毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第248話 水切り

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 リーリー……。リーリー……。
 モーズ達がいる廃墟から少し離れた、鈴虫の鳴き声がどこからか聞こえる川辺。それなりに幅が広いその川の側で、燐は石を積み上げる『賽の河原』ごっこを堪能していた。
 しかし不意に立ち上がると、足元の砂利を凝視しながらうろうろと規則性のない動きで彷徨い始める。
 そこで燐含むウミヘビの姿を見渡せる位置にある、岩に腰を下ろしていた青洲が口を開いた。

「……燐。あまり、離れるな……」
「おっ! すまないねぇ青洲の旦那っ!」
「お前に離れられると、藪蚊が寄ってくる……」
「やぶか? ……あぁ、蚊かい! あっはっはっ! そりゃ気を遣えなくて悪かった!」

 殺虫の効果のある毒素を持つウミヘビの近くは、どんな種類の虫でも距離を取る。故に夏場の日本では蚊取り線香代わりになるのだ。

「言い訳になっちまうが、『水切り』ってやつをやってみたくてねぇ。良さそうな石を探してたんだ! アバトンには川がないからさァ!」
「……」

 すると青洲は自身の足元にあった平らな石を拾うと、燐に無言で投げ渡してきた。

「おおっと?」
「これを、投げてみろ。力を入れる必要は……ない」

 手の平ほどの大きさの平たい石。
 それを燐は知識にある水切りの動きを再現し石を川に投げてみると、ぴょんぴょんと、カエルのように2回飛び跳ねた後に川の底へ落ちていた。
 たった2回。それだけでも初めての水切りが成功した燐は心から歓喜する。

「で、できた! できたよ旦那! 2回だけだったが成功したよ!」
「そうか……」
「けどどうせなら川の向こうまで届いて欲しいねぇ! さっきの石に似たものを探してみるよ! ありがとなァ、旦那っ!」

 そのまま上機嫌に石探しに入る燐。
 川辺で静かに川魚を観察していたアセトアルデヒドも、水切りの一連の動きを見て興味を持った。

「面白そうだねぇ。僕もやってみよぅ」
「アセトもか。じゃあ俺は石を探してやるよ。平たいのがいいんだったか」

 アセトアルデヒドが関心を抱いたと知るや否や、彼の半歩後ろに立っていたニコチンは当たり前のように石を探し始める。

「ニコはやらないのぉ?」
「アセトがやって欲しいならやるぞ」
「そうじゃなくてぇ。やりたい、って思わないのぉ?」
「俺が?」

 アセトアルデヒドの問いかけにニコチンは不思議そうに瞳を瞬かせ、

「いいや。別に」

 何の感情もこもっていない声で、答えを告げた。周知の事実を話したのかと思うほど、淡々とした声。
 答えを聞いたアセトアルデヒドは目を伏せて、少し寂しげな表情を浮かべる。

「……そう」
「やって欲しかったのか? そんじゃやってみるか」
「あっ、えっとぉ」

 アセトアルデヒドは水切りに付き合って欲しかったのだと判断したらしいニコチンは、足元に落ちていた石を適当に拾うと燐の動きを見様見真似で再現し川へと投げる。
 すると石はぴょんぴょんぴょんと、5回水面を跳ねた後に川底へと落ちていく。

「アッ!? 何でアッシより後から始めておいて飛距離が伸びているんだい!?」
「知らねぇよ。お前ぇが下手ってだけじゃねぇか?」
「煽るじゃないのニコの旦那っ! こいつぁ負けてられないねぇッ!」

 浴衣の袖を捲り上げやる気をみなぎらせる燐。勝手に勝負に巻き込まれたニコチンは露骨にうんざりした顔をしたが、アセトアルデヒドの手前ここで水切りを止める訳にもいかず渋々といった様子で続けている。
 そんなニコチンの姿を眺めていたアセトアルデヒドは、首の後ろにかけていた祭り会場で購入したお面を顔に付けた。口をキツく結んだ表情が誰にも見えないように、消え入りそうな程に小さく呟いた声が誰にも声が聞こえないように。

「……ちゃんと、笑ってあげないと……」

 ◇

「雨晒しで放置されてはいるが、状態は当時のままなのだな」
「はい。ウミヘビに関する資料は所長が処分しましたが、他はそのままでございます。モーズ殿をここに連れてきたのは『実際に見て貰った方が学べる事があるだろう』という所長の判断です。どうぞご堪能ください」
「ふむ……」

 アトロピンの話を聞き終えたモーズは、《ウロボロス》研究所跡地をじっくりと見て回っていた。古びて既に使い物にはならないが、屋内には実験台に薬品棚に培養槽にと、ラボの共同研究室の設備と似通った設備が置いてある。
 モーズが特に気になったのは本棚だ。機械類の実験器具やパソコン含む電子機器は、電気が通っていなければ情報を得る事ができないが本は違う。紙が無事ならば時を経ても閲覧ができる。元は世界を跨ぐ組織だっただけあり、英語やドイツ語で綴られた本が並んでいて、比較的状態が綺麗な表紙のタイトルだけでもある程度、研究内容が読み取れた。

「経年劣化している事を除いても、俺様がいた場所よりも随分と見窄らしい」
「おや? 研究所にいた頃を覚えているのですか? 貴方はずっと眠っていたはずですが」
「確かに研究所とやらでは培養槽から出る事はなかったが、全く目覚めなかった訳ではない。特に研究員の中で執拗に話しかけてくる奴がいて、嫌でも目が覚めたものだ」
「それは初めて聞きましたね」

 背後から聞こえるパラチオンとアトロピンが会話を聞き流しながら、モーズは本棚に敷き詰められた本の背表紙を見ていると、懐かしい物を見付けた。
 《万能薬辞典》。
 かつて暮らしていた孤児院の書庫にも置いてあった本である。そしてフランチェスコと共に、モーズが医師を目指すきっかけとなった本。ファンタジー色の強い本だが、不老不死の実現を目的としていた研究所に置いてある以上、何かしらの参考にしていたのだろう。
 モーズは《万能薬辞典》を手に取り、ページをめくる。紙は黄ばんではいるが虫食いなどはなく、存外綺麗な状態であった。綴られている内容も昔見た物と同じ。思わず読み進めれば、時が巻き戻ったかのように幼少期の記憶が再生される。

「……フランチェスコ」
「そうだ、フランチェスコという名だった」

 バタンッ!
 パラチオンの言葉を聞いたモーズは反射的に本を閉じ、勢いよく振り向くとそのまま詰め寄る。

「フランチェスコ! パラチオン、君はフランチェスコに会った事があるというのか!?」
「な、何だいきなり」
「いつ! 何処でだろうか!?」
「知らん。俺様には時間も場所も知る術がなかった。そもそもまともに起きられるようになったのは【檻】に入れられてからだ」
「そ、そうか……。すまない、取り乱してしまって……。5年前から探しているんだ、ずっと。このフランチェスコという男を」

 同名の別人でない事を祈りながら、モーズは腕時計型電子機器を操作し、以前セレンに写生して貰ったフランチェスコの絵を空中に映し出す。
 するとパラチオンはマジマジとフランチェスコの顔を見て、一つ頷いた。

「あぁ、この男だ。俺様にしつこく声をかけてきた研究員は」
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