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第1章 王国最強の暗殺者
第2話 兄として
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結局、ショッピングモールで起こった事件はだだの窃盗事件だった。いや、ただのというのは良くないかもしれないけれど。
襲った犯人は異能を使ってモール内を逃げ回っていたようだが、すぐに防衛軍に捕まった。ジークはその男をなんとかして探そうと画策していたらしいが、それも無駄に終わったらしい。
そして、その後しょんぼりしたジークが僕たち三人の元へと戻ってきたのだが、そこではすぐさま乾いた音が一度鳴った。ビンタだ。リムネによる渾身のビンタ。
多分、僕があの強烈なビンタを食らっていたら、失神してしまうかもしれない。そう思わずにはいられないほどの、威力を内包しているように見えた。
ここで何より僕が驚いたのは、リムネがビンタをかました後、「勝手な行動しないで」と蚊の鳴くような小さな声でジークに言っていたことだ。あのリムネが、あのジークにだ。
ただの友達に向けて発するにしては些か重すぎる、まるで恋人に告げるかのような口ぶりに僕は一瞬びっくりしてから、よくよく考えると別に何らおかしいことじゃないか、と変に納得した。
普段から仲が悪いように振舞っているのは、もしやカモフラージュなのかもしれない。小学来の付き合いなのに、今更恥ずかしがっているのか?それにフィアは知っているのか?
ということは、ジークの「決まっている」発言はこのことを隠蔽するためだということか?
そんな風に思考を巡らせてみるものの、結局真実は闇の中だ。何でもないように訊けば一番手っ取り早いのだけれど、それはなんとなく憚られる。だって親友と友人の恋愛事情なんて恥ずかしいじゃないか。
それに、今のこの状態が僕は心地いいんだと思う。四人で遊んでご飯食べて。そんな普通の日常を壊したくないんだと思う。もしかすると、ジークとリムネも同じ気持ちなのかもしれない。
だから敢えて僕には言わないでくれているのかもしれない。
「クリア?」
帰り際にジークが心配そうに、首を傾けるから。僕は、
「なに?」
と作り笑顔を貼り付けて答えた。
●●●
「……場所はどこですか?」
「ここだ」
地図を見せながら、僕の眼前に立っている細身の男は指を差した。切れ長の目と気怠げな瞳が印象的で、初めて会って以来ずっとお世話になっている人物である。
お世話になっている、それは衣食住の話ではない。いや、遠回しにいえば、そういう意味も含まれるのかもしれない。
何故なら、僕はこの人に仕事を提供してもらっているのだから。しかも高校生が一日で稼ぐには、あまりにも高額の。だから一応、感謝はしている。
「どうした?」
そんな僕の顔をどう感じ取ったのか、彼——ブラドさんは首を捻る。
「ブラドさん……」
「ん?なんだ?今更怖くなっちまったか?」
馬鹿にした風に僕をからかってくる。こういうところは、どこかジークと似ているような気がしないでもない。
「いえ、それはないです」
「ははっ。まあそうか。お前の異能なら瞬殺だろうからな。なんせお前は二装保持者だろう?」
その言葉には羨望や嫉妬心が込められているような気がして、僕はなにも返さなかった。ブラドさんの口ぶりからしてブラドさん自身の異能一つのみのようで、二装保持者の僕に、時たま皮肉混じりに言ってくる。
二装保持者。それは、文字通り異能を二つ所持している稀有な存在で、大体人口の二、三パーセント程度がそれに当たるそうだ。つまり、僕はその珍しい部類に入っている……ということになる。
けれど、それをありがたいと感謝したことはない。これは自慢ではなくて、事実だ。
だってこの二つの能力のせいで、僕の人生の歯車は——どうしようもないほどに狂ってしまったからだ。
「行ってきます」
「ああ」
僕はブラドさんの持ち物である車のエンジンを震わせた。
「王国最強の暗殺者がまさかあんなのだなんて思わねぇよなぁ……」
ブラドさんが出発寸前に何か言っていたが、エンジン音でかき消されて僕の耳には届かなかった。
●●●
イスフィール某所。
その日、一人の男が絶命した。死因は斬殺。
そして僕は、その光景を死んだような目で見ている。感情のない、そんな目で。
当然だ。この男は僕が殺したのだから。一瞬で。躊躇いもせずに。
別に、この男に恨みがあったわけでもなんでもない。ただ、依頼された人物がこの男だった。それだけだ。
依頼。それは殺しの依頼だ。ブラドさんからの。
ブラドさんは所謂そういう類の危険な仕事を仲介する役割を担って、報酬の一部を手に入れるそうだ。そして僕は数ある実行人の一人。
「…………ははっ」
こんな僕を見たら、ジークはなんていうだろうか。リムネとフィアは蔑視の眼差しを向けてくるだろうか。いや、もしかすると、それ以上の、それこそ汚物を見るように僕を認識するかもしれない。
だって、ずっと友人だと思っていた人物が殺人鬼だと知ったら?
