毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第一章 入所編

第11話 各々の食事事情

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 もっちゃ。もっちゃ。もっちゃ。
 パリ。パリ。パリ。
 公道を走る車内で、ニコチンは紙タバコを、セレンは灰色の三日月状の何かをクッキーのように食べている。

「その、ニコチン。医者としてタバコを食べる姿は非常に心臓に悪いのだが、やめる気はないか? 人間にとっては致死毒だぞ?」
「小腹が空いたんだ、いいだろ。俺にとっちゃタバコも栄養源だしな」
「う、うぅん」

 人間の常識では考えられない返答に、モーズは言葉に詰まってしまう。ちなみに彼の額の出血は既に止まっていて、フリーデンにタオルで乱雑に拭かれたら綺麗になっていた。
 傷口も治りかけている。自己再生力もまた、人間とは異なるらしい。

「あとセレンが食しているそれは、何だ? 菓子か?」
「これですか? ルチルさん達から頂いた《セレン》を結晶化した物です。あ、すみませんが先生にはあげられません。人が食べたら中毒死してしまうので」
「は? すまない、よくわからない」
「セレンは他人の持つ元素セレンをある程度操作出来るんだよ。ウミヘビは民間人に向かって毒素を撒き散らしたら処罰ものだけど、毒素を吸い取る点は言及がない。寧ろ災害時は推奨されてるぐらいだ。ルールの穴って所だな」

 尤もそれが出来るのはウミヘビの中でも極々小数だけど、とフリーデンは付け足す。

「軽度のセレン欠乏症にすると相手を無力化できるもんだから、人間に紛れ込ませて調査するのに便利なんだよな~。セレンは記憶力もいいし。今回の調査は失敗したけど普段は使い勝手がいいのよ、彼」
「そうなんです。私は優秀なんですよ、モーズ先生っ!」
「研修医ライフにかまけて遊んでた奴が胸を張るな」
「先輩!? 私は別に遊んでいた訳ではないですよっ!」
「ひとまず飯だ、飯。は~、折角のシャバなのにこれを食べるハメになるとは……」

 毒物を食べながら騒いでいるセレンとニコチンは無視して、フリーデンは車の収納ポケットにしまっていたストロー付きドリンクパックを二つ取り出した。その内の一つを後部座席のモーズに渡す。

「これは、携帯流動食か」
「そう。しかもこれ一つで一日分の栄養が賄える総合栄養食だ。そのマスク給水口付いてるだろ? だから付けたまま食えるぞ」
「有難い。頂こう」

 モーズは早速ストローをパックに刺し、マスクの給水口からオレンジ色のペースト状流動食を飲む。
 そして苦味と酸味が混ざった何とも言えない味に硬直した。端的に言うと、不味い。

「…………」
「…………味、要改良だよな」
「う、うむ」
「ちなみにラボじゃフェイスマスク着用義務が敷かれているから、飯は基本流動食コレだぞ」
「今猛烈にラボ入所に躊躇しているんだが?」

 そう言えばフリーデンは昨晩も先程も食事に力を入れている素振りがあったが、ラボではまともな食事が出来ないのが原因だったらしい。
 慣れた手付きで流動食を飲むフリーデンはきっと今、マスクの下で遠い目をしている事だろう。

「無菌室なら冷凍食品または真空パック食品が食えなくもないけど、色々と手間が多くて……」
「食事事情の面で難があるとは、知らなかった」
「けどここで飲食店とかに寄り道したらまた教団にちょっかい出されるかもだし、このままラボ直行するぞ! 着くまでは寝る! 休む! 徹夜辛い!!」
「同感だな」

 ピピピピ
 その時、電子音がカーナビの画面から発せられる。

『メッセージを受信しました。【十三時二十四分にステージ5珊瑚感染者複数人による生物災害バイオハザードが発生。直ちに現場に向かってください。場所は……】』
「ちょっとは休ませろ馬鹿っ!!」

 フリーデンの悲痛な叫びが、車内に響いたのだった。

 ◇

 メッセージに指示をされた場所、街外れにある廃棄場では、ステージ5の珊瑚感染者が五人も徘徊していた。
 『珊瑚』によって変質した背中は、フジツボのように生えるボコボコとした膿疱によって覆われ肥大化し、前屈みになって動いている。上半身が重くなった分、バランスを取る為か臀部辺りから尾のように太くしなやかな菌糸が一本生え、ゴミ山のあちらこちらに引っ掛け甲高い音を鳴らしている。

「五人もとは、多いな」
「資料によると一家族らしいぞ。貧困でゴミを漁りながら生活をしていて、病院に通う金もなく一家感染で全滅。たまにある事だ」
「痛ましい。珊瑚症の治療は行政の支援を受けられるのだが、もしもあの一家がその事を知らなかったとしたら……。悔しいな、とても」
「けどなってしまったのは仕方ない。俺たちに出来る事は、これ以上の被害を出さない為に速やかに【処分】する事だ」

 廃棄場の端、柵に身を隠しながら『珊瑚』の様子を伺うモーズとフリーデン。辺りは警察と消防、保健所の手によって既に人払いが済んでおり、封鎖もされている。
 『珊瑚』の居場所も廃棄場のゴミ山なので、戦闘行為に伴う損害はさほど気にしなくていい。いいのだが。

「とは言え、流石に数が多いよなぁ。しかも鼠型・・となるとニコチンの毒素じゃ効きにくいし抽射器の相性もよくない。セレンはそもそも処分向きの力持ってないし、俺も『珊瑚』を逃さないよう留めるぐらいしか出来ない」

 コンコンとマスクの額を指先で叩き、考え込むフリーデン。
 そして暫しの間を置いて、彼は手を叩きパンと乾いた音を一つ鳴らすと、こう言った。

「えー。考えたけどやっぱ安全を取って、助っ人を呼びま~す」
「毒霧でここら一帯を覆えば、別に俺だけでも処分出来るぞ?」
「浄化作業が大変すぎるからヤメテッ!」

 ニコチンの物騒な提案は却下しつつ、フリーデンは側に停めていた車の荷台を開けると、アタッシュケースを取り出した。
 金具を外して地面の上に開けば、それなりに場所を取る大きなアタッシュケース。その中身の片側はパネルが並ぶ操作板、もう片側は六角形が敷き詰められた幾何学模様の――《ゲート》の電子画面があった。

「携帯型《転移装置》を所持しているとは、ラボには潤沢な予算があるのだな」

 モーズが感心する。ゲート、または転移装置。移動させたい対象を分子レベルに分解した後、リンクする同じ装置に向けて瞬時に長距離移動を可能にする。
 物流を揺るがす画期的な機械だが、一度に運べる物の量には制限がある上に転移に失敗した場合、対象は分子に分解されたまま一生戻らないというリスクのある物。加えてかなり高価である。

「助っ人を呼ぶとの事だが、これは物品しか転移できないのでは?」
「ウミヘビは備品扱いなんで転移させても問題ないんで~す。今暇している奴誰だったっけな?」

 なかなか衝撃的な事を口走りながらフリーデンは操作板のパネルを打ち込む。連動して電子画面に様々な文字が羅列されるが、法則性が独特でモーズには読み解けなかった。

「お、鼠退治に打って付けの奴がいるじゃないか。丁度いい、こいつを呼ぶとするか」


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