毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第383話 偽物

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 時は一日前に遡る。

「モーズ先生と連絡がつかない」

 フランスの都心。計算し尽くされた幾何学的で美しい街の景観を高所から眺めることができる、マンションの一室。
 その中で安楽椅子に座っている金髪金眼の医師、ルチルは眉間にシワを寄せ、自身の携帯端末の画面を凝視していた。何度も画面を操作し、メールや電話の受信歴を更新。最新の状態を確認してみるものの、履歴は変わらない。
 そんな不毛な行為を繰り返すルチルを、ベッドに腰掛けていたラリマーは呆れた様子で眺めていた。

「単に忙しいのでは?」
「今まではメールを送れば、一日以内に必ず返信をくださっていました。それがもう3日も返ってきていません」
「粘着質な恋人のようになっているな、お前……」
「3日前といえば、フルグライトがモーズ先生に接触した日です。あの人また何かやらかしましたね……?」

 ドン引きしているラリマーを無視し、ルチルはようやく更新の手を止め携帯端末をサイドテーブルに置くと、片手を顎に添え、もう片方の手の指先で安楽椅子の膝掛けをトントンと叩き始める。
 見るからに苛ついている。
 ペガサス教団の教祖の計略により、クスシの一人であるフリーデンの関係者、その死体を元に産まれたアパタイトを餌にした結果、フリーデンだけでなくモーズも誘き寄せる事に成功。なおかつセレンがフルグライトへ接触を計ってきた事を利用し、モーズを孤立させるにまでに至った。それが3日前の出来事。
 そこまでは順調だった。あとはフルグライトがモーズを本部へ導けば、教団の悲願に大きく近付く――はずだったところ、クスシの中でも厄介極まりないフリードリヒが現れた事で、全てが狂ってしまった。
 ルチルはその時に起きた出来事の仔細は把握していないものの、モーズごと攻撃に巻き込もうとしたりと、無茶苦茶な有様だった話は聞き及んでいる。

「コールドスリープが施された? ペガサス教団信徒との連絡を一切断つよう命じられた? ……まさか、安楽死させられたなんて事は……」

 最悪の予想が脳裏に過ぎり、気が気じゃないといった様子で爪先で肘掛けを引っ掻くルチル。

「そんなに落ち着かないのならば、島外に出たクスシをひっ捕え、吐かせればいいのでは?」
「ラリマーがやってくれるんですか?」
「はぁ? なぜ俺が」
「ワタクシはモーズ先生の前では《御使い》ではなく一般人で通しているので、菌床に姿を現す訳にはいかないのですよ」
「なら諦めろ」

 ラリマーにばっさりと言い切られ、ルチルはムッと右目をすがめた。
 しかしルチルの機嫌などラリマーには関係のないことで、彼は淡々と現状を冷静に分析する。

「オニキスも壊された所だ。教祖様も変な所で御使いが減る可能性は避けたいだろう」
「これは教祖様にとっても大事な事で、決して変な事ではないのですが……。そもそも、接触に失敗したフルグライトが確かめてくれませんかねぇ」
「あいつも教祖様の言う事以外、聞かないからな」

 ぎしり
 そこでルチルは安楽椅子の背凭れに体重を預け、天井を仰ぎ見た。そしてその状態で暫し思案をすると、何やら渋い顔をした後、サイドテーブルに置いていた携帯端末を再び手に取る。

「……。この手は使いたくなかったですが」
「どうした? 何か案があるのか?」
鶏血けいけつに、助言を請います」
「鶏血に?」

 ペガサス教団の伝道師ながら、御使いではない未成熟子。世間で言うステージ4未満の信徒、鶏血。
 中国人という点を入れてもなお小柄で弱々しい、にも関わらず態度は尊大で口も悪いという、他者の神経を逆撫でする為に生きているような男だ。
 ただしその頭脳は本物で、思いもよらない策略を巡らせ対象を追い詰めにかかる切れ者。相談者としては最適である。
 ……過度に要求されるだろう見返りから目を逸らせば、だが。

「ルチル。お前がしたいのは、自分の立場を露見させずにアレキサンドライトの現状を探ることだろう? 幾ら鶏血といえど、可能なのか?」
「何かしらの案は出してくれるかもしれません。例え駄目元でも、何でも聞いてみるものです」

 意を決したルチルは鶏血に向けビデオ通話をかけ、ホログラム画面を部屋の壁に投影する。
 間もなくして鶏血は通話に応答。いつも通り、陰陽を表す太極図がデザインされた仮面を顔に付けた状態で画面に出てくれた。
 そしてルチルは手短に要件を伝えてみると――

『アレキサンドライトの安否を知りたイ? 簡単ヨ』

 彼はあっさりとそう言い切った。

「何っ!?」
「本当ですか……っ!」
『本当ヨ、本当。アタシ嘘つかなイ』
「それは嘘だろう」
「面白い冗談ですね」
『信用されてなイ!? アタシ悲しいヨ!?』

 2人に即座に否定された鶏血は、ワッと両手で顔を仮面越しに覆う。次いでヨヨヨ、という泣き真似が通信越しに聞こえてきた。

「それで、具体的な方法はなんでしょう?」

 鶏血の芝居がかったジェスチャーなど気にせず、ルチルは本題へ切り込む。

『……報酬ハ?』

 そこでちらりと、鶏血は顔を覆っていた手の指の隙間を広げ、ルチルの様子を伺ってきた。
 予想通りの発言に、ルチルはふっと屈託なく笑う。

「お金でも物でも労働力でも。もしも人手が必要でしたら駆け付けますよ、ラリマーが」
「はぁっ!? おいルチル、俺を巻き込むなっ!」
『よろしイよろしイ。取り引き成立ネ。後でこき使わせて貰うヨ、ラリマー』
「勝手に話を進めるなぁっ!」

 許可なく報酬にされてしまったラリマーが怒る前で、鶏血はマイペースに真っ赤な扇子を広げると、顔を仮面越しに仰ぎ出す。
 ラリマーの怒声など聞こえていないかのようだ。

『それじゃ方法を話すヨ』
「はい。どうぞ」
「お前達、後で覚えていろよ……?」
『案は幾つかあるがネ。クスシを管理している国連上層部にちょっかい出すのは、リスクが高イ。ハッキングした時に逆探知でもされたら事ヨ。アレキサンドライトが現れるまで菌床を作るか、やってきたクスシを捕らえ情報を吐かせるのも危なイ。奴等はウミヘビとセット、処分に巻き込まれてお陀仏は勘弁ヨ。また同胞が壊れたら教祖様も悲しむネ。だから安全圏で情報を開示させるのヨ』
「勿体ぶりますね、鶏血」
「さっさと要点を言え。くだらない案だったら許さんぞ」

 ルチルとラリマーが口を揃え、険のある視線を向ける。
 対する鶏血は仮面の下で口角を上げたような雰囲気を醸しつつ、わざとらしく扇子で顔を隠した。

『アレキサンドライトの偽物を公共の電波に乗せればいいのヨ』

 そして告げられた一言に、ルチルとラリマーは一瞬だけ思考が停止する。

「……偽物?」 
「ええと、鶏血? それでどうして情報を得られるのですか?」
 『偽物のアレキサンドライトには、オフィウクス・ラボの印象操作をさせる。勿論、ネガティブな方向でネ。元よりアレキサンドライトはパラス国の英雄、世間からの注目度が高イ。メディアは必ず喰らいつク』

 クツクツと、仮面の下から鶏血の笑い声が漏れた。

『後は世間の好奇心が、勝手に暴いてくれるだろうヨ』
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