もしも僕が逆の立場なら、近づいて欲しくない。少なくとも避けて、嫌悪する。
ふと、僕は自分の手元に目が映った。そこには返り血を浴びていない、それでいて、血塗られてどうしようもなく腐ってしまった自分の掌があった。
ジークの言葉をふと思い出す。
——クリアの瞬間転移テレポートみたいなのはあんまり俺には使いこなせそうにないっていうか、なぁ?
「ははっ、違うんだよ」
僕は、周りには偽って瞬間転移なんて言っているけれど、実際は違う。
「時間ノ支配者に血塗られた殺人鬼。それが僕の異能だ。笑っちゃうだろ?僕は誰かを殺すために生まれたような存在だ。そう思わずにはいられないようなラインナップが揃ってる。……なぁジーク。僕はどうすればいい?どうしたらよかったんだ?」
正義感の強い親友を脳に浮かべて紡いだ僕の声は、なにもない虚空に溶けた。すると、やはり次には僕の口からは笑みが漏れる。それは自分を嘲笑するものか。はたまた、奥底に眠る本心からのものなのか。
わからない。僕は僕がわからなくなってしまった。
——僕の全てを奪った、あの事件から。
事が終わり、相澤さんから報酬を貰った僕は、イスフィールにある病院の一室に来ていた。
「チア……」
ベッドで、弱々しい寝息を立てる妹の名前を、僕は口にする。けれど、その目元は一向に開こうとしない。
今が夜だから、という理由だけなら良かった。それなら、僕もその可愛らしい寝顔を眺めて、頬を撫でてやることができたのに。
でも、僕はそれをしない。僕が触ると、妹が汚れてしまうから。たくさん人を殺めた僕は妹に触る資格なんてない。
あの事件。それは二年前に起きた革命軍の大反乱。王都の重役たちが指揮官を握っていた防衛軍と革命軍は相容れない、謂わば宿敵みたいなものだったが、まさか一般人を殺戮してまでの強行集団に出るとは思っても見なかったらしい。
慈悲もない一方的な殺人。破壊。それが一夜にして数え切れないほど起こった。驚くことに、革命軍が組織してきた異能組織は、最強戦力である防衛軍と拮抗していたらしい。
結局、防衛軍によって革命軍は退けられたけれど、実質防衛軍を率いていた重役たちは防衛軍に関する権力を大部分失い、それにともなって防衛軍そのものの権力が上がった。
そして、その反乱によって僕の両親は殺され、妹は意識不明の重体に陥った。しかも、妹の病気は普通に治療して完治するような代物ではなく、敵の異能によって発生した遅効性の毒のようなものらしい。
病院には医療器具だけでなく、回復系異能保持者もいる。だから、すぐに治ると思っていた。だが、それは早計だった。妹を蝕む異能はそんな単純ではなかった。
今はなんとか多数の処置で、進行を遅らせることはできているが、それもいつまで持つかわからない。それに、この状態を維持するのにも莫大な費用がかかる。
両親を革命軍に殺された僕には、どうすることもできなかった。
そんなとき、ブラドさんと出会った。は犯罪の依頼を斡旋する業者のようなことをしているらしい。
そんなブラドさんは僕の才能を一目で見抜いた。殺人鬼としての才能を。
血塗られた殺人鬼は対象を定めた際、明確な殺意を抱くことによって発動し、漆黒の剣を出現させる。そして、その漆黒の剣は血を吸収することによってその刀身に鮮血の赤を徐々に宿していき強化される。
また、それとともに自身の身体能力も上昇するという傍目から見ればかなり強力な異能だ。ただ、発動時に少しでも同情心を感じたりして心が乱れてしまえば、漆黒の剣は消滅する。
この異能はそこに尽きる。この異能を使いこなせるやつは、正直常人じゃない。もっと簡潔に表すなら、精神的な異常者とでもいうべきか。だって、誰かを殺すことに特化した異能だ。普通なら恐怖心が優って使用することすら叶わない。
そこに僕のもう一つの異能。時間ノ支配者だ。
時間ノ支配者はその名の通り時間そのものを支配することのできる異能で、恐らく今のところこの異能を所持しているのは、僕一人だけだと思う。これまで発見された異能全書を読んだから恐らく間違いない。
異能は急に何かしらが引き金となって発現する。それを説明できる理論は確立していないし、推測の域を出ない。神に与えられた産物だとのたまう人だっている。
