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何だい、見ない顔だな。

ああ、旅人か。ここはマーレイの酒場だよ。

そう。

ああ、この領の話を聞きたいって? いいさ。ここに来る旅人は大抵それを聞こうとするんだ。住むには最高さ。ここ以上に住みやすい土地なんてそうそうないぜ。そうだな、ここの領主様は広大な領を持っている。だから税金が分散されて高いわけじゃない。むしろ安いくらいだ、ほかとくらべりゃあな。世間での不況なんて何のその、ここに住んでる限りじゃあ、関係ない話さ。それに、作物が育ちやすいいい土、いい水がそろってる。毎年が豊作さ、旅人さん見ただろあの市場、きっと隣の領だったら考えられない値段だね。それに商売しやすい開けた港、この国唯一の港町とあって、賑わっているだろ? ここに来る旅人はみんな、ここに住みたいと言って、住み着いちまうんだから。実はここだけの話、おれも旅人だったんだ。つい居心地がよかったんで、住み着いちまった数多くの旅人が一人ってわけよ。

ん? ああ。領主様のはなしが聞きたいって? もちろんだぜ。公爵家の位を持つ、この国の大貴族ダヴィド家の方々さ。
なるほどね、お前さんが聞きたいことがわかったぜ。つまりお前さんが聞きたいのは赤い薔薇と呼称される、裏の話ってわけだろ。

やっぱり正解か。そうだよなあ。これだけいい話しか聞かない中での唯一の黒い噂と言えばそれだけしかないだろうしな。まあ、庶民からしたら、それがあるからこれだけいい生活ができるんだろうしな。

おおっと、ごめんな。少し自分の世界に浸っちまった。じゃあ、しっかり話していこうかな。まあ有名な話さ。ダヴィド家自慢の薔薇庭園には、白い薔薇しか存在していないんだ。数代前の当主の趣味が薔薇だったそうで、いまも薔薇をずっと大事にしているんだと。けれどなぜ白い薔薇が赤だと疑問に持つだろう。それはダヴィド家の歴史で白い薔薇を全部真っ赤に染められるほどに血を流してきたということ。それも自分たちの血でな。

不思議そうな顔をしているな。まあ、そうだろうとも。
彼らは公爵家当主を実力で決めるんだ。よくある当主争いってやつ。けれど彼らのそれは、呪いのようなものだ。現当主の子供たちが、お互いを敵とみなして当主の座を争う。女も男も関係ない、何番目の子供、誰の子かそんなことは関係ない。現当主の子供というだけで、その戦争に巻き込まれるんだ。
一人が特出していた代は満場一致で当主になった時もある。
けれどそんなことはないんだ。滅多にな。現当主様は六人兄弟だったらしいが、上四人の兄弟は殺し合って死んでいったらしい。互いにな、で、残ったのは当主様とその姉ってわけ。
そう当主になればいいんだ。それのための手段は、何でも認められる。殺し合いだって許されちまうんだ。

正しくはない。けれど今のこの領の現状を見てどうだ?
当主様はよき長ってわけ。其れは何代も続いてきた安寧の象徴がこの平和で豊かな庶民の生活。だから誰もこの戦争には異を唱えない。最後に残った人間が優秀なのは間違いないからな。

ん?今回の代の彼らはどうなんだって?
いや、今回は残念ながら血みどろの争いってやつはきっと見れないぜ。

今回の代は滅多に見られない特出した人間がいる代だ。ただ、それは二人いるがね。

長男は、とても優秀だ。庶民の声に耳を真摯に傾け、領をよき未来へ向けて導いてくれるような人。何をさせてもすべてが完璧、すこしハミングするだけで、世の女子は腰砕けになっちまうほどの色男って噂はさすがにデマだろうがな。
長女は、長男ほどとは言わないが、優秀で社交性に長けている。長男も社交が下手というわけではないが、男と女の社交とは全然意味が違うからな。
そんな二人が次期当主様ってわけ。え?どっちがなるかって。庶民の噂じゃ、ほとんどが長男が当主でそれを支える長女ってわけ。ああ、二人は双子だよ。とても仲が良いし、殺し合いなんて言葉は不似合いだ。

後二人の子供がいるだろって?
そこまで知ってるんだったら分かるだろう。あの二人はないだろうな。

次男は画家を目指しているのは有名だろう。その腕前を買われて、国王陛下が絵を依頼したとかな。彼はずっと、権力争いへは手を出さないという姿勢を示している。

ああ、あと三男だな。そうだな。
ほとんど噂がないんだ、どうやら病弱な体でほとんど外へ出ないそうだ。それくらいだ。
でも彼を一度見たことがあるんだ。一年ぐらい前にな。驚くくらいの美人だった。あの用紙を一目見た暁には誰もが詩人になろうとしちまうほどさ。まあ俺は相変わらず、酒場で愚痴聞きばっかだがな。

不思議だよなあ。あの家生まれてくる子供全員が美形なんだから。貴族様だからかね。

え、知らないって。そういえばお前、ここに入ってからずっとフードを取ってないよな。つい話しやすいから全部話しちまったが。なんかフード取れない事情でもあるのか。

そうか、俺も元旅人だしな。深く知ろうとはしないさ。

じゃあな、また会おうぜ。あと数日ここにいたらそれが最後、ここに住み着いちまうからさ、ここで旅を終わらせる気がないならさっさと出ていくが吉だぜ。

またここに来たら、マーロンの酒場にこいよ。死んでなければ続けるさ。
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