毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第352話 幼少期

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「ジェットコースター楽しかったねー!」
「ううむ、三半規管が……」

 モーズが初めて体験したジェットコースターは、ひたすら景色が目まぐるしく変化する事に加え、上に下に右に左に、挙句の果てにぐるりと一回転するレールを走ったものだから、「目を回していたらよくわからない内に終わった」という感想になってしまった。
 一緒に乗ったオニキスは心ゆくまで楽しめたようで、ジェットコースターから降りても変わらず興奮しているが。

「あっ、ねぇねぇ! 次はあれ乗ろうよ、あれ!」
「そう引っ張らなくても、アトラクションは逃げないよ」

 そんなオニキスの次の標的は高所まで登って垂直に落ちるアトラクション、フリーフォールなようで、いち早く向かおうとモーズの手を引っ張り小走りに駆ける。
 引っ張られるがままモーズも走っていたが、不意に遊園地の景色が消え白く無機質な部屋が眼前に飛び込んできた。中央に大きなガラスの筒がある、おかしな部屋。
 このままではガラスにぶつかる。モーズは反射的に足を止め、オニキスの手をぐいと引っ張った。しかし次に瞬きをした時には景色は遊園地に戻っていて、白い部屋もその中央にあったガラスの筒もなくなっていた。

「モーズ? どうしたの?」
「えっと、あれ……?」

 ただガラスの筒があった場所には、灰色の髪をした子供が立っている。
 その子供は髪をポニーテールに纏め、中性的で可愛い顔立ちをしていた。

「セレン」

 見知った顔を見たモーズは彼の名を呼ぶ。自分達と同じく、10歳程の幼い姿をしたセレンの名を。
 幼い。子供が楽しむ遊園地に幼い子供が訪れるのは何もおかしくない筈なのに、何故か猛烈に違和感を覚えてしまう。

「貴方、どうして私の名前を知っているんですか?」

 名を呼ばれたセレンは黒目がちの瞳にモーズを映し、不思議そうに小首を傾げている。

「どうして? え? あ、あれ……? どうして、かな」

 
 モーズ自身訳がわからず、混乱してしまった。

「変な人ですね」
「そ、その、セレン、でいいんだよね?」
「いいですけど」
「セレンはどうして広場の真ん中にいるの? ここ何もないよね?」
「決まっているでしょう。迷子です」

 腰に手を当て、堂々と言うセレン。

「お父さんとはぐれてしまいました」
「それは大変だ。スタッフに伝えて……。……?」

 迷子然としてはいないものの、セレンを心配したモーズは周囲を見回して大人の姿を探す。しかし遊園地には大人はいなかった。スタッフや保護者を含め、誰一人。いるのは幼い子供達だけ。
 そういえば今まで一度も大人を見ていない。アトラクションの案内係やショップ店員は皆、自動人形オートマタが担当しており、頼れる人が誰もいない。
 だからとセレンを放っておけないと思ったモーズは右手を差し出し、こう提案をした。

「お父さんが見つかるまで、一緒にいない?」
「一緒に……」
「皆んなで探した方がきっと早い」
「え~。人探しするの? 折角遊びに来たのに」

 オニキスが不満をこぼす。遊ぶ時間が減るのが嫌な気持ちもわかるので、「じゃあ」とモーズはこう続けた。

「遊びながら。アトラクションを回りながら、探そう。遊ぶのも皆んなと一緒の方が、楽しいよ」
「……。わかりました」

 セレンは少し逡巡する様子を見せた後、モーズの手を取って、隣に立った。

 ◆

「茶化さないでください。私は貴方を殺しに来たのです」

 呑気に椅子に腰掛けたままのフルグライトを、セレンは冷たい目で見下ろす。

「それにしてもトールはステージ6だったのですね。つまり不老不死を目指しておきながら病に倒れた、と」
「《御使い》と呼んで欲しい所だが、まぁいいか」

 直後、フルグライトの足元を中心に真っ赤な菌糸が血管のように床へ広がっていく。それは瞬く間に食堂に置かれた机や椅子や棚、壁や天井にも張り巡り、まるで内臓の内側かのような光景を作り出した。
 菌床を、展開したのだ。