実際、どうやってもその原理がわからないのだから、あながち的を射ていないわけでもないだろう。今、異能についてわかっていることといえば、異能には発動条件と発動対価の二つが存在することくらいだ。
発動条件。血塗られた殺人鬼使用時の、殺意という意識もそれに入ることになる。
そして、異能発現時における、もう一つの特徴は異能名も自然と脳内に浮かんでくることだ。これもどういう経路を辿って僕たちの脳内にそのような言葉を送り込んでいるのか、明らかになっていない。
まぁ、ともかく僕の時間ノ支配者は誰かが申告しない限りまだ存在しない異能力であるということだ。異能は申告制で、発現したら学校に報告することが義務づけられている。
それなのに何故僕がこの異能を偽ったか。その理由は簡単だ。
危険一級異能に認定されることを恐れたためだ。危険一級異能。それに認定されると、防衛軍の管理下にある留置所に送られるから。だから、もしその危険性がある異能が発現したなら、報告しないかもしくはそれに類似した異能力を報告することだ。
異能自体は二十歳までに必ず発現するとされている。だから発現自体していないと嘘をつき通すのには無理がある。
その点、後者は防衛軍直々に調査されない限りはバレる可能性が低い。
僕の場合は瞬間転移だったわけだ。時間ノ支配者は確かに強力だ。強力過ぎる。
だが、万能、というわけでもない。まず、時間ノ支配者が支配できる範囲には制限がある。使用した瞬間に全世界の時間がピタリと止まったりなんてしない。
せいぜい二キロ程度といったところか。
また、時間制限がかなり短い。僕の能力では、十秒いければいい方だ。発動対価と呼称されるのはこれらのことだ。
それに、これは瞬間転移ほどではないにしても、異能使用にかかる身体の負担は他の異能に比べてかなり高い。一度使っただけでも、倦怠感が僕を襲う。範囲を縮めればあるいは、と修練は続けているけれど、その感覚が未だ掴めないでいる。一度の制限時間が短い分、数多く使わなければいけないのだから、要改善部分だ。
そんな僕に来た最初の依頼。僕に渡された依頼は、イスフィールにいるある富豪を殺せという命令だった。
その富豪はイスフィールの裏カジノを運営している人物の一人らしい。けれど、そんなこと正直僕にはどうでもよかった。とにかく、早く任務を終わらせたかった。
そして僕は異能を駆使し、警備を難なく回避してそいつを殺した。殺せた。殺すことができた。
僕は、妹のためという理由さえあれば僕は誰かを殺せるような人間だったのだ。
僕が殺した富豪の絶望を灯した顔は今でも鮮明に残っていて、時折夢に出てきては僕を苛む。そうして目覚めた朝はいつも吐き気と頭痛が伴っていて、耐え切れず嘔吐することも多々ある。今でも、殺しをした日の夜には、船酔いを何十倍にも膨れあがられたような猛烈な嘔吐感が僕を苛む。
僕は妹の透き通るような白い肌を見る。少しずつ。ほんの少しずつだが、病状は悪化の一途を辿っている。
儚げに燃える命はいつか途切れてしまうかもしれない。でも、僕はどんなことがあってもそれを阻止しなければいけないのだ。
「こんな兄でごめんな……?」
と僕はどうしてか謝った。その謝罪は誰に対してなのか、自分自身、わからなかった。
襲った犯人は異能を使ってモール内を逃げ回っていたようだが、すぐに防衛軍に捕まった。ジークはその男をなんとかして探そうと画策していたらしいが、それも無駄に終わったらしい。
そして、その後しょんぼりしたジークが僕たち三人の元へと戻ってきたのだが、そこではすぐさま乾いた音が一度鳴った。ビンタだ。リムネによる渾身のビンタ。
多分、僕があの強烈なビンタを食らっていたら、失神してしまうかもしれない。そう思わずにはいられないほどの、威力を内包しているように見えた。
ここで何より僕が驚いたのは、リムネがビンタをかました後、「勝手な行動しないで」と蚊の鳴くような小さな声でジークに言っていたことだ。あのリムネが、あのジークにだ。
ただの友達に向けて発するにしては些か重すぎる、まるで恋人に告げるかのような口ぶりに僕は一瞬びっくりしてから、よくよく考えると別に何らおかしいことじゃないか、と変に納得した。
普段から仲が悪いように振舞っているのは、もしやカモフラージュなのかもしれない。小学来の付き合いなのに、今更恥ずかしがっているのか?それにフィアは知っているのか?
