毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第335話 死者蘇生

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 フリッツから分離したアイギスはまず触手の毒を用いて“檻”の毛糸状菌床を死滅させ、破壊する。途端、狭さから解放されたアイギスは肥大化し、フリッツの真上に浮かんだ。
 雨を遮る傘のように。

「殺すだなんて、酷いなぁ。平和主義はどこいったの?」

 “檻”を壊されてしまったからか、アパタイトはフリッツから距離を取り、突如として現れたアイギスクラゲに動揺している信徒達の側まで下がる。
 下手に攻撃を受けないよう、肉壁にしているのだろう。フリッツは苛立った。

「身体が人間かどうかって、そんなに重要かな~?」

 アパタイトはけらけら笑いながら喋るのをやめない。

「嬉しいでしょう? あたしの声がまた聞けて」
「うるさい」
「幸せでしょう? 一緒にお喋りができて」
「うるさい。うるさい」
「また星見をしようよ。故郷の綺麗な空でさ。ねぇフリッツ」
「うるさいうるさいうるさいっ!!」

 彼女が喋る度に、かつての日々が土足で踏み荒らされていく気がして、フリッツは語気を荒げる。
 早く殺さなくては。
 気持ちばかり急いでしまうが、攻撃的な意思を伝えてもアイギスは従ってくれない。アイギスは宿主を守るのが主目的なのだから。
 アパタイトはステージ6。生物災害バイオハザード。存在する事自体が危険。
 そう自分に言い聞かせ、フリッツはアイギスを差し向けようとした。
 その時、

「フリッツ」

 鼻先がつきそうな程、アパタイトの顔が至近距離に迫ってきて、フリッツの思考は停止してしまった。

「難しく考えなくていいんだよ?」

 以前ならば、大袈裟に仰け反って大声で騒いでいただろう。
 気になる子が、いや気になる子と同じ顔をしたモノが、眼前に迫ってきたのだから。

「あたしとまた会えて嬉しいんなら、それでいいじゃん」
「……、……っ!」

 彼女の言葉に、フリッツは顔をくしゃりと歪ませた。
 嬉しいに、決まっているのだ。
 生まれ育った故郷がなくなって。一緒に生活し家族のように過ごした村民が一人残らず亡くなって。それも自分の手で、全部全部壊して。失って。
 そんな中、幼馴染と瓜二つの子が現れたら、それも幼馴染と同じ記憶と言動をする子が現れたら、嬉しくない筈がない。
 生き返ってくれたのかと、勘違いしそうになるから。

(違う。死人は、生き返らない)

 そんな都合のいい奇跡は起こらない。幾ら神様に願っても叶わらない。それは神話の中の出来事でしかないのだから。
 ステージ6は、人間ではない。髪の毛先から爪先まで『珊瑚』で形成された真菌カビの塊。それはラボが今まで入手した記録ログからして、間違いない。アパタイト自身、身体を菌糸へと変化をさせたり、瞬間的に移動をしたりと、人間ではあり得ない挙動をしていた。
 彼女は人ではない。

(……けど、姿も記憶も言動も同じ、なら、それは、別人って言えるのか……?)

 例え真菌カビの塊だとしても、元となる人物と変わらない、一分の隙のないほど引き継いでいるのならば、それは同一人物と言えてしまうのではないだろうか。
 その迷いが、縋りたくなる希望が、捨て切れない願望が、フリッツの思考をかき乱す。
 その隙をつこうと、信徒の一人が鉄筋で後頭部を殴ろうとした。が、それはアイギスの触手で阻まれる。
 タァンッ!
 しかし、別の信徒によって畳み掛けるように撃ち込まれた鉛玉は防げず、フリッツの肩に穴が空いた。ぼたぼたと赤い血が衣服を染め、大理石の上に滴り落ちる。
 その衝撃と激痛から目眩を覚え、フリッツは膝をつく。

