毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第258話 《原木》

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 学名『ケト(Ceto)』。通称、《原木》。
 石灰藻サンゴモの近縁種とされ、見た目も石灰藻サンゴモによく似た赤い海藻である。

 石灰藻サンゴモと決定的に違う点は、光の届かない海底洞窟に生息しているという点だ。
 植物が生きられない場所に生息していた《原木》。それは深い深い海底洞窟の奥地に生きる生物だけが見れ、本来ならば陸上で生活する人間が目にする機会など決して訪れない。
 そんな秘境に、とある探検家が辿り着き《原木》を発見。地上へと持ち帰った。
 やがて新種として専門家の手に渡り、研究に回された。そのまま順調に研究が進み公表へ至った場合、通常ならば第一発見者である、探検家の名前が付けられただろうが――

 その前に、《原木》に寄生していた『珊瑚』による感染爆発パンデミックが発生。
 24世紀最悪の幕開けが始まってしまい、研究は頓挫。混乱によりそれまでの記録データは消失。探検家も感染したか災害に巻き込まれてか、消息不明となった。

 ところで。
 恐ろしい病の定義とは何だろうか?
 感染力の高さ。致死率の高さ。四肢の麻痺や変形。脳に及ぼす影響。治療の難しさ。治療できたとしても残る後遺症や障害。成る程、どれも恐ろしい病と呼ぶに相応しい。
 しかしもう一つ。恐ろしい病の性質としてあげられるのが『潜伏期間の長さ』である。
 自覚症状が伴わない潜伏期間が長ければ長い程、人知れず感染が拡大するからだ。
 そして珊瑚症は、潜伏期間が非常に長い病であった。
 また発症したとしても、初期症状は風邪とほとんど同じ。ステージ2へ進んでも虫刺されに似た痕が身体に現れるのみ。異変がはっきりしてくるのはステージ3から。危険性が明確になるのはステージ4から。投薬での抑制がなくとも、そこに至るまで一年以上かかる。
 加えて24世紀現代では、空陸両用車や転移装置による移動手段や物流が発達。保菌者の動向に伴い『珊瑚』も迅速に世界へ拡大。
 時代と『珊瑚』の特性が噛み合わさった結果、ある日唐突に、前触れなく、同時多発的に、珊瑚症の感染爆発パンデミックが起きてしまったのだ。

 最悪をもたらした発生源、《原木》が特定されたのは15年前。感染爆発パンデミックが落ち着いた後になる。
 尤も特殊な環境下で生息していた《原木》が地上に適応する訳もなく、海底洞窟の環境を徹底的に再現しなくては枯れてしまい、《原木》に寄生する『珊瑚』も共に死滅する。地上に生きる感染者の方が遥かに脅威で、《原木》の危険性はあまり取り沙汰されない。
 しかしその海底洞窟の環境を再現できた場合、《原木》は人知れず『珊瑚』を増殖し続ける苗床へ変貌する。使用許可が厳重に定められている、『珊瑚』用の特殊培養ガラスケースを必要とせず、『珊瑚』に寄生されても人間と同じように朽ちず、養分がある限り繁殖を続け、それでいてステージが進むと凶暴化してしまう人間と異なり秘密裏での栽培が可能。

 故に地上で《原木》を見付けた場合、早急な処分が求められる。

 ◇

 ぺちぺち。ぺちぺち。

「う……」

 頬を優しく叩かれ、モーズの意識がゆっくりと浮上してゆく。

(ここ、は……)

 瞼を開けても未だに視界はぼやけ、目覚めたばかりで回らない頭では現状を把握できない。
 ただ首筋から伸びたアイギスの触手が起こしてくれた事と、一定の間隔で身体が揺れている事はわかった。

「お目覚めですか」

 次いで頭上から知らない人間の声が降ってきて、ぼんやりとしていたモーズの意識が一気に覚醒する。
 フードを目深く被り口元を覆う面頬を付けた、顔の大半を隠した白人らしき男。彼に横向きに抱えられて、薄暗い廊下を進み、どこかへ運ばれている。
 モーズが目覚めたからか、皮膚の下でアイギスが活発に蠢き始めた。今にも体外に出てきそうだ。

(アイギス、駄目だ。どうか、堪えてくれ)

 だがモーズは心の中でそれを制止する。目が覚めたといっても、身体の麻痺は抜け切っていない。同じくアイギスも本調子ではないだろう。ここで抵抗しても逃亡は叶わず、すぐ捕まってしまう。
 モーズは少し身じろいで、現状の把握に努める。

(腕が後ろ手で拘束されている。だが使用しているのはただの麻縄のようだ。これは後でアイギスに外して貰うとして、退路の確認と確保を……)

 そこまで考えて、はたと気付く。

(……待て。この男、どうして私を軽々と運べているんだ?)

