毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第158話 不老不死

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 チッ、チッ、チッ、チッ、チッ
 孤児院の食堂の壁にかけられた時計の秒針が、規則正しく動いている。
 その動きを、長机の端の席に座っていたモーズは、ぼんやりと眺めていた。

「モーズ、どうしたの?」

 そんな心ここにあらずといったモーズへ、フランチェスコが声をかけてきた。
 10歳になったばかりの、幼い姿の、フランチェスコ。

「寝不足? 昨日も勉強頑張っていたものね」
「勉強。いや、私は勉強というより研究を……。発表の為の準備を……」
「私? モーズってばいつからそんな畏まった口調になったの」
「え、ええと。違うんだ、フランチェスコ、私は」
「呼び方まで畏っちゃってるよ。『キコ』。僕のことは『キコ』って、呼んで?」

 フランチェスコは苦笑しながらモーズの隣の席に座ってきて、長机の上に埃を被った本を乗せる。

「ねぇ、モーズ見て見て。すごい発見をしたよ。ほら、これ」

 表紙も痛んでいて中の紙は黄ばんでいて、随分と年季が入っている本。
 その本のタイトルは、《万能薬辞典》。何故だか薬と関係のない魔法陣も描かれている。

「万能薬辞典……? あやしい」
「でも興味深いよ、コレ」

 表紙の印象に違わず、中身もヘンテコであった。
 賢者の石。エリクサー。ポーション。ユニコーンの角。仙丹せんたん。ユグドラシルの葉。ネクター。アムリタ。ソーマ。変若水おちみず。テリアカ……。
 現実味が薄いものばかりで、どちらかと言うとファンタジー小説やバーチャルゲームを作る際に活用する、アイデア辞典に思える。効果の説明もどれも不老不死になれるだとか、どんな毒でも解毒するだとかあやゆる病を治すだとか、それが簡単に叶えば苦労しないと子供ながら呆れてしまうレベルの荒唐無稽さ。

「決めた! 僕はこの辞典にのっている万能薬を、現実にしてみせるっ」

 しかし《万能薬》という概念を初めて知ったフランチェスコは、この本をキッカケに将来の夢を決めていた。
 そう、夢を。

「これを作れたら皆んな不老不死になれるんだ! 病気なんて怖くなくなる! それってすごく、素敵なことだよね!」

 満面の笑みを浮かべた顔をモーズへ向けてくるフランチェスコ。同意を求められている。そうとわかっていても、モーズは頷けなかった。
 何だかとても、違和感がある。

「……モーズ? 手伝って、くれないの?」
「て、手伝う……」
「僕に任せてたら、本筋から脱線して戻ってこなさそうだからって、前は心配してたのに」

 フランチェスコは椅子を引きずって、モーズと距離を詰めてくる。

「2人でならきっと頑張れるから! いつもみたく、競おうよ」
「……どっちが先に、『珊瑚』を、やっつけられるか」
「違う違う!」

 そこでフランチェスコは《万能薬辞典》のページを捲り、ある1ページを指差した。
 そこには賢者の石の原材料とも謳われる、寄生菌『珊瑚』についての記述が載っている。

「ほらここ! 『珊瑚』にこそ不老不死の秘訣があるって書いてあるでしょ? だから『珊瑚』を元に薬を作ろうよ、モーズ! ……ね?」

 長机の上に意味なく置いていたモーズの手を掴み、フランチェスコは同意を迫ってくる。
 しかしモーズはその手を払いのけ、椅子から立ち上がって後ずさった。

「君は、誰だ」

 目の前にいるフランチェスコが、フランチェスコの姿をした別人だと、悟ったから。

 ◆

「無理だ無理! 俺には無理!」

 大木と化した《植物型》の側にて。
 院長3人に詰め寄られたホルムアルデヒドは、両手を大袈裟に振って全力で拒否をしていた。

「貴様がホルムアルデヒドである以上、これが最善よ。そうでなくともウミヘビは菌床処分が仕事であろう? 役目は真っ当せねばな」
「同感だ。こうして話している時間も無駄だ。さっさと取り組め」
「君の手を借りる事が一番、早く処分が終わるんだ。どうかお願いするよ、ホルムアルデヒドくん」

