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第十九章 狂信者のカタリ
第396話 抽射器
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その日から、おれは『珊瑚』を毒の排出方法を探究した。
モルヒネに訊ねてみたところ、毒の排出方法は複数あるようだ。口か汗孔から霧として出す、または青い血の瀉血。排出する以外にも、生成し過ぎた毒素は睡眠という形で分解できるのだと言う。ただし何かの拍子で寝違えると分解が追い付かず、中毒に陥るらしい。今回、モルヒネが中毒になってしまった原因はこれだ。早急に解決しなければ。
排出手段の内、瀉血――体外へ流れ出た青い血の毒素は高濃度で周囲への影響が強いらしく、モルヒネは「いや」と言っていた。おれも痛みを伴う方法は反対だ。そもそもモルヒネの陶器と見紛う柔肌に傷を残すなど、冒涜的すぎる。
またモルヒネ曰く、口から霧として毒を体外へ排出すると「うまく動かせないから、いや」らしい。逆に言うと排出量が少なければコントロールができると言う事だ。実際、研究所で毒を使用していた時も、モルヒネが狙った人間にしか効果は及んでおらず、側にいた筈のおれには何の影響もなかった。
となれば、汗孔からの排出が現実的になる。
効率よく集め、固め、操る術を開発しなければ!
おれは豪邸の空き部屋にありとあらゆる機材を搬入し、排出の研究に没頭した。
いかにモルヒネに負担を与えず、快適をもたらせるか!
この研究の進捗は、非常に悪いものだった。これだけ苦労するのは初めての事だ。何せ実用性を確認する為の実験がほとんど出来なかったからな。モルヒネへ協力して貰うのはストレスをかけてしまうから、避けたんだ。
実験を繰り返し最適格を探る、という今までの手法は通用しない。想像力を働かせ人工知能にシミュレートをさせ、雲を掴むような試行を繰り返し、おれは少しずつ方法を探った。
研究が完成したのは、年が明けてからになってしまった。
◇
相変わらず窓の外の景色が赤く色付いている中、おれはリビングのソファに優雅に腰掛けているモルヒネの元へ、小箱を片手に歩み寄った。
「モルヒネ、モルヒネ」
「なぁに?」
「君へプレゼントを贈りたい。気に入ってくれるといいのだが……」
おれは絨毯の上に片膝をついて、小箱を差し出す。そのまま蓋を開けて中身を見せた。
そこにあるのは繊細な彫刻が施された、ガラスのシェリーグラス……を模した、毒素抽出器だ。
「まぁ、綺麗」
「よかったら、これを使ってみてくれ」
「使う、の?」
「あぁ。こう、持ち手に手を添えてだな……」
ワインを入れた時のように手に持って、モルヒネに毒素を中に注いで貰う。
すると毒素なグラスの中で、半透明の花として姿を現した。ガラスの彫刻のような、美しい芥子の花の形を形作ったのだ。
――成功だ!
「モルヒネ。これは君の毒素を効率よく抽出し、固形物に変換する機器でな。ひとまず花の形になるよう調整したのだが……どうだろうか? 何か、不具合はあるか?」
「あら、あら、あら」
グラスの中に作られた花を見たモルヒネは、紫がかった赤色の瞳を見開き、柔らかく微笑む。
そしてソファから立ち上がり、グラスを片手にくるくるとその場で回った。
「素敵、素敵ね。うふふふ、あはははは」
喜んでくれている。気に入ってくれている。
あぁ、天に昇るような気分だ。このままおれの心の臓が止まっても、悔いはない。
「今後は毒が溜まって苦しい時は、これを使って排出をしてくれ。結晶化してあるからな、グラスの中にある限り、周囲に害は及ばない。……優しい君の願いに、おれは応えられただろうか?」
「えぇ、えぇ。……せんせ」
不意にモルヒネはおれを真っ直ぐ見て『せんせ』と呼んだ。
せんせ? 先生?