 ウミヘビに運搬される機会が度々あったのと、あまりに自然過ぎてスルーしてしまっていたが、異常な状況である。
 現在モーズの体重は約100キロ。背負うまたは肩に担ぐならばまだしも、横にして抱えるなど相当な腕力が必要となるはず。なのに面頬の男は苦もなくこなしている。彼が屈強な体付きをしている事を鑑みても不自然だ。
 まるで彼もウミヘビのような――

(しかし『珊瑚』の天敵に当たるウミヘビが教団内部にいる訳が……。待て、教団にはウロボロスの残党が関わっているのだったか? その者達が製造した? だがそう考えたとしても大自然派を大元にしている組織、人造人間ホムンクルスは毛嫌いしそうなものだが)

 実際、スペインの菌床でニコチンたちと接触したペガサス教団の面頬の男は、ウミヘビを人造人間ホムンクルスと認識し、自然から排除すべき異物として明確な殺意を抱いていたと聞く。

(先程、電波障害が起きていた。人間と異なる存在だとしても、ウミヘビよりもステージ6として考える方が自然だな。……ステージ6!?)

 想定よりも遥かに危機的状況にいる可能性が出てきて、モーズは男の腕から抜け出そうともがくが、ただでさえ腕が麻痺で縛られているうえに、モーズを簡単に抱えられる男の手から逃れるなど、できる筈もなく。
 面頬の男は、不自由な身体で抵抗するモーズを軽く抱え直す。それだけで、抵抗なんてないように振る舞われて終わってしまった。

「『珊瑚サマ』!」
「『珊瑚サマ』、ご覧ください! 貴方の欲する『アレキサンドライト』を入手いたしました!」
「今より御神木の前に捧げます! 気に入って頂けた暁には洗礼を!」
「いえ私こそ洗礼を!」

 せめて麻縄を解かなくては、と。アイギスに頼んで拘束を外そうと画策している内に、信徒達の大声が聞こえてくる部屋へ辿り着く。
 真っ暗な部屋だった。光源は信徒達の持つランタンだけで、部屋には灯りがついていない。何があるのかわからない。

「全く。鶏血さまのお陰で手にできたというのに手柄を主張するとは、図々しいことこの上ない。しかも結局はワタシの手を借りて」

 面頬の男は呆れた様子でモーズを連れ暗室の中心へと足を進めた。
 微かに水音が聞こえる。そして内陸にも関わらず……潮の香りがする。加えて信徒が口にしていた『御神木』という単語。
 それらを組み合わせると、『珊瑚』に関連する海の植物『原木ケト』へおのずと行き着く。

「ここに、ある、のは……。も、しや……《原木》栽培の、すい、そう……?」
「流石。お察しのいい」

 モーズの最悪の推測を、面頬の男はあっさりと肯定した。

「聖域には信徒である我々でもみだりに近付いてはいけないものの、貴方は求められている。尤もこの地にあるのは《覗き穴》、しかできないのですが……。もっとよく、見せておくれ、と願われているものでして」

 ――もっとよく、見せておくれ。

 以前どこかで聞いた台詞と同じ台詞を囁かれて、モーズの背筋にぞわりと悪寒が走る。男本人に嫌悪感を抱いた訳ではないが、その台詞そのものが何だか気味が悪く、耳を塞ぎたくなった。
 直後、ふとモーズの身体がゆっくりと下がっていく。男がモーズを抱えたまま膝を曲げ、しゃがんでいるのだ。
 それに伴い強くなる潮の香りと大きくなる水の音。水槽がすぐ近くに、恐らく真下に、ある。

「さぁ。ワタシが導けるのはここまで。この先は、自分の足で向かってください」
「なに、を……。いや、待て、まさか……っ」
「よい旅を」

 面頬の男の手が、モーズから離れた。先程まで逃れようとしていた手。だが今はそれに縋ろうとしてしまう。けれど麻縄を解いて伸ばした手を、男が掴んでくれる筈もなく。
 ドボンッ
 水飛沫をあげて、モーズの身体は水槽の中へ、堕ちていった。
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