毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第393話 崇拝

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 このまま研究所に留まっていても、モルヒネは実験体として骨の髄まで搾取されるのは目に見えている。四肢を切り裂き血を吸い取り、他者を美貌で惑わせ、あらゆる方法で利用する事だろう。

「出て行くか」

 何の未練も躊躇もなく、おれはモルヒネと共に研究所を去る事に決めた。
 そうと決まればおれはモルヒネを培養槽から出し、シャワー室で爪の先から髪の先まで洗浄、手入れもすまし服も着せた。予備の作業着しか渡せないのが申し訳ないが、今は仕方がない。

「モルヒネ、おれの声は聞こえるか?」
「……こ、え?」

 モルヒネに服を着せ終えた後、ちゃんと耳が聞こえているか確認する為に声をかけてみたら、彼はどこか眠そうに返事をしてくれた。
 低く心地の良い声だった。頭が痺れる感覚を覚える程の。あぁ、ずっと聴いていたい!

 しかし残念ながら研究所ここでは落ち着く事はできない。モルヒネの五感が正常と判明したと同時に、おれは最低限の荷物をまとめると、モルヒネの手を引いて薄暗い廊下へ出た。

「どこ、行く、の?」
「君に相応しい場所へ。目覚めて早々、歩かせてすまないな」

 行き先はどこにしようか。ひとまずホテルを取ろう。安宿では駄目だ、スイートルームのある高級ホテルでなければ。当面の資金は心配ない。研究所で配給された金は、ほとんどそのまま取っておいてあるからな。
 使わずにいたのも、きっとモルヒネと出会った後の為だったんだろう。今だけは運命を信じてしまいそうだ!

「これ、いや」

 研究所の出口に向かう途中。
 モルヒネは履かせた靴と靴下を脱ぎ、その辺で放り投げた。有り合わせの物を履かせてしまったから、着心地が悪かったのかもしれない。
 しかし裸足で歩かせるのは反対だ。この陶器の如き美しい素肌に傷がつきでもしたら……。考えるだけで恐ろしい!

「モルヒネ、せめて靴下を……」
「いや」
「フリードリヒ!!」

 頬を膨らませむくれるモルヒネをどうにか宥めていると、室長が甲高い鳴き声を発しながらおれ達の前に現れた。チッ、見付かったか。

人造人間ホムンクルス造りに成功したんだな!?」
「見ての通りだ」
「なぜ僕に真っ先に報告しない!? それにどこへ行こうとしているんだ! ……もしやどこか欠陥があって、それを公にしない為、秘密裏に廃棄しようと考えていたのか? ハッ! 失敗を隠そうだなんて、お前もまだまだ子供……」
「欠陥だと!? 何を巫山戯た事を言うんだ、この馬鹿ドゥムが!!」

 モルヒネに欠陥? 廃棄?
 目が眩む程に美しいモルヒネを前にして、よくぞそんな気が狂った事を言えたものだ!!

「なっ……!? お前今、僕を馬鹿だと言ったか!?」
馬鹿ドゥムでなければ阿呆か? それとも目が節穴なのか!? 研究者だと言うのに見る目がないとは、とんだお笑い草だな! えぇ!?」

 おれが怒りのまま言葉を紡げば、室長はたじろいだ。今までおれは、室長の前で声を張り上げた事がなかったからな、驚いたのか?
 しかし室長自身しょっちゅう怒鳴り声をあげているんだ、大声は聞き慣れているだろうに。

「ますます彼をここに置いておく訳にはいかん。おれは出て行く」
「何だって?」
「聞こえなかったか? 出て行くと言ったんだ」

 おれの宣言を聞いた室長は、黒い目を見開いて戦慄いている。嫉妬の対象とやらが消えるんだ、もっと喜んだらどうだ?

「勝手に決めるな! 拾ってやった恩を忘れたのか!?」
「おれは拾ってくれ、と頼んだ記憶はない。それに研究所を間借りした分の働きは今までしただろう。文句を言われる筋合いはないな」
「……っ! お前が出て行くのは、百歩譲って許可するとしても、成果物まで持ち出そうとするのは何事だ!? そいつの所有権は研究所に、僕にあるだろう!?」
「ここに居てはモルヒネは搾取される。だから連れて行く。それだけだ」
「フリードリヒ!? お前はそんな、実験体に同情する精神なんて持っていないだろう!? 今まで散々、人をバラしてきたというのに……! 頭でも打ったか!?」
「五月蝿いな」

 騒ぐばかりで話が全く進んでいない。いつもこいつはそうだ。何と非効率的な事か。
 このままこの場に留まり続け、他の研究員が来るのも面倒に思ったおれは、腰のガンホルダーから拳銃を取り出し、銃口を室長へ向ける。直ぐに引き金を引かなかったのは、おれにモルヒネを巡り会わせてくれた点を考慮に入れての、慈悲だ。

「これ以上ギャアギャアと騒ぐのならば撃つぞ。さっさと口を閉じろ。そして去れ」

 銃口を向けられた室長は、信じられないモノを見る目でおれを見ている。
 おれの方が信じられないのだが? 室長の未就学児並みの聞き分けの悪さが、信じられん。

「……許すもんか」
「あ?」
人造人間ホムンクルスを造ることに成功したのも! 成果物を盗む事も! お前が僕の前から消える事も! 全部全部! 認めるものかぁっ!!」

 一際デカい声を出して、室長は白衣のポケットの中で何かを押した。
 ジリリリリッ!
 彼が押したのは警報機のスイッチだったらしく、五月蝿い警音が響き渡り、赤く点滅するライトが廊下を照らす。
 間もなくして研究員達がバタバタと騒がしい足音を立て廊下へ集まってきて、おれ達を囲む。
 面倒な事になったな。室長なぞ、さっさと撃ち殺せばよかった。10人以上集まるとなると、弾数に不安が残る。
 おれはモルヒネに背中側に隠れるよう誘導し、脱出を優先し、出口の方向にいる研究員を片そうと銃口を室長から他所へ変えようとした。
 その時、

「ケンカ、なの?」

 モルヒネはこてんと愛らしく首をかしげ、おれに不思議そうに訊いてきた。

「似たようなものだ。モルヒネ、前に出たら君は痛い思いをしてしまうかもしれない。おれの後ろに隠れて……」
「いたい、の。いたい、の。だ、め」

 モルヒネは同じ言葉を繰り返し、眉をさげ、少し悲しげな顔をした。
 悲しませる気はなかったのだが、とおれは自分の不甲斐なさに打ち震えていると、おれ達に電気銃を向けてくる研究員の何人かも同じ思いを抱いたのか、苦しげな表情を浮かべた。
 するとモルヒネはますます悲しそうな顔をして、不意に両手を前に掲げる。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」
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