毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第205話 追跡開始

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※今回は少しグロテスクな描写があります


「現在、解剖室にあるご遺体はこれで全部です」

 感染病棟の地下。剥き出しのコンクリートで囲われた解剖室に並ぶ、六つの診察台。
 その上にはエドワードに遺体安置棚から出して貰った、解剖用の遺体が六体、並べられている。なおその内の何体かは既に解剖済みで、取り出された内臓はホルマリン漬けの瓶詰めにされて壁沿いに置かれた棚の中に並べられていた。

「凄い。人体模型かの如く、丁寧にパーツ分けされている……」

 その棚を見たモーズは、その内臓パーツの美しさに思わず感心してしまった。
 乱れなく切り裂かれた切断面はヤスリで研いだ訳でもないのに滑らかで、切り過ぎる事も切らな過ぎる事もなく、量産品として工場で製造された模型のように、人体から取り出されている。
 この解剖室を多用するのはジョンで、棚に並ぶ内臓パーツを切り取ったのもジョン。彼の器用さが垣間見れる。

「ジョンという男は器用なんじゃのぅ。ラボうちのホルムアルデヒド並みに完璧に防腐処理されとるし、このままお手玉できそうじゃぞ」
「やめなさいな砒素。悪趣味ねぇ」
「いひひっ!」

 商品のように棚に陳列する瓶詰め内臓パーツを見て、倫理観が彼方に消えた発言をする砒素とそれを嗜める水銀。
 彼らの後ろでは、内臓パーツなぞ眼中にないカールが診察台に置かれた遺体のうちの1体、まだ解剖が施されていない物をまじまじと観察していた。

「エドちゃん先生~っ! 遺体、弄っちゃっていーい?」
「はい、どうぞ」
「そんじゃ失礼っ!」

 エドワードの許可を得て、カールはメスを借りステージ4感染者の男性遺体の解剖へ着手する。
 胸元の真ん中にメスを差し込み、腹の方、ヘソの下まで切っていく。そして縦に入った切り込みにゴム手袋をはめた手を突っ込んで、やや乱暴に左右に押し開いた。

「うわ……!」
「ひ……っ!」
「や~っぱり。時間が経っているからか、増殖もしているねぇ」

 カールの手によってこじ開けられた遺体の腹部。そこにはハラワタへ群がるように、真っ赤な真菌が、『珊瑚』が蠢いているのが目視でわかった。
 まるで極小のウジが集っているかのような、グロテスクな光景にモーズは驚きの声をあげ、エドワードは短い悲鳴をあげる。
 一人この結果を予想していたカールのみ、冷静に蠢く『珊瑚』を眺めると、ラボで観察、記録されたステージ6の真菌と同じ動きをしていると頭の中で照合。状況を整理する為に思った事を声に出し、思考を纏める。

「そんでどうもこの状態でも擬態能力があるっぽいからステージ4の真菌に溶け込みつつ遺体を経由してジョン院長にこっそり付着して忍び込む動線を作ったか遺体でもある程度養分を摂れるから数日くらい保つしね『珊瑚』ってあとオニキスの言動を見るに菌床を作らなくとも真菌を介せばステージ6は情報共有ができるみたいだねこれが人間に有害じゃなかったら生命の神秘ってことで絶賛してたところだけど今はただただ厄介な能力だ壁に耳あり障子にメアリーってのは青洲先生んとこの故郷の言葉だっけそれと全く同じ状況を作れちゃうって事だよねこりゃラボうちでも『珊瑚』と解剖の扱い見直さなきゃなぁひとまず今できる事はぁと」

 そこでカールはメスを銀のトレイに置き、解剖を切り上げた。

「よっしエドちゃん先生! 遺体ぜぇんぶ焼却処分!」
「えっ?」
「さっさとジョン院長を探しに行きたいんでしょ~? なら不安要素は即! 切り取る! さ、さ、さ、火葬が早まったと思って!」
「は、はいっ! わかりました!」

 エドワードは直ぐに職員へ連絡し、解剖室で保管していた遺体を全て火葬へ回した。そしてこの解剖室は再度、厳重な除菌を施す事とした。

「そんじゃいよいよ、ジョン院長の追跡に入ろっか!」

 次にモーズ達が向かったのは警備室だ。感染病棟の随所に設置された、ありとあらゆる監視カメラの情報が集まる警備室。
 今は国連軍が警備に当たっているので、病棟勤務の警備員は退避していて無人。そこにモーズ達が入り込み、災害が発生した時間を中心に記録ログを辿っていった。
 だが壁一面を覆う複数のモニターは、肝心の場所と時間を映した映像を灰色の砂嵐へと変換。オニキスがどう庭園へ侵入したのかも、ジョンがどこへ向かったのかも全く辿れなかった。

「監視カメラもサーモグラフィーの記録も全滅とは……!」
「『珊瑚』の電波妨害力半端ないね~っ!」

 記録映像だけでなく、庭園を巡回している自動人形オートマタ記録ログまでバグが発生しており、記録上はオニキスの姿を捉えられていない。
 警備室で情報を得られない。手詰まりだ。エドワードは焦った。

「これではどう足取りを追えば……!」
紫外線ブラックライト使えば追えるよ?」
「は?」

 絶望したと同時に、カールにさらりと解決策を言われて、脳の処理が追い付かずエドワードは頓狂な声をあげる。

「いやぁ俺ちゃん昨日頑張って病棟全体に散布したんだよねっ! 『蛍光剤』!」

 エドワード、そしてモーズにVサインを見せ高らかに宣言するカール。当然、病棟側の許可は取っていない。エドワードは勿論、モーズやウミヘビ達にも話していない。
 太陽光や電灯を当てても可視化できないが、紫外線ライトを当てれば光る『蛍光剤』。それをカールは病棟内にも庭園にも門付近にもとありとあらゆる場所に散布し、不審者がいれば足取りを終えないかと画策していたのだ。なお独断で。

「あ、勿論人体には無害で水で落ちるやつよ? 擬態ができるっていうステージ6がもぉし出入りしてたら、なぁんか痕跡残らないかなって! 巡回する傍らばら撒いてたの! でもそれをジョン院長の追跡に使う事になるのは予想外だったかなっ! はっはっはっはっ!」
「昨日、夜まで姿が見えないと思っていたら、そんな事をしていたのですか……」
「で、では直ぐにそれを辿って向かいましょう!」

 渡り廊下から辿ればジョンの行き先がわかる。無害なものとはいえ無断で薬品を散布していたカールに言いたい事は色々あるが、今はジョンの追跡を優先としてエドワードは言葉を飲み込み、モーズ達を連れて渡り廊下へと向かった。
 国連軍の手により菌床が滅菌処理され、朽ちた蔦状菌糸が床を覆い尽くすように転がる渡り廊下。
 その屋根の下では、フローレンスが一人、ジョンが去って行った先を見詰めながら佇んでいた。

「フローレンス看護師長」
「エドワード副院長。ジョン院長の足取りはわかりましたでしょうか?」
「はい。今から向かう所です。……留守を、任せます」
「任されました。どうか、ご武運を」

 そしてフローレンスに見送られて、モーズ達はいよいよ病棟の外への追跡を開始した。

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