毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
295 / 600
第十四章 煙草の灰

第287話 やり残した事

しおりを挟む
 ピッ……。ピッ……。ピッ……。
 規則的に発信される機械音で、青洲は目が覚めた。音の発生源は青洲に取り付けられた心電計で、自分の心音が規則正しく動いている事を知らせてくれている。

(……病棟。それも、感染病棟か……)

 目が覚めて真っ先に視界に入ってきた、大理石をモチーフにしたトラバーチン模様が施された真っ白い天井。
 懐かしい天井である。かつて、青洲が勤めていた病棟の天井。
 亡き妻、加恵に会う為に足繁く通った個室の天井。

「よかった。目が覚めたんですね、青洲さん」

 不意に横から声をかけられ、青洲は視線を向けてみると、そこにはモーズがベッドの脇に立っていた。
 彼も青洲と同じように患者服を着ている。彼も何かしら体調を崩したようだ。
 今の青洲にとっては、どうでもいい事だが。

「菌床の処分は無事に終わりました。アトロピンのご遺体と《卵》はラボに転送済み。他のウミヘビ達は今、寮に待機をさせています」
「……そうか。……」

 律儀に経過を報告してくれるモーズの言葉を聞き流しつつ、青洲は右手を掲げ、開いて閉じてを繰り返す。
 身体は何の問題もなく動いている。動いてしまっている。ギリと、青洲は奥歯を噛み締めた。

「小生だけ、死に損なって、しまったか……」
「青洲さん。容態が回復しましたらラボに帰りましょう」
「……いいや、もう、小生は……」
「帰りましょう、青洲さん。アトロピンの為にも」
「……何故そこで、アトロピンの名が、出る」
「彼は貴方に生きて欲しくて、身を呈したのです。その意思を、【願い】を汲んであげましょう」
「ただ生きて欲しい、というだけならば……場所は、問わないだろう……」
「いいえ。貴方は日本ここに残れば、きっと死人のようになる。それは生きているとは言えない」

 よくわかっている。
 愛したひと、親しい人が皆亡くなったこの故郷に一人残れば、青洲は墓石の前で自責を繰り返す廃人となる事だろう。
 命尽きるまで。

「それが、どうした……。小生の……勝手だろう。そもそも仮に、ラボに戻ったとして、どうする。……小生は、何も成せなかった、救えなかった。戻る、価値など……」
「そんな事はない!」

 青洲の後ろ向きな発言を聞いたモーズは突然、ベッドの柵を掴んで語気を荒げた。

「私は貴方がいなければここにいません! 私は貴方がいなければ進行ステージが止まらず、とっくの昔に処分されていた!」
「薬の完成は、所長が……」
「その薬の前身を作ったのは貴方だ! その後だって、多くの薬を作ってきたでしょう! 私は貴方の成した功績を、なかった事にはいたしません!」

 ベッドの柵を握り締めるモーズの身体、患者服から露出した右腕の大部分は、薄らと赤く変色している。珊瑚症の症状が進んでいる証拠だ。
 それでも彼が歩け、喋れ、考えられるのは、薬で症状を抑え込んでいるからに他ならない。

「奥方の事に必死で、周りが見えていなかったのかもしれませんが、事実は受け止めて頂きたい。それがわからないと言うのならば、わかるまで伝えます。何度だって。私は、繰り返す事だけは得意ですから」
「……。小生に、できる事など、ない。ここにいるのは、死に損なった……無能だ。何処にいても、亡霊のように、ただ悪戯に時を過ごすだけ……」
「そんな筈はない。だって貴方は、ご家族の命を奪った存在を野放しにしたままでいられるような、無感情なお人ではないから」

 寧ろ苛烈。
 菌床の〈根〉が“彼”の死を嘲笑ったと知った途端、憤り、憎悪し、しかして冷静に、持てる力全てを持ってして叩きのめした。
 青洲は決して亡霊などではない。消えない激情を抱いている。モーズはそう確信しているようだった。

「治療薬の確立にはきっと、いえ、必ず貴方の力が必要だ。ここで退場リタイアなんてさせません」
「わかったような口を……」

 青洲はそこで大きく溜め息を吐き、

「本音は?」

 じとりと、狐色の瞳でモーズをねぶるように見詰めた。
 ただ尊敬をしているだけで、能力があると評価しているだけで他者を生物災害バイオハザードの渦中に連れ戻すなど、モーズはしない。青洲とモーズが言葉を交わした時間は短いが、それぐらいわかる。

「私には、時間がない」

 実際、指摘をされたモーズは一切の誤魔化しをせずに、利己的な、さりとて真剣な本音を語ってくれた。

「利用できるものは、何でも利用させてください」

 ただ真っ直ぐに直向きに、手を尽くしたいという本音を。

 ――時間がありません。利用できるものは、何でも利用しなくっちゃ。

 その姿に、亡き妻の姿が、重なる。

「『珊瑚』を、根絶しましょう。青洲さん」
「……ふっ、ふふふふ……」
「せ、青洲さん?」

 唐突に肩を震わせ、笑い出した青洲にモーズは戸惑っている。それがまたおかしくて、青洲は口元を手で覆って声を出して笑った。

「とんだ新人ルーキーが、来たものだ」

 次いで青洲はむくりと身体を起こして、自身の五体満足の身体を見下ろした。
 身体は動く。頭も働く。手の平を優雅に泳ぐアイギスもいる。
 “武器”に、不足はない。

「そうだな。小生には、やり残した事が、あったな……」

 母の命を奪ったのは誰か。妻の命を奪ったのは誰か。朝顔の命を奪ったのは誰か。
 そんなのわかりきっている。
 『珊瑚』だ。

「根こそぎ、

 そう宣言した青洲の瞳に、光が、灯った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...