毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
474 / 600
第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第457話 気休め

しおりを挟む
「……行っただろうか?」

 ひょっこり。
 硫黄とガーネットの戦闘で見るも無惨になった控え室、その中に置かれたソファの背凭れから、クレゾールが顔を出す。2人の姿はない。遠くから僅かに聞こえる衝突音だけが、彼らが離れた事を示している。
 そこでクレゾールは顔から面頬を、認識阻害装置を外し、小さく息を吐いた。

 ジョンもクレゾールも、最初からこの控え室から出ていない。
 ただ硫黄から投げ渡された面頬をクレゾールが装着をし、ジョンを膝に抱え2人まるごと気配を消し、潜んでいただけで。
 そもそも硫黄の毒霧も六フッ化硫黄のくだりも全てブラフだ。何せ民間人もいる建物内で毒霧の使用は、クスシの許可が出ない限り禁止されている。使えばガーネットの推測通り、惨劇が起きる可能性があるのだから。
 ましてフッ素などという、反応性の高過ぎる毒ガスを持ち込む事など出来ない。
 硫黄が一芝居打ったのは、単にジョンからガーネットを遠ざけたかっただけである。

「ジョン、今の内に移動するよ」
「何処にだ? あのガーネットとやらから身を隠すのは、この場が最も相応しいぞ。人間は一度探した場所は探さない心理が働くからな」
「ガーネットは人間じゃないし、さっきの燐の信号からして、外敵は一体ではなさそうだ。でも生憎と僕はインドア派。喧嘩は強くなくてね、ステージ6は勿論、ステージ5相手でも戦うの大変なんだよ」

 だから他のウミヘビがいる場所まで移動をする。
 そう告げて、クレゾールはジョンを横に抱えた状態で立ち上がった。

「学会会場の、多目的ホールがいいだろう。ホール周囲にはあらかじめ徹底的に消毒を施し、『珊瑚』の侵蝕を拒んでいる。この敷地内で最も安全なのは、恐らくあそこだ。燐の信号からして、フリッツ達もいるだろうし……」
「災害現場に安全地帯があるのか甚だ疑問だが、まぁいい。俺はお前の判断に従うとする」
「いちいちトゲのある言い回しだな」

 そんな軽口を交わしながら、2人は静かに控え室を後にする。廊下はすでに戦闘の余波で荒れており、慎重な足取りを強いられた。
 しかし廊下を進む途中、

(……多目的ホールには、エドワードとフローレンスも、いるだろうか)

 ふと、ジョンの脳裏に彼らの姿が横切る。次いで連想されたのは――薔薇の蔦をした菌糸で覆われた、イギリス感染病棟。
 瞬間、彼の体に急激な緊張が走った。

「クレゾール、前言撤回をする」
「へ?」
「降ろせ」

 俄かに暴れ始めるジョン。
 今まで大人しかった彼の唐突な抵抗に、クレゾールは困惑をした。

「ちょっ、何をいきなり暴れ出すんだ!?」
「多目的ホールには行かない。近場にいるクスシの元へ向かってくれ」
「いやその近場にいるクスシが、多目的ホールを任されているフリッツだろう!?」
「いいから他の場所を……。ム?」

 ジョンが何かに気付き、ぴたりと動きを止める。
 廊下の先、上層に繋がる階段の前に、人影が立っているのを見付けたからだ。

 ◇

 ドガッ! ドパパパパパッ!
 青く染まった白衣を翻し、砒素はガトリングガンの引き金を引き続ける。
 コーラルが自身を囲う枝状の網の密度をあげ、隙間を埋めようとする度に、砒素は一箇所に集中砲火。穴を空け、菌糸の繭の完成を防ぐ。

「瞬間移動とやらはさせぬぞ?」

 砒素は冷ややかな声で言う。

「辺り一帯を枯らす事になろうとも、逃しはせぬ。菌糸を根付かせるのは不可能と思え」
「土や草木にまで毒素を注ぐだなんて……。これだけ環境破壊をしたら、エミールは悲しんでしまうだろうね」
「安心せぃ、許可は取っておる」

