騒な方向へ翻訳するな、ユストゥスッ!」
「物のついでだ。ベルリンから動けない私達の代わりに、ウミヘビの様子を確認してくれ」
「……。は?」

 マイクの表情が引き攣る。
 ユストゥスが酷く当然のような声で言うものだから、余計に質が悪い。

「昨晩、所長から連絡が来てな。本部にはウミヘビが複数人いるそうだ。容易に廃棄されないよう、既に手を打っているそうだが……。彼らがどのような扱いを受けているかまでは、わからないのだと。そこでだ、フリッツの不安を減らす為にも調査してくれ。可能なら回収も頼む」
「無茶を言うな!? そもそも俺にそんな事を引き受ける義理など……っ!」

 がしり
 その時、マイクの右足首が何かに掴まれた。何だ、と視線を落として見てみれば、アイギスの触手がマイクの足に絡みついている。いつの間にかテーブルの下を潜って、触手を伸ばしてきていたらしい。ユストゥスの、左の袖口から。
 人間の骨など朝顔の茎のように折り潰せるそれが、自分の足を掴んで離さない。マイクの全身から血の気が引いた。

「これもそれも、国連の身勝手な行動が原因だろう。国連は連帯責任が基本じゃなかったか? 責任を、取れ」

 ――責任を取れ、と強く言うユストゥスだが、本音は違うところにある。
 目を離した隙にウミヘビを連れ去られ、責任を一身に背負って落ち込むフリッツを、少しでも安心させたい。それだけだ。
 それだけの為に、アイギスを使ってきた。ここで断れば迷いなく折ってくるだろう。
 しかし一刻も早くクララの元へ行きたいマイクにとって、負傷で時間を取られるのは避けたい。
 マイクに残された道は、肯首だけであった。

「本当かい!? ありがとう、マイクさん!」
「よかったな、フリッツ」
「わ~っ、これ潜入ミッションってやつですよね!? 楽しみですね、マイク上官っ!」

 ユストゥスの脅しに気付かず、素直に礼を言ってくれるフリッツ。フリッツの方だけに顔を向け、満足げに頷くユストゥス。スパイの真似事ができると興奮するビリー。

「何も! 楽しみじゃないっ!!」

 次の瞬間、談話室にマイクの絶叫が見事に反響したのだった。
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