「それから私は、不注意から感染した訳ではない事は伝えておこう。自分から『珊瑚』を迎え入れたのだよ。私達の悲願である、不老不死になる為に」
「しかしそこまでしておいて、なれていない」

 ヒュッ
 セレンがチャクラムを投げる。指先だけの力で。しかしチャクラムは床に落ちる事なく真っ直ぐ飛んでいき、

「殺せば死ぬのですから」

 そのまま軌道上にあったフルグライトの首を、落とした。
 首が無くなったフルグライトの身体はパキンと音を立て、粉々になってしまう。割れたガラスのように。

「アパタイトと同じく分身を使うのですか。芸のない」

 その手応えのなさから分身と判断したセレンは、飛ばしたチャクラムを手元に戻しつつ肩をすくめて呆れた。

「彼女に続き、モーズ先生を人質に取りますか? もしその気でも無駄、とお伝え致しましょう」

 次いでチャクラムを口元まで持ってくると、輪っかの空洞に向け息を吹きかける。シャボン玉を飛ばす時と同じ動きだ。
 ただしチャクラムを通して現れたのはシャボン玉などではなく、赤色をした――毒霧だ。

「私は誰を巻き込もうと殺します。必ず、貴方を」

 徐々に食堂に充満していく赤い霧。
 すると菌床の展開が早まり、食堂の出入り口に菌糸の壁を生成し塞いでしまう。セレンが放った毒霧が、マスクを付けていないモーズの元へ届かなくなるようにする為だ。
 予想通りの動きをしていたフルグライトに、セレンはほくそ笑む。

「モーズ先生がいる事によって身動きが取れなくなるのは、寧ろそちらだ。私には守るべきモノはありませんからね。とても気が楽です」
『《テルル》は元気かい?』

 が、その一言で笑みは消えた。

「それを、貴方が訊きます?」
『気になるじゃないか。私は君達の、なのだから。それでどうなんだい、セレン。テルルとはうまく』

 再びチャクラムが放たれ、フルグライトが座っていた椅子が輪切りにされる。

『いっていないようだね』
「動揺を誘いたいのですか? 逆効果ですよ」
『嘘はよくないね。体温があがり脈拍も早くなっている』

 バイタルが筒抜けである事に奥歯を噛み締めるセレン。冷静に対処しなくてはならないのに、平常心が保てない。
 姿の見えないフルグライトが言葉を発する度に、ただただ怒りと憎悪が募っていく。

『その気になれば脳波を読むのも容易いが、父が息子のプライバシーに踏み込むのはいけない』

 ぼこり
 床を侵蝕していた菌糸が盛り上がり、コブを形成する。人間大の大きさにみるみる成長したコブはやがて真っ二つに割れ、中から獅子と山羊の頭に蛇の尾を持つ、神話で描かれるキメラに似た、真っ赤な怪物が姿を現す。

『セレンはアレキサンドライトを気に入っているのだろう? なら、こちらに下ってはどうだ? オフィウクス・ラボを出て私の庇護下に入れば、悪くない待遇を』
「死んでもごめんですね」
『反抗期かな? 昔は素直で甘えん坊で、可愛かったというのに』

 ぼこり。ぼこり。ぼこり。
 次々と作られるコブに、そこから出てくる赤いキメラ。鼠算式に増えていったキメラは一瞬で群れをなし、セレンを囲った。

(私の毒霧の中でここまで動けますか。ステージ6は第三課の毒素でなければ効果が薄い、という事前情報に間違いはないようで)

 自分の毒はあまり効かない。それがわかったのならば、やる事は一つ。
 セレンはチャクラムを構えた。

「では、腐食します」

 物理的に壊す為に。


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