毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第319話 伝導

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 モーズが日本から帰還してから一週間が経った。
 凍結実験の進捗は……良くはない。が、悪くもないといった評価になる。
 アンモニアの協力によって課題が明瞭になったのは、実験の成果としていい結末が得られたと言える。
 しかしその課題を解決する為の手段――抽射器の改良がネックとなっていた。
 それもその筈で、モーズ達は医師であって技師ではない。既存の機械を専用の自動人形オートマタに命じて改造を施す事はできても、ゼロから作り出す技術は持ち得ていない。よって実験が実質、停滞してしまっている。
 この状況を打破する為に外部の技術者や企業と提携したい所なのだが、ラボの機密保持の関係でそれは禁止となっている。提携が必要不可欠、と所長か副所長を説得し許可を得られたら叶うらしいが、相変わらず最高責任者と準最高責任者の2人はラボにおらず、連絡もつかないという体たらく。

 「こんな状態で、今までどうやってラボを運営していたんだ?」とモーズがフリッツに訊ねた所、所長達は「技術方面はフリードリヒ一人で担っているから外部提携は必要ない」という判断をしているのだとか。
 実際、今まで彼一人で担えてしまっているのだというから驚きである。

「どうすればフリードリヒさんの手を借りられるだろうか……」

 ラボの6階、卵型機器カプセルが置かれたシミュレーションルームにて。
 芳しくない現状に、モーズは卵型機器カプセル内の椅子に身体を沈み込ませながら嘆いた。

「所長や副所長から話を通せば、顔を見せてくれるか?」
「うーん、あ~……。どうだろう。フリードリヒさんより上の立場の人って確かにその2人だけど、だからって言うこと聞くとは限らないんだよねぇ」

 モーズの提案に、右隣の卵型機器カプセルにいるフリッツが答える。
 クスシは所長含めて上下関係が希薄で、命令がきたからと必ずしも従う必要はないらしい。クスシの業務とは関係のない指示ならば尚のこと、従う必要性が薄い。

「まぁだからって諦めちゃ駄目だよね。僕の方から所長にメールを送っておくよ」
「ありがとう」

 話がまとまった所で、モーズの左隣の卵型機器カプセルからフリーデンの声が飛んでくる。

「な~。ずーっと実験し通しだったしさ、気分転換にニュースでも見ようぜ? 外の情報を仕入れたら何か新しいアイデア浮かぶかもだし」
「そういえば、ここ数日のニュースのチェックをし忘れていたな。帰還後のニュースはどこを見ても『天空の城事件』で持ちきりだったから……」
「流石にそろそろ違う話題が出来ていると思うよ。皆んなで見てみようか」

 フリーデンの提案を受け、フリッツは卵型機器カプセルの外、真っ白い壁をスクリーン代わりにホログラム映像を投影し、直近の世界ニュースを再生する。

『『珊瑚』は『珊瑚サマ』からのギフトであり、病の不安を消し去ってくれるのです!』

 途端、若い女性の声がシミュレーションルームに響いた。
 ギリシャの街中にある広場、噴水の前でフードを被った黒服の女性が演説をしているのだ。胸元には、ペガサスのエンブレム。
 国連警察が調査を進めているペガサス教団の信徒である事を隠さず、広場を訪れた大勢の人の前で、白昼堂々、自分の信じる神について『伝導』をしている。
 その伝導は広場に警察がやってきた事によって切り上げられ、女性は広場から追いやられていたが、センセーショナルな映像だからか世界ニュースではその女性による伝導の様子を繰り返し報道し、有識者による議論を重ねていた。

「はぁ~っ! ペガサス教団、今こんな事やってんの!?」
「世界から悪い意味で注目を集めている時に、敢えての伝導……。凄い胆力だな」
「良くも悪くも知名度があがってしまったからね。これは確かに、効果的だ」

 伝導を務める女性はギリシャ国内のあちらこちらに出没するらしく、ペガサス教団が信仰する『珊瑚』は恐ろしいものではない、不安ならばいつでも話を聞く。と、メンタルケアを請け負う事をメインに教団の素晴らしさを説いている。
 許可のない演説、騒音、国民の混乱の誘発、などといった理由で、伝導をする度に警察がやって来ているが、女性は事情聴取を受ける事もなく、のらりくらりと逃げ回っているようだ。

『わたし『アパタイト』は! 救済を求める皆さんをいつでもお待ちしております! 貴方は一人じゃない! わたし達と言う、仲間がいるのです!』

 女性は自らの名前を『アパタイト』とし、大衆への認知を広めている。
 アパタイトとは燐灰石の事を差し、透明感のある綺麗な物は宝石として扱われる。

(宝石の名前……。彼女は洗礼者なのか)

 ルチルが教えてくれた事が事実ならば、アパタイトという女性は洗礼者のはずだ。しかしそれよりも気になるのは、彼女がステージ6なのかどうか、という点である。
 映像越しに判別できる事ではないが、何かわからないかとモーズがアパタイトを凝視していると、ふと映像の向こう側で強い風が吹き、彼女のフードが外れた。
 露わになった彼女の素顔は、キャラメル色をした髪もハーフアップに纏め、若くて健康で活発そう、という印象を抱く顔立ちをしていた。外見年齢的にまだ20歳を超えたばかりではないだろうか、なんて思いながらモーズはアパタイトの素顔を眺めていると、突然ガタリと大きな物音が左隣から聞こえてきて、驚いたモーズは肩を揺らしてしまう。

「フリーデン?」
「あっ! 悪い悪い、うるさかったな!」

 物音を立ててしまった事を素直に謝罪するフリーデン。
 何だか、いつもより声が大きい。

「話は変わるけど、『珊瑚』って死体に寄生してステージ6になる事もあるんだよな? 死んでも生き返るって、《ウロボロス》の目指す不老不死みたいだよな!」
「でもカールくん曰く、あくまで死体を利用しているだけで、亡くなった本人の意識がある訳じゃないみたいだよ。脳に寄生し記憶を読み取って、それっぽく動いているだけ。って推測していたね。実際に捕らえてみないと、詳細はわからないだろうけど」
「ネフェリンの解剖記録からしても、別人になっていると考えた方が無難だ。何せ、脳細胞が丸ごと『珊瑚』に置き換わっていたのだから」

 そのネフェリンよりも更に『珊瑚』の置換が進んでいただろうステージ6──イギリスの菌床で対峙した少女スピネルは、亡くなると身体を保てなくなり、石灰のようにグズグズになっていた。
 結局、ステージ6は幾ら人真似しようとも、その正体は脳も骨も内臓もない菌の塊。外側だけ整えた生物災害バイオハザードと言える。

(『珊瑚』を詰め込んだ肉袋、か……)

 以前、ルチルから聞いた言葉が思い起こされる。
 彼は意外と真実を伝えてくれている。とモーズは考えているのだが、客観的に見てどうかとフリーデンに訊こうとして顔を向けた所、フリーデンはモーズが声をかける前に卵型機器カプセルから立ち上がってしまった。

「俺ちょっと調べたいこと出来たから、お先に失礼するわ~っ!」
「そうかい。お疲れ様フリーデンくん」
「あっ、あぁ。お疲れ様、フリーデン」

 そのまま駆け足気味にシミュレーションルームから出て行ってしまうフリーデン。
 何だか、慌てている。
 急ぎの用でもあったのだろうかと、モーズは自動的に閉まる扉を眺めながら不思議に思ったのだった。
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