毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第225話 一つ目

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 帰路の空陸両用車の中で、カールはまずモーズに謝罪をしてきた。

「やーっ! ごめんねモーズちゃんあんま側にいてやれなくって~っ! ユストゥス達にバレたら雷落とされちゃうかなっ? かなっ?」
「砒素さんがずっと付いてくださいましたし、問題ありませんでしたよ。……あ、いえ、問題自体は起きましたが」

 そこでモーズは、菌床で引き起きた事の顛末をカールに報告する。

「実はステージ6のオニキスと交戦したのですが、毒素を送る事には成功したものの、私のツメが甘く逃してしまったと思われます」
「毒素ってパラチオンちゃんの? 効かなかったって事ぉっ!?」
「いえ、効いてはいました。ただ毒が巡り切る前に自分から首から上だけの状態になり、菌糸の繭を使って逃げてしまった。一箇所のみに注ぐのではなく、全身に触手を刺して貰い、確実に仕留めるべきでした。折角、アイギスは私の我儘に応えてくれたのに……」

 にゅるんっ
 その時、膝の上で拳を握るモーズの右手の甲から、手の平サイズのアイギスが飛び出して車内を浮遊する。そしてモーズの肩の上に落ち着くと、傘を首筋に擦り寄せてきた。

「おや? 出てきましたね、呼び出していないのに……」
「わ~っ! おめでとうモーズちゃん! 分離成功してたんだね!?」
「はい。お陰様で」
「すっご~いっ! 本番強ぉいっ! 帰ったらお赤飯だねっ!!」
「赤飯……?」

 祝福として拍手を送ってくるのはわかるし有難いが、赤飯を用意するというカールの意図がわからず首を傾げるモーズ(※そもそも赤飯を見た事がない)。それを真似てか、アイギスもモーズの肩の上で傘を傾けていた。

「ところでカールさん、その板は一体?」

 モーズが指摘したのは、菌床の外に出てきた時からカールがずっと抱えて持っている板だ。
 今まで軍や病棟、ラボへの報告を優先していた為に聞き逃していたが、手放すずっと持っている所から大事なものだろうと推測して、モーズは問い掛けた。

「これ~? 戦利品っ! 菌床でペガサス教団の一人と鉢合わせてね~。そいつが持ってたのっ! イコンが描いてあるやつだね! 見たい? 見たい? 見るのはいいけどちょぉ~っと覚悟がいるよ? なかなか不気味だからねぇ」
「過度にグロテスクではなければ、大丈夫ですよ」
「そう? そんじゃっご開帳~っ!」

 パカリと、カールは観音開き型の板絵を開き、その正面をモーズへ向けてきた。
 左右の扉箇所には無数の赤い腕がイソギンチャクの触手のように重なり合い、隙間なく埋め尽くす絵。そして中央の絵には、目玉が描かれていた。
 一つ目。
 血を塗り固めたような真っ赤な背景の真ん中に描かれた、真っ赤な虹彩を持つ、人間の眼球に似た目玉。モーズの知識にない何か。地上に存在しない、空想の存在だろう異形の姿。
 けれどその目を見たモーズは、目が合ったモーズは、訳もわからないまま息を呑んだ。

「え、あ、それ、は……」
「あれ、モーズちゃん?」

 そのまま徐々に激しく肩が上下していって、首が絞められていくように苦しくなって、モーズは喉元に手を添えひっ、ひっ、と短い呼吸を繰り返す。
 その様子を見たカールは慌てて板絵を閉じると、立ち上がって正面の座席に座るモーズの元へ寄る。

「モーズちゃん!? モーズ! どうした!? 過呼吸になっているよ息! 吸うだけじゃなくて吐いて吐いて! 前屈みになって!」

 カールが騒ぎ出したので、車内の奥、後部座席に座ったまま眠る水銀と、横になって眠るジョンの側に待機していた砒素が「なんじゃなんじゃ」と視線を向けてくる。
 その視線に気付きながらも、カールはとにかく過呼吸の対処方を実行しようと、モーズのフェイスマスクを取ると同時に自身のフェイスマスクも外し、呼吸を合わせるよう指示を下した。

「ほら! 俺の呼吸に合わせて息してっ!!」
「え……」
「真似っこする! サンハイッ!」

 が、カールと呼吸を合わせるよりも前に、モーズの過呼吸は止まった。
 彼の右目周辺に痛々しく残る火傷跡と、決して動かない、作り物の右眼を見たからだ。訳のわかならい恐怖よりも混乱と驚愕の方が勝り、その弾みで呼吸が止まり、落ち着き、正常へ戻った。

「おっ? 治った? 治った? よかった~っ! 苦しいもんねぇ過呼吸って!」
「……あの、カールさん、その跡は、一体……?」
「ん? あ~これぇ?」
「もしや、災害対処の際に負った傷なのでしょうか?」
「あぁ、違う違う。これね~自分でやったのっ!」

 あっけらかんと、カールは神経の通っていない義眼を指先でつつきながら言う。

「ほらぁ。『珊瑚』って目鼻口の粘膜から感染するっしょ~っ? ……昔ねぇ、俺も感染しかけたのよ。それも目から」

 モーズが落ち着いたのを見て、カールは座席に戻り座り直し火傷を負った経緯を話してくれた。

「もう18年前になるかな? 胞子が右目にへばり付いてね。その時の俺ちゃん、初期のワクチンを打った後ではあったんだけどぉ、あ、これ感染したなってわかっちゃったんだ! ――だから、目ぇ引っこ抜いて焼いた」

 その対処に、モーズは絶句する。

「どうして、自ら目を失い、あげく焼くなど……。胞子が付いたのならば洗い流せば……、いえそれ以前に、粘膜感染した瞬間なんて、普通はわからないはずでは……」
「見えたんだよ。『珊瑚』が付いた右目から、侵された瞬間から、これが」

 トントンと、カールは指先で蓋を閉めた板絵をつつく。
 その中に描かれていた一つ目の何かを、非現実的か何かを、彼は失った右目で見たのだと言う。

「あ、これヤバいなって直感で思って、『珊瑚』が全身にっていうか、脳味噌に寄生される前にって切り離したの。目の中に残っていても困るから止血も兼ねて焼いて、徹底的に感染経路を絶った。幸いワクチンの効果もあってか、お陰様でずっと陰性でいられてね~っ! 身体張った甲斐あったよ~っ!」

 右手でVサインを作って笑うカールだが、その判断力と行動力と精神力は常識を逸している。
 狂っていると思ってしまう程に。

「でも頭からずーっと離れない。夢にも出てきちゃうっ! いつも何処かから見られている気がしちゃうっ!」

 夢に。
 その言葉を聞いたモーズは何かを思い出しそうになって、けれど考えようとすると頭の中に靄がかかり、結局何もわからなかった。

「だから俺ちゃんは研究する事にしたのさっ! 『珊瑚』の進化を。【終宿主】を」

 【終宿主】。寄生生物が巡る宿主の最終地点。
 一つ目のナニカを寄生菌越しに見てしまったカールは、『珊瑚』の終宿主は人間ではないのではないか、という仮設を立て、《『珊瑚』の進化》をテーマについてラボでずっと研究を続けていた。
 そしてここに来て現れたステージ6の存在によって、カールの仮設は現実味を帯びてきた。

「モーズちゃんはさぁ。『珊瑚あいつら』が最後に行く所、何処だと思う?」
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