毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第334話 赤い糸はほつれて絡まって

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 瓦礫やひしゃげた鉄筋、更には護身用に持っていたのだろう拳銃を手にし、臨戦態勢に入る信徒達に対し、クロールは睥睨する。そして後ろにいるフリッツへ指示を請う。

「先生……!」
「クロール、俺の事はいいからあの女を。待つだけだ、それ以上はするなよ?」
「っ、わかりました!」

 応戦の命でなかった事に不満を抱きつつも、クロールはフリッツの願い通り、自身を囲う信徒達を無視し大理石の床を蹴り上げると、アパタイトの目の前まで一っ飛びで移動をした。
 信徒達のどよめく声をバックグラウンドに、そのままクロールはアパタイトの腰に手を回し片手で持ち上げる。

「きゃあっ!?」

 甲高い悲鳴をあげるアパタイトの事など気にもせず、クロールは眉間にシワを寄せた。

「……!? こいつ、!」

 華奢な少女、という見た目からは想像できない程に、重い。岩でも持っているかのような重量だ。
 ウミヘビであるクロールだからこそ持ち上げられたものの、常人では不可能だろう。それほど、人間ではあり得ない質量。比重。

「あ~……。……そっか」

 ステージ6。
 確信を持てたフリッツは、深い深いため息を吐いた。
 モーズが導き出した“見分け方”。脳の深部まで『珊瑚』に侵されていると、人間ではないと断言できる方法。
 ――フリッツの幼馴染はもう、いない。

「聖女を離せ!」
「この悪魔!」

 聖女ことアパタイトを抱えるクロールを退治しようと、信徒達が石を投げ付ける。ただし、アパタイトに当たると事だからか、発砲はしていない。
 片すのならば、今だ。

「クロール」
「はい」
「処分、頼んだ」
「お任せあれ」

 ようやく殺処分の許可を得られたクロールはにやりと口角をあげると、右手でアパタイトの胴体目掛け、手刀を打ち込もうとする。
 命の危機に瀕したアパタイトは、咄嗟に両手で手を握り祈りを捧げた。

「あぁ、どうか救済を! わたしを救済してください! 『珊瑚サマ』!」

 至近距離からの攻撃に、逃げる事も抵抗する事も叶わないからの祈り。そう判断したクロールは歯牙にかける事なく、手刀を彼女の腹部に捩じ込め……なかった。
 指先がめり込んだ所で止まってしまったからだ。正確には絡め取られている。
 真っ赤なミミズに似た触手、いや、

「なっ!?」
「本性、現したか」

 クロールが驚愕している間にも、アパタイトの身体は腹部を中心に。編み込んだセーターの糸が解かれるように、赤い毛糸状菌糸に変わっていき、少女という形を崩し、それによって作られた“毛糸”の束でクロールの腕を縛り付けた。
 一体何が起きたのかと、クロールも信徒も状況を把握できず混乱した。人によってはクロールの手によってアパタイトがのだと思い、罵倒を浴びせ、そのまま鉛玉を撃ち込もうと拳銃を構える。

「ここにいるよ~」

 だがその時、緊張感を感じさせない明るい声が廃墟に響いた。その声の主、アパタイトは、演説をしていた時と変わらない、傷や汚れ一つない姿で立っていた。
 廃棄の出口の前、フリッツの後ろに。
 ワッと信徒達から歓声があがるなか、フリッツは冷静に状況を整理する。
 先程まで演説をしていた彼女は、分身だったのだろう。イギリスの菌床で水銀が対時したという、黒いドレスを着た少女も無数の分身を駆使していた。再び現れたアパタイトも、恐らく分身。
 本体はどこに、とフリッツが周囲への警戒を強めた瞬間、自身の足場が血溜まりのように真っ赤に染まり、そこから“毛糸”が生えてきてフリッツを囲い込む。
 “檻”のように。
 しかもただフリッツを閉じ込めるだけでなく、廃墟の出口も壁の大穴も“毛糸”を出現させ、塞いでしまった。誰も逃れられなくなるように。

