毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第389話 《ストリキニーネ(C21H22N2O2)》

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「まだ捕まえられていないの?」

 スイス。国際連合本部ビルの一室。
 そこでは人工灯の下だろうと輝くプラチナブロンドと、鮮やかな赤色の瞳を持つ壮年の男性が、目の前に無数に浮かぶホログラム映像に向けて喋っていた。彼の着るスーツの左胸、ポケットの上には、国連のエンブレムが描かれた金のバッチが輝いている。
 国連警察所属の司令官、アダマス。
 そしてホログラム映像の向こう側にいるのは、彼の部下達である。

「オフィウクス・ラボから苦情が来ているよ。我々の仕事だというのに成せていないのは怠慢だ、と」

 アダマスは革張りのソファに座し、柔らかい声音で語りかけるが、彼の赤色の瞳は氷のように冷たい。
 捕縛が叶っていない対象は、世間を大層騒がせているモーズの偽物こと『アレキサンドライト』である。

「注目を集められるからと、メディアも食い付いて……。報道の自由とデマの拡散は別だろうに。規制も追い付いていなくって、ネットは今、アレキサンドライト一色だ。こんなにも彼の場所を特定するヒントは沢山出ているというのに、どうして捕まえられないの?」

 ふ、と。アダマスは足を組み、静かに溜め息を吐く。
 上層部たる彼に失望されてしまった事に、ホログラム映像越しの部下達は慌てふためいた。

『申し訳ありません! 私はテレビスタジオに突入したのですが、奴の姿は既になく……っ』
『私は生中継されていた公園へ急行したのですが、まるで雲のように消えてしまい!』
『し、しかしフェイク映像に踊らされた訳ではありません! 我々が向かう直前まで、確かにホシは現場にいたのです! いた筈なのですが! ……っ!』

 部下達は口々に釈明を述べるものの、アダマスにはさして響いておらず、表情を変える事はなかった。
 誰一人として、有効打を語る者がいなかったからだ。

「足取りを追うのは最優先として。情報規制も引き続き取り組んでね。彼は次から次へと動画をあげているみたいだから」

 アレキサンドライトはSNSや動画投稿サイトを駆使し、ペガサス教団を布教すると共にラボの危険さを啓蒙し続けている。監視AIに引っかかり次第、即座に規制をかけてはいるものの、頻繁に投稿される事と民間人の拡散力の強さが合わさり、中々消しきれていない。
 これだけ彼は彼方此方に形跡を残しているというのに、捕えられていないのは無能と蔑まれても否定ができない。アダマスの心情は穏やかではなかった。

『アダマス司令官、一つよろしいですか?』

 その時、一人の男がホログラム映像越しにアダムスの名を呼ぶ。

「マイク、どうしたんだい? 今回の騒動はヨーロッパでの話。君は管轄外だろう?」

 声の主はマイク。
 アダマスの言う通り、アメリカ支部に所属する彼にとってアレキサンドライトの件は管轄外だ。今回はあくまで情報共有をする為に、この場で呼ばれただけ。

『管轄外な事は承知しております。その上で、捜査に関わる事を許して頂きたく』
「……何か、案があるんだね?」
『はい』

 力強く肯定したマイクの目は、真っ直ぐアダマスを見詰めている。自身の評価が下がらないよう中身のない言葉を紡ぎ、ただただ慌てふためいている他の部下とは大違いだ。
 アダマスは柔らかく微笑む。

「わかった。君にも捜査権をあげよう。いい報告を待っているよ、マイク」

 ◇

「げぇっ!」

 ネグラの食堂にて、アコニチンから悲鳴のような声が漏れた。
 ガタガタと大きな音を立てて席から立ち、頬を引き攣らせた状態で凝視しているのは、モーズとフリッツの背後に現れた赤黄色の髪をしたウミヘビである。

「《ストリキニーネ》じゃないか! なんであんたが食堂ここにいるんだいっ!?」
「モルヒネがここ最近、話題に出していたモーズ殿を確認したく馳せ参じた」

 あからさまに嫌悪感を抱いているアコニチンに対し、赤黄色の髪をしたウミヘビことストリキニーネは、淡々と答えた。
 《ストリキニーネ(C21H22N2O2)》。アコニチンと同じくアルカロイド系かつ、青酸カリをも上回る致死性を持つ毒素である。天然では植物のマチンから取られ、毒矢の毒として利用されるなど、古来から人の関わりが深い毒素だ。