 ホルムアルデヒドが幾ら嫌がっていても、3人は彼の力を、毒素を求める。
 特にジョンは絶対に逃さんと言わんばかりにホルムアルデヒドの腕を掴み、こう断言した。

「ホルムアルデヒドを用いた『燻蒸殺菌』! この手を使わない手なぞ、ない!!」

 『燻蒸殺菌』。
 密閉空間でガスを散布し、有害生物を燻すことだ。虫の駆除または細菌、ウイルス、カビの殺菌を目的として用いる、よくある手法(※家庭用バルサンも燻蒸殺菌の一種である)。この手法は普通、芽胞を生成していない対象に使う。
 ――ただし。
 このガスにホルムアルデヒドを用いた場合、話が変わってくる。何せホルムアルデヒドの殺菌作用は強く、【を持っているからだ。
 つまり深紅に染まったこの《植物型》を、不活性のまま死滅できる。
 それだけの毒性が、ホルムアルデヒドにはある。

「俺の毒素なんだ、殺菌作用があるなんてこと重々承知しているけどさぁ! 辺りの人間も巻き込むだろ!?」
「パウル達含めて今日は皆、フェイスマスクを付けている。多少のガスは耐えられるよ。万が一の事があっても、医師である私が対処しよう」
「それでも! このデカさじゃ殺菌しきる前に活性化するだろ! そしたら周りは勿論、《植物型》の中にいるアイツらだって襲われるじゃないか!」
「パウルとモーズくんはクスシだ。防衛手段を持っている。そして柴三郎も軍属経験者、しばらくの間は自衛ができるよ」
「けど、だからって《植物型》を刺激しちまったら、俺……絶対に怪我するんだけど!?」
「ご覧なさいアニリン。あれが戦闘訓練をサボったウミヘビの末路ですよ。反面教師にしましょうか」
「そんな蔑んだ目で見ねぇでくれよ!!」

 ロベルトが都度、不安要素を否定しても拒否し、最終的には己の怪我を恐れるホルムアルデヒドに対し、セレンはアニリンの頭を撫でながら冷ややかな目で見詰めている。

「怪我するって事は《青い血》を撒き散らしちまうって事だ! そっちの方が大惨事になるだろうよ!? クスシの許可なく毒霧まくのも規約外だ! 大気汚染するんだぞ!?」
「幸いな事にこの場にいるクスシの1人はパウル。ロベルト院長の許可があれば見逃してくれるだろうよ」
「違いない。弟子は師匠の言うことを聞くものだ。早く『毒霧』とやらをしろ」
「ロベルト院長本人が言うんならともかく、部外者が言うとか無責任んんんっ!!」

 責任なぞそっちのけで好き勝手喋るルイとジョンに嘆くホルムアルデヒド。
 本日三度目の絶望である。

「ホルムアルデヒドくん。《植物型》が【大型】を保てるだけの養分を蓄え、強力になってしまったら、閉じ込められているだろうパウル達はきっと助からない。罰ならば私が幾らでも受けよう。だから君の力を、貸して欲しい」

 そんな中、ロベルトに頭を下げられ真摯に頼まれてしまえば、ホルムアルデヒドは言葉に詰まる。
 会場は軍が警備をしていて、大気汚染をしてしまってもフォローできる体勢は整えられている。加えて院長クラスの医師が数多いる。もしも毒霧や《青い血》によって毒素を受けた者が出たとして、対処は可能。
 その条件下で、いつまでも懇願を無碍にできるほど、ホルムアルデヒドは無神経ではない。
 よって、彼は腹を括った。

「……っ。……っ! 1つ、条件がある……!」
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