「贈り物。ありがとう、せんせ」
モルヒネの言う『せんせ』が、一体どんな意味を孕んでいるのか、おれには計り知れない。
わかるのは、今日は人生で最高の日だというだけだ。
◇
「うるわし少女の巌頭に立ちて、黄金の櫛とり髪のみだれを梳きつつ~♪」
春の日差しが温かい、よく晴れたある日。
おれは『ローレライ』の民謡を口遊みつつ、腕から下げたバスケットと共に、どこぞのアパートの中を散歩をしていた。中には半透明の花々がみっちりと詰まっている。これらは全て、モルヒネの毒素の結晶だ。
おれはこの花々を地面へ蒔き、文字通り辺りに花を添える。フラワーシャワーというヤツだな。まるで祝福を受けているようだ。何と美しく神聖な光景だろうか。
花を散らされた辺り――真っ赤な菌糸が侵蝕した『珊瑚』の菌床は、その毒素に当てられ死滅していく。
モルヒネの花によって最期を迎えるなど、殉教しているようで羨ましいな。
しかしおれが花を摂取するとモルヒネが悲しんでしまう。おれとしては花弁の一欠片も残さず全て保管しておきたかったが、彼の望みは叶えてあげなくては。
こうして菌床に場所に散らせば、世界は美しくなる。モルヒネへの危険性も下がる。都合のいい事ばかりだ。
『ア、ァ、ァアアア……!』
たまに菌床内に住み着いている、赤い異形と化した感染者が花を踏み付けて襲ってくるが、火炎放射器で燃やすか毒弾を装填した機関銃で蜂の巣にすれば害はない。
おれは穴だらけになり、動かなくなった感染者の見下ろし、花を降り注ぐとその身体を覆ってやる。
これでまた一つ、汚物は消えた。
コツ
その時、背後から物音が聞こえて、おれの身体が強張る。
感染者の動きとは違う。奴らは重量があるし頭が働かないからな、『階段をあがる平凡な音』など、立てられない。
国連軍でも来たのか? 鉢合わせしないよう確認したつもりだったのだが、ぬかった。
おれは機関銃を構え、音が聞こえた階段下に向け、銃口を向けた。
頭を出したら撃ち抜いてやる。
おれは廊下の壁に背を当て、全神経を集中させながら階段を注視する。
コツ。コツ。コツ。
足音は段々と大きく、近くなってくる。もう直ぐそこだ。音からして幸い、相手は一人。撃ち殺したら増援が来る前にとんずらするとしよう。
さぁ、来るなら来い。早く、早く!
コツ、コツ、コツ、コツ……
「あら」
階段下、踊り場に人影が現れる。
おれはすかさず引き金を――引けなかった。
「騒がしい音の原因は、貴方かしら?」
ハイヒールを鳴らしながら優雅に歩く、長身の男。
腰を越える長さの銀髪を靡かせ、暗がりだろうと僅かな光源で輝く銀の瞳を揺らして、目尻と口元には紅をさしその銀の美しさを強調している。
美貌一つで国を傾けそうな程の容姿を持つその男に、おれは目を奪われてしまったんだ。
モルヒネに訊ねてみたところ、毒の排出方法は複数あるようだ。口か汗孔から霧として出す、または青い血の瀉血。排出する以外にも、生成し過ぎた毒素は睡眠という形で分解できるのだと言う。ただし何かの拍子で寝違えると分解が追い付かず、中毒に陥るらしい。今回、モルヒネが中毒になってしまった原因はこれだ。早急に解決しなければ。
排出手段の内、瀉血――体外へ流れ出た青い血の毒素は高濃度で周囲への影響が強いらしく、モルヒネは「いや」と言っていた。おれも痛みを伴う方法は反対だ。そもそもモルヒネの陶器と見紛う柔肌に傷を残すなど、冒涜的すぎる。
またモルヒネ曰く、口から霧として毒を体外へ排出すると「うまく動かせないから、いや」らしい。逆に言うと排出量が少なければコントロールができると言う事だ。実際、研究所で毒を使用していた時も、モルヒネが狙った人間にしか効果は及んでおらず、側にいた筈のおれには何の影響もなかった。
となれば、汗孔からの排出が現実的になる。
効率よく集め、固め、操る術を開発しなければ!
おれは豪邸の空き部屋にありとあらゆる機材を搬入し、排出の研究に没頭した。
いかにモルヒネに負担を与えず、快適をもたらせるか!
この研究の進捗は、非常に悪いものだった。これだけ苦労するのは初めての事だ。何せ実用性を確認する為の実験がほとんど出来なかったからな。モルヒネへ協力して貰うのはストレスをかけてしまうから、避けたんだ。
実験を繰り返し最適格を探る、という今までの手法は通用しない。想像力を働かせ人工知能にシミュレートをさせ、雲を掴むような試行を繰り返し、おれは少しずつ方法を探った。
研究が完成したのは、年が明けてからになってしまった。
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相変わらず窓の外の景色が赤く色付いている中、おれはリビングのソファに優雅に腰掛けているモルヒネの元へ、小箱を片手に歩み寄った。
「モルヒネ、モルヒネ」
「なぁに?」
「君へプレゼントを贈りたい。気に入ってくれるといいのだが……」
おれは絨毯の上に片膝をついて、小箱を差し出す。そのまま蓋を開けて中身を見せた。
そこにあるのは繊細な彫刻が施された、ガラスのシェリーグラス……を模した、毒素抽出器だ。
「まぁ、綺麗」
「よかったら、これを使ってみてくれ」
「使う、の?」
「あぁ。こう、持ち手に手を添えてだな……」
ワインを入れた時のように手に持って、モルヒネに毒素を中に注いで貰う。
すると毒素なグラスの中で、半透明の花として姿を現した。ガラスの彫刻のような、美しい芥子の花の形を形作ったのだ。
――成功だ!