ということは、ジークの「決まっている」発言はこのことを隠蔽するためだということか?
そんな風に思考を巡らせてみるものの、結局真実は闇の中だ。何でもないように訊けば一番手っ取り早いのだけれど、それはなんとなく憚られる。だって親友と友人の恋愛事情なんて恥ずかしいじゃないか。
それに、今のこの状態が僕は心地いいんだと思う。四人で遊んでご飯食べて。そんな普通の日常を壊したくないんだと思う。もしかすると、ジークとリムネも同じ気持ちなのかもしれない。
だから敢えて僕には言わないでくれているのかもしれない。
「クリア?」
帰り際にジークが心配そうに、首を傾けるから。僕は、
「なに?」
と作り笑顔を貼り付けて答えた。
●●●
「……場所はどこですか?」
「ここだ」
地図を見せながら、僕の眼前に立っている細身の男は指を差した。切れ長の目と気怠げな瞳が印象的で、初めて会って以来ずっとお世話になっている人物である。
お世話になっている、それは衣食住の話ではない。いや、遠回しにいえば、そういう意味も含まれるのかもしれない。
何故なら、僕はこの人に仕事を提供してもらっているのだから。しかも高校生が一日で稼ぐには、あまりにも高額の。だから一応、感謝はしている。
「どうした?」
そんな僕の顔をどう感じ取ったのか、彼——ブラドさんは首を捻る。
「ブラドさん……」
「ん?なんだ?今更怖くなっちまったか?」
馬鹿にした風に僕をからかってくる。こういうところは、どこかジークと似ているような気がしないでもない。
「いえ、それはないです」
「ははっ。まあそうか。お前の異能なら瞬殺だろうからな。なんせお前は二装保持者だろう?」
その言葉には羨望や嫉妬心が込められているような気がして、僕はなにも返さなかった。ブラドさんの口ぶりからしてブラドさん自身の異能一つのみのようで、二装保持者の僕に、時たま皮肉混じりに言ってくる。
二装保持者。それは、文字通り異能を二つ所持している稀有な存在で、大体人口の二、三パーセント程度がそれに当たるそうだ。つまり、僕はその珍しい部類に入っている……ということになる。
けれど、それをありがたいと感謝したことはない。これは自慢ではなくて、事実だ。
だってこの二つの能力のせいで、僕の人生の歯車は——どうしようもないほどに狂ってしまったからだ。
「行ってきます」
「ああ」
僕はブラドさんの持ち物である車のエンジンを震わせた。
「王国最強の暗殺者がまさかあんなのだなんて思わねぇよなぁ……」
ブラドさんが出発寸前に何か言っていたが、エンジン音でかき消されて僕の耳には届かなかった。
●●●
イスフィール某所。
その日、一人の男が絶命した。死因は斬殺。
そして僕は、その光景を死んだような目で見ている。感情のない、そんな目で。
当然だ。この男は僕が殺したのだから。一瞬で。躊躇いもせずに。
別に、この男に恨みがあったわけでもなんでもない。ただ、依頼された人物がこの男だった。それだけだ。
依頼。それは殺しの依頼だ。ブラドさんからの。
ブラドさんは所謂そういう類の危険な仕事を仲介する役割を担って、報酬の一部を手に入れるそうだ。そして僕は数ある実行人の一人。
「…………ははっ」
こんな僕を見たら、ジークはなんていうだろうか。リムネとフィアは蔑視の眼差しを向けてくるだろうか。いや、もしかすると、それ以上の、それこそ汚物を見るように僕を認識するかもしれない。
だって、ずっと友人だと思っていた人物が殺人鬼だと知ったら?
