毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第172話 伝言

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「はぁ。学会にわしも連れてゆけば《植物型》もステージ6とやらも秒で消し炭にしてやったというのに、無理をして貧血になって……。おいたわしやパウル先生」
「アイギスの扱いが天下一なうちの先生やったら、そうはならんかったやろな。パウル先生は下手打ってしもたみたいやなぁ」

 ピクリと、灰色髪男性の銃を持つ手が強張る。

「なんじゃ? わしは売られた喧嘩は買うぞ?」
「喧嘩の買い売りじゃないで? 単なる事実や」
「ほう? ならば言うが、お主の先生は随分とクスシ共に忌み嫌われておるようじゃの~。いつの日か孤独死しそうで、わしゃ心配じゃ」
「はぁ? 自分がついてますのにそんな事になるわけないやろ……!」

 アメリカ遠征では常に余裕な態度を崩さなかったシアンが、語気を荒げている。
 彼が口している【先生】はモーズやフリッツ、他の誰とも違う特別な存在だと――いや恐らく、誰彼構わず先生と敬称を付けてはいるものの、シアンの中ではただシンプルに【先生】と呼称しているその人こそが、その人だけが【先生】なのだろう。
 寧ろ確固たる執着先が既にいるからこそ、他の人間には記号として先生を付けて呼んでいるのかもしれない。

「そう言うあんさんご贔屓のパウル先生もつっけんどんで素直になれんお方やないか。自分の先生は独創的な天才なもんで、ついていける方が少ないってだけや」
と言う属性の愛らしさを知らんのか? それに天才なのはパウル先生の方じゃ。所長に認められた頭脳を持ち行動力もある! モーズという弟子も取ったようじゃし、安泰じゃな」
「ちゃうやろ。モーズ先生は自分とこの先生の、弟子になる方や」
「既にパウル先生がついとるんじゃ。先生は2人も必要なかろうて」
「せやろか? あんさんはパウル先生を天才っちゅうけど、天才よりも神童て表現がぴったりや。先生と一つ違いっちゅうのに中身が幼うて幼うて、よしよしあやしたくなるわぁ。……弟子とるより、柴三郎お兄さん離れさせた方がええんちゃう?」
「馬鹿と天才は紙一重とは言うが、馬鹿の割合が大きいやからに弟子を任せる方がよっぽど酷じゃろう」

 そこでふと、2人の間に沈黙が訪れる。
 妙に長く感じる沈黙……実際には1分も経っていないだろうが、暫く静かな時を過ごした後に、2人は同時に失笑した。

「ふはっ」
「いひっ」

 次いでお互い持っていた銃の銃口を向け合い、引き金に指をかける。

『殺す』

 その直後、突如として開幕される銃撃戦。鉛玉の雨霰あめあられ
 ゲームクリアも残弾も一切考えずにただ目の前の相手をブチのめす、それだけを目的とした戦争。
 ゲームのアバターとは言え怒り狂ったウミヘビの猛攻を躱すなど、プレイヤースキルが未熟なモーズには不可能で、間も無く彼は流れ弾に当たってゲームオーバーとなってしまった。

 ◇

「何だったんだ、あの2人は……」

 ゲームから退室ログアウトしたモーズは現実の遊戯室へ意識を戻し、卵型機器カプセルの中の椅子の上で呆然としていた。
 ちなみに隣の卵型機器カプセルではフリーデンが椅子に沈み込むように座っている。

「2人? シアン以外にも誰かいたのか?」
「灰色の髪をした、パウルさんを先生と呼び慕うウミヘビがいた」
「うーん、それだけだとちょっとわかんねぇな。明日にでもパウル先輩に訊けばわかると思うぞ~」
「あぁ、そうだな」
「……とりあえず今日はもう、ゲームやめるか」
「あぁ、そうだな……」

 乱入者に場をかき乱された事によってゲームを続ける気力がなくなってしまったモーズとフリーデンは、卵型機器カプセルの椅子の上でしばらく寛いだ後、ソフトドリンクを飲みながら一緒に映画を鑑賞したり、何故か遊戯室にあるマッサージチェアを体験してみたりと、至極まったりとした時を過ごした後、明日に備えて解散とした。
 とは言え、一日の大半を頭を使わず身体も動かさず、何ならマッサージチェアに座った際、昼寝も挟んでしまったモーズは目が覚めてしまって、自室に戻ってベッドに横たわってみても眠気は全く訪れなかった。

(少し、散歩でもしてから眠るか)

 寝巻きから外着に着替え直して、フェイスマスクと作業机の上に置いておいた腕時計型機器だけ身に付けて……。
 そこで、作業机に置いたままだったタイル・コースターがモーズの視界に入った。ルチルから貰った、ペガサス座の絵が描き込まれたコースターだ。

(ペガサス座……。ペガサス教団……。治療を放置した末にステージ6を排出しているようだが、教団の内情自体はよく知らないな。信徒にとっての『珊瑚』は戦うべき病ではなく敬うべき神だというのも、私には理解し難い)

 コースターの星座の絵を指先でなぞりながら、カトリック教会付属の孤児院で育ったモーズはそんな事を考えていた。

(そうだ、星座と言えば……。フリーデンは以前、ラボの最上階には天文台があるという話をしていたな。丁度、夜なのだし、散歩先として)

 カリ。
 無心でコースターをなぞっていたら、何やら指に引っかかる感触を覚えた。
 コースターのタイルが1枚、外れる仕様になっている。
 気になってそのまま取り外してみると、

「……っ!? これは、メモか?」

 タイルの下にはルチルが書いたと思われる、小さなメモ用紙が挟まれていた。

『モーズ先生へ。もし夢見が悪かったらご相談ください。ワタクシが診ますから』

 そう綴られたメモの裏にはルチルの連絡先であろう番号が書かれている。パラスで通話した時に使用した電話番号とはまた違う番号だ。携帯端末を変えたのだろうか?
 それ以外は何も書かれていない。連絡先を忍び込ませた、というだけだ。

(夢見は、普通だな。仮に悪くともルチル医師に診て貰う必要性は低いが)

 ラボにはクスシという医師免許所持者がいる。それも複数人。何かあれば島内で対処してくれるだろう。
 しかしペガサス教団の信徒として、ステージ6の情報源として、ルチルから再び話を訊く機会が今後訪れるかもしれない。それ以前にモーズは一度、食事を奢られているし、植物型騒動の時に昏睡してしまった自分を診て貰ってもいる。
 いつかはその礼を返さなくてはな、と生真面目に考えたモーズは、そのメモの内容を携帯端末に控えたのだった。
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