「モルヒネ。これは君の毒素を効率よく抽出し、固形物に変換する機器でな。ひとまず花の形になるよう調整したのだが……どうだろうか? 何か、不具合はあるか?」
「あら、あら、あら」
グラスの中に作られた花を見たモルヒネは、紫がかった赤色の瞳を見開き、柔らかく微笑む。
そしてソファから立ち上がり、グラスを片手にくるくるとその場で回った。
「素敵、素敵ね。うふふふ、あはははは」
喜んでくれている。気に入ってくれている。
あぁ、天に昇るような気分だ。このままおれの心の臓が止まっても、悔いはない。
「今後は毒が溜まって苦しい時は、これを使って排出をしてくれ。結晶化してあるからな、グラスの中にある限り、周囲に害は及ばない。……優しい君の願いに、おれは応えられただろうか?」
「えぇ、えぇ。……せんせ」
不意にモルヒネはおれを真っ直ぐ見て『せんせ』と呼んだ。
せんせ? 先生?
「贈り物。ありがとう、せんせ」
モルヒネの言う『せんせ』が、一体どんな意味を孕んでいるのか、おれには計り知れない。
わかるのは、今日は人生で最高の日だというだけだ。
◇
「うるわし少女の巌頭に立ちて、黄金の櫛とり髪のみだれを梳きつつ~♪」
春の日差しが温かい、よく晴れたある日。
おれは『ローレライ』の民謡を口遊みつつ、腕から下げたバスケットと共に、どこぞのアパートの中を散歩をしていた。中には半透明の花々がみっちりと詰まっている。これらは全て、モルヒネの毒素の結晶だ。
おれはこの花々を地面へ蒔き、文字通り辺りに花を添える。フラワーシャワーというヤツだな。まるで祝福を受けているようだ。何と美しく神聖な光景だろうか。
花を散らされた辺り――真っ赤な菌糸が侵蝕した『珊瑚』の菌床は、その毒素に当てられ死滅していく。
モルヒネの花によって最期を迎えるなど、殉教しているようで羨ましいな。
しかしおれが花を摂取するとモルヒネが悲しんでしまう。おれとしては花弁の一欠片も残さず全て保管しておきたかったが、彼の望みは叶えてあげなくては。
こうして菌床に場所に散らせば、世界は美しくなる。モルヒネへの危険性も下がる。都合のいい事ばかりだ。
『ア、ァ、ァアアア……!』
たまに菌床内に住み着いている、赤い異形と化した感染者が花を踏み付けて襲ってくるが、火炎放射器で燃やすか毒弾を装填した機関銃で蜂の巣にすれば害はない。
おれは穴だらけになり、動かなくなった感染者の見下ろし、花を降り注ぐとその身体を覆ってやる。
これでまた一つ、汚物は消えた。
コツ
その時、背後から物音が聞こえて、おれの身体が強張る。
感染者の動きとは違う。奴らは重量があるし頭が働かないからな、『階段をあがる平凡な音』など、立てられない。
国連軍でも来たのか? 鉢合わせしないよう確認したつもりだったのだが、ぬかった。
おれは機関銃を構え、音が聞こえた階段下に向け、銃口を向けた。
頭を出したら撃ち抜いてやる。
おれは廊下の壁に背を当て、全神経を集中させながら階段を注視する。
コツ。コツ。コツ。
足音は段々と大きく、近くなってくる。もう直ぐそこだ。音からして幸い、相手は一人。撃ち殺したら増援が来る前にとんずらするとしよう。
さぁ、来るなら来い。早く、早く!
コツ、コツ、コツ、コツ……
「あら」
階段下、踊り場に人影が現れる。
おれはすかさず引き金を――引けなかった。
「騒がしい音の原因は、貴方かしら?」
ハイヒールを鳴らしながら優雅に歩く、長身の男。
腰を越える長さの銀髪を靡かせ、暗がりだろうと僅かな光源で輝く銀の瞳を揺らして、目尻と口元には紅をさしその銀の美しさを強調している。
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