「フリッツ先生!」
「動くな、悪魔め! この男がどうなっても……!」
「邪魔だ雑魚共がっ!!」

 信徒の脅し文句など聞く耳持たず、クロールは信徒の男が持つ拳銃を鎖で絡め取ると、自身の毒素の腐食性を持って溶かしてしまう。
 そのまま持っていたら自分も溶けてしまうと悟った男は、さっさと拳銃を放り投げ、情けない悲鳴をあげながら後退する。
 それでもクロールの殺意は収まらない。

「お前達全員、まるごと溶かし切ってやる……!」
「……よせ、クロール」
「いいえ、やめません! フリッツ先生が殺されてしまうぐらいなら、殺します。俺は先生が最優先なので」

 それは半分本心で、半分、詭弁だ。
 ラボの規則など気にしなくていい環境下で、フリッツを守るという大義名分を得たクロールは、嬉々として鎖を振り回す。
 そしてアパタイトも菌糸も信徒も関係なく、無差別に蹂躙し、破壊の限りを尽くそうとした。
 が、それは真上から現れた鎖によって止められた。鎖を鎖で絡め取り、強制的に軌道を変えさせたのだ。

「……!?」
「ま、ま、間に、合った……っ!」

 それを成したのは、壊れたドーム型の屋根の端、壁の天辺に立つアンモニアだ。
 クロールと同じ、分銅鎖型抽射器を駆使して。

「お、前……っ! アンモニア如きが、俺の邪魔をするなぁっ!」
「わ、わ、わわわっ!」

 想定外の、それも格下だと見下しているアンモニアに止められた事に怒ったクロールは、ぐんと思い切り鎖を引っ張る。
 不安定な足場で踏ん張り切れなかったアンモニアは、クロールの目論見通り鎖ごと教会内へ落下してしまった。着地にも失敗し、大理石の床に不恰好な体勢で転がったものの、怪我はなく「いてて」と背中をさするのみ。
 その頑丈さがまたクロールの癪に触る。

「フリーデン!」

 アンモニアに追撃を、とクロールが構えた所で、意識がそれた。
 セレンに抱えられたモーズが、上から降ってきたからだ。彼は教会のど真ん中に着くや否や、運んでくれたセレンに降ろして貰い、一目散にフリッツフリーデンへ駆け寄ろうとする。
 クロールは眼中にない。それどころか武装した信徒達も菌糸も、何ならステージ6とわかるアパタイトでさえ気に留めていない。
 ただ真っ直ぐ、フリッツフリーデンを見ている。

「フリーデン、良かった! 大事ないか!? っ! いや、出血しているな! 直ぐに手当を……!」
「来んな」

 だがフリッツフリーデンはアイギスを用いて自身とモーズの間に壁を作り、牽制した。
 肩に空いた穴はフリッツフリーデンの体内にいるアイギスで塞ぎ止血し、既に治療を始めている。手当ての必要などない。
 立場も職務も全て放棄し、決死の思いでアパタイトの前まで飛んできたフリッツフリーデンの覚悟。何人たりとも止めさせやしないと、彼はふらつく足で立ち上がる。

「あいつは、あいつだけは、許せねぇ。邪魔するなら、モーズだって殺「知った事か!」」

 がしかし、モーズはフリッツフリーデンの思いも覚悟も丸っと無視してきた。
 いっそ清々しいまでの配慮のなさ。フリッツフリーデンが思わず脱力しそうな勢いである。

「っ、何だそれ! そりゃお前には理解できねぇだろうよ! 全部奪われた挙句こんな、こんな……! 最低な利用のされ方した屈辱がさぁっ!」
「あぁ、わからない! 幾ら考えても! 思いを馳せても! 想像力が欠けた私では、真に理解する日は来ないだろう!」
「だったら!」
「だが関係ない!!」
「関係ないだぁっ!?」
「そうだとも!」

 シュルリ
 モーズが叫ぶと同時に、手首から触手が生える。アイギスと、『共鳴』をしている。

「二度も友人を失って! たまるものか……!!」
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