「先生! フリッツ先生!」

 クロールが自身を拘束する菌糸を引き千切りながら叫ぶ。腕に巻き付いた菌糸は毒素で死滅できたとはいえ、足や胴も拘束する菌糸も、いちいち掴まなければ千切れない。しかも女性一人分という質量が質量なので、なかなか毒素が回らない。
 毒霧を使えば、とクロールは大雑把な手を使いたくなるが、それはできなかった。
 使ってしまえば、フェイスマスクを付けていないフリッツも中毒に陥らせてしまうからだ。

「こっちは大丈夫だ! それより! ここからは菌床処分になる! 民間人の避難を最優先にしてくれ、クロール!」
「またそんな手緩い事を! 今は貴方の安全確保が第一で……っ!」

 パァンッ!
 鉛玉が、クロールの頬をかすめた。信徒の一人が、とうとう撃ったのだ。人の形をしているモノを殺傷する、という恐怖や罪悪感に打ち勝って。
 ビキリと、クロールの額に青筋が浮かぶ。

「雑魚共が……!!」

 頬に走った傷は青い血を一筋流した後、瞬く間に塞がる。ウミヘビであるクロールにとって、傷の内には入らない。
 だがもはや関係ない。信徒は明確な意思を持って引き金を引いたのだ。反撃されても文句は言えまい。
 腰のウエストバックにしまっていた、分銅鎖型の抽射器を手にすると、毒素を纏わせ鎖を操る。
 鎖は蛇のように優雅にしなやかに動き、クロールを拘束していた毛糸状菌糸をあっという間に死滅させた。
 自由の身となったクロールこと悪魔を前に、パニックに陥った信徒達は更に攻撃的となり、瓦礫や石や鉛玉や鉄筋を投げ付けてくる。

「クロール! 殺すのは『珊瑚』だけだ、加害すんなよ!?」
「生憎と一方的に嬲られる趣味はないもので、約束はできませんね!」

 自身に向けられる攻撃の全てを抽射器の鎖でいなしながら、クロールは信徒達を牽制した。
 攻撃が効かないと見て逃げてくれればいいが、ここで蛮勇を抱き立ち向かいでもすれば、クロールは容赦なく手を下すだろう。
 犠牲者が出る前にさっさと“檻”から出なくては、とフリッツが菌糸へ手を伸ばした時、真後ろから声をかけられた。

「フリッツ」

 アパタイトが、フリッツと同じ“檻”の中にいる。
 フリッツは警戒を強めつつ、振り返り彼女と向き合った。

「あたし帰ってきたんだよ? どうして喜んでくれないの?」

 ステージ6は瞬間移動のような能力を使えるらしいから、移動してきたのだろう。
 フリッツを惑わす為に、わざわざ。

「また街を案内してよ、シティボーイくん」

 軽い口調で話しつつ、アパタイトは右手を差し出してくる。
 その手を、フリッツは叩き落とした。

「いったぁ~。酷いなぁ、シティボーイくん。ちょっと身体が変わったけど、あたしはあたしだよ? なのにどうしてあたしだって認めてくれないの? 寂しいな」
「白々しいな。閉じ込めるだけで俺を生かしている理由は何だ? さっさと言えよ」
「理由? 久し振りに会った幼馴染と話すのに理由なんている? あぁでもそうだなぁ。強いて言うんなら……あの悪魔を殺してくれたら、悪魔を連れてきた事をチャラにしてあげる」

 それが目的か。フリッツは奥歯を噛み締めた。
 アパタイトがフリッツと至近距離にいる間は、フリッツを巻き込んではいけないとクロールは手を出せない。天敵であるクロールを片すまでフリッツを利用しよう、という腹積りなのだろう。

「それからねぇ。結婚してあげるよ。あは」

 軽い口調で話しつつ、アパタイトは再び手を差し出してきた。
 今度は、左手を。

「指輪ちょーだい? フリッツ」

 直後、フリッツの目の前が、真っ赤に染まる。
 怒りで結膜の血管が切れ、充血したのだ。

「クララの、顔で」

 その怒りを抱いたまま、フリッツは右腕の袖を握り締め、捲りあげ、

「巫山戯たこと抜かすんじゃねぇよ!!」

 腕を曝け出す。

「――起きろ、アイギス!」

 そして腕の体表へミズクラゲ型アイギスを呼び出し、体外へ、放出した。

「お前は俺が、殺す」

 
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