 今回の遠征任務も、通常通り屋内での毒霧はクスシの許可がない限り禁止されている。
 が、屋外は別だ。
 5分程前、燐による新たな信号が発信された。内容は、『庭園内における民間人の避難完了』。これにより部外者を巻き込む心配はなくなった。
 今まで以上に、気兼ねなく毒素の使用ができる。

「それに、じゃ。元より辺り一帯は“消毒”済み。庭園の草花も、全て紛い物なんじゃと!」
「……そう。精巧すぎて、気付かなかったよ」

 コーラルは目を伏せ、少し悲しげな笑みを浮かべた。
 病棟の庭園はドイツにいた頃と何も変わらない景色だと思っていたが、その実、中身は変わっていたようだ。
 まるでコーラル自分のように。
 確かに災害発生時を想定してみれば、感染者の養分になり得るものはあらかじめ排除していた方が、危険を減らせる。合理的な判断だ。

「特に学会会場……多目的ホールじゃったか? あそこは特に念入りに散布しておったのぅ。実際、菌床を作れなかったじゃろう?」
「少し違うかな。消毒に耐えながらになるから、ちょっと手間だけど……。でも作ろうと思えば作れたよ。けれどね、私は元々、災害を起こす気なんてなかったんだよ。西棟にできた《植物型》の菌床も、私が意図したものではない」

 自身を網状に囲う菌糸はそのままに、コーラルは足元の“枝”を更に伸ばし、広げていき、分岐を繰り返しながら、三角形状のフラクタル図形のように同じ形を何度も何度も描き出した。
 近づいても、遠ざかっても、目に映る模様は変わらない。
 有機的でありながら、どこか冷たく数学的な理論に従って、空間を満たしていく。

「第一、ステージ6御使いがここに来てくれている事も知らなかった。私は本当にただ、学会に参加しに来ただけなんだ」

 二重になった顎の下にそっと手を添えながら、コーラルは言う。

「尤も今日に限らず、私は御使い達がいつ何処で何をしているのか、基本的に知らないのだけれどね。逆もまた然り。御使い達も同じように、私がいつどこで何をしているのか、知らせていないんだ」

 彼の発言は――真実だ。
 教祖コーラルは、ペガサス教団本部の中でしかその姿を確認できない。
 平素はどこで何をしているのか、になっているのか、信徒も御使いも知らされない。
 徹底された隠匿。
 予測すら封じる沈黙のベール。
 これによって、どこからも誰からも正体を辿れない故に、徐福はペガサス教団に直接潜入し、マーキングを施した。そうでもしなければ、教祖を仕留める機会など、永遠に巡ってこないから。

「御使いでさえ私に気付かなかったのに、僅かな違和感で確信に迫ったエミールは偉いね」

 ぱちぱちと、コーラルは厚ぼったい手の平をゆったりと打ち鳴らし、この場にいないエミールへ拍手を送った。

「ただあの子は直ぐに顔に出てしまうから、私に気取られたくなくって避けていたんだろう。柴三郎とパウルも、恩師を疑っている事を告げたくなくって、気不味くて距離を取っていた」

 だからエミールは多目的ホールではなく会議室に居たのだろうと、コーラルは推測する。

「でもいざ口火が切られれば、聡いあの子達はあっさり飲み込んで、疑念を確信に変えてしまって……」

 そこで視線が砒素に向き直る。
 静かで、鋭くて、冷たく、容赦のない眼差し。

「残念だ。君がいなければきっと、纏めて片せただろうに」

 虫を駆除しそびれたかのような、冷淡な口調。
 それを受け、砒素はゆっくりとガトリングの銃口を下ろした。

「一つ、問う」
「何だい? 私と勉強をしたいのかな?」
「いつから、その身体へ成り変わったんじゃ?」

 おや、と。
 砒素の問いかけにコーラルは細長い目を丸め、驚いたような表情を浮かべる。

「回答したとして、私の言葉を信じてくれるのかい?」
「良いから答えよ」

 砒素にとって、コーラルの答えが真実かどうかは重要ではない。“気休め”を得たいだけなのだから。
 ――パウルの為に。
 それを知ってか知らずか、コーラルは肩をすくめこう答えた。

「5年前だよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...