毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第392話 人造人間造り

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「実はな。人造人間ホムンクルスを造るのに必須になる《卵》を、ようやく手にすることができた。僕らが目指す不老不死に一番近い生命体を造れるんだ、興奮しないか?」

 非現実的な事をつらつらと喋りながら、室長はフラスコに入った《卵》をおれに見せてきた。
 よく晴れた日の海を固めたような、楕円形の物体。これが人造人間ホムンクルスの核であり、心臓になるんだと。よく知らんが。

「ただし、造る時に一つ気を付けないといけない事がある。我々の命に関わる事だ、心して聞いてくれ」
「何だ。勿体ぶらずに言え」
「この《卵》を使って造った人造人間ホムンクルスは有毒人種になるという事だ」
「有毒人種?」

 それは毒蛇や毒蛙、蠍か何かになるということか?
 それで何を気を付けろというのやら。噛まれないようにしろとか、そういう話か?

人造人間ホムンクルスは毒の息を吐く他、血も全て毒に当たる。かすり傷程度の出血でも中毒に陥る、という研究レポートも入手した」

 室長はおれに人造人間ホムンクルスに関する資料の束を押し付け、読み込むよう命じた。
 資格試験を受けた時もそうだが、いつもいきなり勉強しろと言ってくるな、こいつは。

「防毒服の用意は手配しているが、管理には重々気を付けろよ?」
「用件はそれだけか? おれは戻るぞ」
「あぁ。資料には人造人間ホムンクルスのレシピも書かれている。これは機密事項だ、頭に入れたら燃やしてくれ」
「はぁ。了解した」

 おれは雑に返事を返しつつ、資料をばらばら巡り速読する。人造人間ホムンクルスのレシピ――面倒な手順が多いな。コストもかかる。というか、レシピの内容からして、人造人間ホムンクルスとは名ばかりの存在じゃないか。
 人間と生態が全く異なる。室長が目指しているのは『人間の不老不死実現』ではなかったのか? 見た目だけは人間に寄せているものの、これならば若返りを繰り返すベニクラゲや、焼いても凍らせても死なないクマムシを研究した方がまだ有意義な気がするが……。
 まぁ、どうでもいいか。造れというのなら、造るだけだ。

 室長はにやにやと嫌な笑みを浮かべ、おれが人造人間ホムンクルス造りにかかっている様子を眺めていた。気が散る、と言っても離れやしない。
 何なんだあいつは。また研究員に文句を垂れたら、「室長はおれが失敗するのを待っている」のだと言う。

 失敗? 何故?
 レシピの材料ならば揃っているんだ、どうして失敗すると? そしてどうしてそれを待っている? 成功を積み上げた方が室長も実績ができ、出世とやらができるんじゃないのか?
 やはりあいつの考える事はよくわからん。もういい、奴は放っておこう。

 人造人間ホムンクルスは直ぐには完成しなかった。提供された《卵》が人工人体に馴染まないからだ。レシピ通りに造っても、レシピの中に書かれた《卵》とおれが使っている《卵》は違うからな。これはまず《卵》の特性をよくよく研究しなければ、人工人体への移植は難しそうだ。
 だからおれはフラスコの中の《卵》を徹底的に調べ、分析し、解析し、《卵》に相応しい人工人体を造った。頭のてっぺんから足の爪先まで計算して、だ。

 幾分か時間はかかったが、《卵》に合う人工人体の製造は完了。《卵》の移植後も拒絶反応などなく、《卵》は手筈通り青い血を生成し人工人体へ巡らせている。経過は順調。
 後は脳と《卵》がリンクし、人造人間ホムンクルスとして目覚める時を待つ。らしい。いつ目覚めるのかは知らん。

 そこまでを室長に報告をしたら、「目覚めなければ成功したとは言わない」とかで、おれは研究室でその時まで待機していろと命じられた。
 研究室を寝床にするのは久し振りだが、まぁいいか。鍵をかければ口煩い室長や、ビク付く研究員が入って来ないのだし。鍵がかからない自室よりもある意味、快適に過ごせる。
 おれは人造人間ホムンクルスが入っている培養槽を一瞥した後、寝袋にくるまって夜を過ごした。

 そして夜中、物音が聞こえて目が覚めた。
 培養槽の中の人造人間ホムンクルスが、動いている。膝を両腕で抱え胎児のように丸くなり、ゆっくりと回り、時折りガラスにぶつかって音を立てている。

(ようやく成果が出たか)

 おれは寝袋からもそもそと出て実験台に置いておいたパソコンを開き、レポートを残す準備を始めた。経過を記録しないと室長が煩いからな。
 ぼんやりと観察していた所、おれは違和感に気付いた。

 人造人間ホムンクルスに、髪の毛が生えてきている。
 目覚めた後も検査がし易いようにと、あえて生やしていなかったと言うのに。後で剃らなければならないか、面倒だなと考えながらおれは観察を続ける。
 髪の毛の色は紫がかった薄桃色をしていて、人間の持つ色素とはかけ離れている。これも異質だ。そんな遺伝子情報、組み込んでいないというのに。
 次に人造人間ホムンクルスはバキン、ボキン、という音を立て、骨を、変形させた。
 皮膚が不自然に引き延ばされ、骨の形が目視でわかってしまう。まさかこのまま皮膚を突き破って出血、挙句に死ないだろうな、とおれが内心面倒臭く思っていると、骨はものの数分で人間らしい形へと戻った。
 そしておれの設計した人体とは異なる体躯に落ち着いた。

「……は?」

 細胞一つ一つ計算し尽くして造った筈の人造人間ホムンクルスの身体は、原型を留めない程に変質し、設計者である筈のおれの知らない姿となって、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
 培養槽越しに、紫がかった、赤色の瞳と、目が合った。

 衝撃だった。

 眠たげな目。長い睫毛。薄く微笑む、厚ぼったい唇。真っ白い肌。細い体躯。繊細そうな指先。
 まるで散りかけの花のように儚く、

 ――美しい。

 今まで目にした何よりも、これから目にする森羅万象を含めても、きっとこの人造人間ホムンクルスより美しい物は存在しないだろう。おれは確信した。
 直後、掻き立てられる庇護欲。芽生える奉仕心。全てを捧げてもこの美しい生き物の輝きを守らなければ、と願う使命感。
 いつだか教養として、室長に読まされた聖書に載っていた一節が、今ようやく理解できた。

 目が開かれるとは、この事か!!

 あぁ、何だ。おれはこの美しいモノに巡り合う為に、ここへ流れ付いたのか。神とやらもたまには仕事をする。
 この美しさを誰よりも先に見る事が出来て、おれは何て幸せ者なのだろう。名前、そうだ名前。この美しいモノの名前。宿す毒素によって名前が定められると室長は言っていたな。

 《モルヒネ(C17H19NO3)》。
 この美しいヒトの名はモルヒネか。モルヒネ、モルヒネよ!
 おれは今この瞬間から、おれの全てを君へ捧げよう!

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