「しかしここは公共の食堂。誰がいつ何時なんどき、足を運んでも問題なかろうに」
「よくないよ! 今はチビがいるんだから出て行っておくれ!」
何故なにゆえ?」
「教育に悪いからに決まっているじゃないか!!」

 平素は大らかに構えているアコニチンは声を張り上げ、ストリキニーネに退所を促す。
 しかしストリキニーネは姿勢正しく立ち、所作も口調も上品で、粗暴な印象を受けない。よってアコニチンが何を懸念しているのかわからず、モーズはフリッツに小声で補足を求めた。

「教育に悪い……?」
「あ~、うーん……。ストリキニーネくんはね、口がちょっと……」
「ほう、それがしが教育に悪いとな? いやはや、まこと滑稽極まる。多種多様な者に揉まれる事もまた教育だろうに。雨風に晒されてこそ、草木は逞しく根を張るもの。尤も甘やかされた温室育ちをお望みならば、それはそれで結構。しかし貴殿の言い草から察するに、芽吹いたばかりの双葉を『教育』の大義の元、日陰に隠そうとしておるな? それでは育つものも育たぬものよ。それとも枯れ草に水を注ぐのが趣味であったか? それは失敬。生憎とそれがしは腐葉土にはとんと疎くて」

 淀みなく、立て板に水を流しているかの如くつらつらと。
 唐突に長口上を述べたストリキニーネに、モーズはマスクの下で目を丸くした。しかも彼の言葉を要約すると、「その教育方針だとアトロピンは腐る」と容赦なくアコニチンの教育方針を否定している。

「長ったらしい説教聞きたいんじゃないんだよ、こっちは! さっさとフリードリヒんところ戻ればいいじゃないかっ!」
「それはできぬ相談よ。それがしはモーズ殿に用があって赴いたのだから。見てわからぬか? あぁ、貴殿の足りぬ頭では理解が及ばなかったか。これは失敬」
「あーんーたーねぇ~っ!!」
「ス、ストリキニーネ!」

 ストリキニーネにちくちくと言葉で刺されたアコニチンが今にも手を出しそうだったので、モーズは慌てて席を立ちストリキニーネの注意を自分へ向けた。

「私に用があるのだったな。では外で話さないか? 今日は天気がいいのだし」
「それは良案。では早速、陽の光を浴びに参ろう」

 ストリキニーネがさして躊躇うこともなく承諾してくれた事に安堵しつつ、モーズはフリッツに「すまないが失礼する」と軽く会釈をした後、ストリキニーネを連れ食堂の出口へ足を進める。
 が、ストリキニーネは食堂の出る直前、くるりと踵を返しアコニチンを一瞥し、

「某はこれにて。双葉が腐葉土どころか枯山水にならぬよう、よくよく励むとよい」

 置き土産と言わんばかりの挑発をしてから、食堂を出て行った。
 直後、アコニチンの怒声が響いた気がするが、揉め事を極力避けたいモーズは振り返らず足早に歩く。
 そして食堂から幾分か離れた後。モーズは一つ息を吐き、隣を歩くストリキニーネへ顔を向けた。

「それで、私に何の用だ」
「そう身構えるな。某はただ、モルヒネの関心の正体を知りたかっただけよ。彼奴を前にしても堕ちず、羽ばたきを続けている鳥……。気にならぬ訳がなかろうて」

 ストリキニーネは口元に薄い笑みを浮かべ、軽く顎を上げる。
 獲物を前にした、狩人の目をした瞳にモーズを映して。



 ▼△▼

補足

ストリキニーネ(C21H22N2O2)
樹木マチンの樹皮や種子から取れる猛毒。アルカロイド系の毒物の一種。
日本では毒物に分類されている。昔から毒矢に用いられていた。
用途としては分析用試薬、強精剤、殺鼠剤や害獣駆除剤など。シートン動物記など文学や映画にもよく登場する。
単体では無色。または白色か、薄い黄赤色の柱状結晶。

余談だがストリキニーネの摂れるマチンは非常に『苦い』。そしてストリキニーネ自体も苦薬として知られている。ほんのちょっとの量でもめちゃくちゃ苦いらしい。しかも中毒の効果は激痛をもたらす。ドSか?
彼の毒舌さはここから来ていたりいなかったり。
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