毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第五章 恋する乙女大作戦編

第81話 植物園視察

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 港を出たネフェリンはアバトンの北側、ローマのコロッセオ4つ分ありそうな、だだっ広い植物園まで足を運んでいた。

「チンケなビニールハウスね」

 そう言って彼女はサンルームの二重扉の中に入り、ろくに消毒などせずに足を踏み入れる。
 植物園の中は名の通り、様々な植物がジャングルのように鬱蒼と生えていた。

「視界が悪くて最悪。足場も見えないじゃない。ただ植えまくっているだけなのかしら」

 会社が経営し民間人に解放している植物園とは異なり、敷地内には案内図も立て札も何もない。場所によっては道代わりに飛び石が敷かれているだけで、舗装もろくにされずに土が剥き出しだ。ヒールのある靴ではとても歩きにくい。
 植えてある肝心の植物も入り口付近は緑色一色で、彩りが全くない。種類ごとに分けられている風でもなく、背の高さの違う植物がごちゃ混ぜに生えている。

「いっった! 何よこれっ!!」

 苛立ちながら奥へ進むネフェリンを、棘の生えた蔦が拒むようにスーツに刺さって動きを止める。
 しかも無理にスーツの裾から棘を抜こうとした為、生地が破れてしまった。

「最悪! 新品を着てきたのに!」
「もし、そこのお方」

 不意に、ネフェリンが進もうとしていた奥から人影が現れた。
 絹糸のような艶のある白髪はくはつを三つ編みに結い、赤みの強い紫色の瞳を持つ、百合の花の如く美しい男。
 ――ウミヘビだと、ネフェリンは察した。

「どなたか存じ上げませんが、どうか、植物を粗雑に扱わないで頂きたく」
「へぇ、貴方が例のウミヘビ? 噂通り凄く整った顔立ちをしているのね」

 ガサガサ
 すると白髪のウミヘビの後ろから、草を掻き分けてもう一人の男が姿を現す。

「……そこにいるのは女人、か?」
「青洲先生」

 現れたのは白衣の下に着物を着て、狐のマスクを付けたアジア系の男。片手にはピンク色のジョウロを持っている。そしてアバトン内でマスクを付けているのは、クスシだ。
 ネフェリンは早速会えた事に内心、ほくそ笑んだ。

「お下がりください、先生。貴方の視界に入れるべき方ではありません」
「どういう意味かしら?」
「目に毒です」

 有毒人種に毒とさらりと言われ、ネフェリンの頬が引き攣る。

「私は知っているわ。ウミヘビには人権がないんですって? ここでぶっても蹴っても、法律上問題にはならない」
「わたくし達ウミヘビはラボの所有物。余所者が傷を付ければそれは器物損壊に当たります。ご注意ください」
「そうね。でも事故なら、罪に問われないわ」

 直後、ウミヘビの瞼が大きく開き、ネフェリンへ鋭い眼光を向けた。それによって、ここで下手な動きをすれば一瞬で取り押さえられてしまうだろうと、ネフェリンは察する。
 戦闘訓練を積み、自分よりも体格の大きな男性をその身一つで倒す事も出来る彼女だが、目の前の線の細い、どちらかと言うと女性的な見目をしたウミヘビであろうと、自分より遥かに強い事が視線一つでわかってしまう。
 それだけの覇気を、彼は纏っていた。

(力付くでどうこうは、無理ね)
「ここは植物園、命の園。悪戯に傷付けるおつもりならば、早急にご退室ください」
「……そう。あぁ、つまらない所ねここは!」

 力で敵わなくとも、人には口がある。特にウミヘビは暴力よりも暴言の方が効果があるだろう。身体がどれだけ強くとも、中身は感情のある人間と同じ。なのに人権のない彼らは、どれだけ傷付こうとも反撃が出来ない。
 しかしウミヘビ自身を貶めるよりも、彼の後ろで戸惑った様子で立つ、青洲というクスシを責めた方がより効く筈だ。ウミヘビは気に入った人間を【先生】と呼び、慕う習性があるのだから。
 敬愛する【先生】を乏めればウミヘビは怒り、ネフェリンに手を出すかもしれない。それでいい。それこそが今回の彼女の目的。

 ウミヘビに不祥事を起こさせる事こそが、今回の視察の裏にある、本当の任務。

「緑の葉っぱばかりで花も実もなく彩りはないし、辛気臭い死神みたいな男がいるし。何そのマスクにジョウロ。まるで知性を感じられないわ。本当にクスシなの?」
「おやめください」

 ネフェリンが軽く青洲を蔑めば案の定、ウミヘビは語気を強めてきた。

「青洲先生を、愚弄するのはおやめください」
「アトロピン、小生は……」
「みなまで仰らずとも結構。ここはわたくしに任せ、先生は研究室にお戻りください」
「ちょっと! 客を放って離れる気!?」
「話を聞く必要はございません。鼓膜が腐りますゆえ」
「はぁっ!?」

 青洲にアトロピンと呼ばれたウミヘビはネフェリンをさらっと毒づくと、本当に青洲をこの場から立ち去らせてしまった。
 青洲が居なくなった事で安堵したのか、アトロピンの表情は心なしか和らいでいる。

「さて、余所者のお方。貴女もこれ以上、植物園に居ても無意義でしょう。ご退室ください」
「私と対等に話せる立場の人間を帰してよかったのかしら? 私に手を上げたくなっても、貴方からは決して手出しは出来ない」
「貴女に触れる必要など、ありません」
「毒を撒くから? それこそ廃棄一直線な規約違反ね。尤もアトロピン……毒の弱い貴方に何が出来るか、甚だ疑問だけれど」
「わたくしは先生が傷付かなければ、それでよいのです」

 アトロピンはあくまで、青洲が暴言を聞かなければ不満はないようだ。涼しい顔をしている。これ以上、ネフェリンが幾らアトロピンに悪態をついても意味はないだろう。
 やはり攻めるなら、クスシを介さねば。

「クスシを先生と呼び慕うのも本当なのね。下手なモデルより綺麗な貴方達を侍らせてチヤホヤされて、さぞいい気分でしょう。夜のベッドでもそうやって懇切丁寧にお世話をしているの? 羨ましい人達」
「……わたくしには貴女の方こそ羨ましい。言葉を知らぬ赤子のような、楽観さをお持ちなようですから」
「は?」
「わたくしの名を、毒素を聞いても、貴女は一切の警戒をしない。ならば脳が、未発達なのかと」

 ふと、アトロピンが目を伏せる。
 次いでぐらりと、ネフェリンの視界が歪む。

「事故ならば罪に問われないのは、
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