もしも僕が逆の立場なら、近づいて欲しくない。少なくとも避けて、嫌悪する。
ふと、僕は自分の手元に目が映った。そこには返り血を浴びていない、それでいて、血塗られてどうしようもなく腐ってしまった自分の掌があった。
ジークの言葉をふと思い出す。
——クリアの瞬間転移テレポートみたいなのはあんまり俺には使いこなせそうにないっていうか、なぁ?
「ははっ、違うんだよ」
僕は、周りには偽って瞬間転移なんて言っているけれど、実際は違う。
「時間ノ支配者に血塗られた殺人鬼。それが僕の異能だ。笑っちゃうだろ?僕は誰かを殺すために生まれたような存在だ。そう思わずにはいられないようなラインナップが揃ってる。……なぁジーク。僕はどうすればいい?どうしたらよかったんだ?」
正義感の強い親友を脳に浮かべて紡いだ僕の声は、なにもない虚空に溶けた。すると、やはり次には僕の口からは笑みが漏れる。それは自分を嘲笑するものか。はたまた、奥底に眠る本心からのものなのか。
わからない。僕は僕がわからなくなってしまった。
——僕の全てを奪った、あの事件から。
事が終わり、相澤さんから報酬を貰った僕は、イスフィールにある病院の一室に来ていた。
「チア……」
ベッドで、弱々しい寝息を立てる妹の名前を、僕は口にする。けれど、その目元は一向に開こうとしない。
今が夜だから、という理由だけなら良かった。それなら、僕もその可愛らしい寝顔を眺めて、頬を撫でてやることができたのに。
でも、僕はそれをしない。僕が触ると、妹が汚れてしまうから。たくさん人を殺めた僕は妹に触る資格なんてない。
あの事件。それは二年前に起きた革命軍の大反乱。王都の重役たちが指揮官を握っていた防衛軍と革命軍は相容れない、謂わば宿敵みたいなものだったが、まさか一般人を殺戮してまでの強行集団に出るとは思っても見なかったらしい。
慈悲もない一方的な殺人。破壊。それが一夜にして数え切れないほど起こった。驚くことに、革命軍が組織してきた異能組織は、最強戦力である防衛軍と拮抗していたらしい。
結局、防衛軍によって革命軍は退けられたけれど、実質防衛軍を率いていた重役たちは防衛軍に関する権力を大部分失い、それにともなって防衛軍そのものの権力が上がった。
そして、その反乱によって僕の両親は殺され、妹は意識不明の重体に陥った。しかも、妹の病気は普通に治療して完治するような代物ではなく、敵の異能によって発生した遅効性の毒のようなものらしい。
病院には医療器具だけでなく、回復系異能保持者もいる。だから、すぐに治ると思っていた。だが、それは早計だった。妹を蝕む異能はそんな単純ではなかった。
今はなんとか多数の処置で、進行を遅らせることはできているが、それもいつまで持つかわからない。それに、この状態を維持するのにも莫大な費用がかかる。
両親を革命軍に殺された僕には、どうすることもできなかった。
そんなとき、ブラドさんと出会った。は犯罪の依頼を斡旋する業者のようなことをしているらしい。
そんなブラドさんは僕の才能を一目で見抜いた。殺人鬼としての才能を。
血塗られた殺人鬼は対象を定めた際、明確な殺意を抱くことによって発動し、漆黒の剣を出現させる。そして、その漆黒の剣は血を吸収することによってその刀身に鮮血の赤を徐々に宿していき強化される。
また、それとともに自身の身体能力も上昇するという傍目から見ればかなり強力な異能だ。ただ、発動時に少しでも同情心を感じたりして心が乱れてしまえば、漆黒の剣は消滅する。
この異能はそこに尽きる。この異能を使いこなせるやつは、正直常人じゃない。もっと簡潔に表すなら、精神的な異常者とでもいうべきか。だって、誰かを殺すことに特化した異能だ。普通なら恐怖心が優って使用することすら叶わない。
そこに僕のもう一つの異能。時間ノ支配者だ。
時間ノ支配者はその名の通り時間そのものを支配することのできる異能で、恐らく今のところこの異能を所持しているのは、僕一人だけだと思う。これまで発見された異能全書を読んだから恐らく間違いない。
異能は急に何かしらが引き金となって発現する。それを説明できる理論は確立していないし、推測の域を出ない。神に与えられた産物だとのたまう人だっている。
実際、どうやってもその原理がわからないのだから、あながち的を射ていないわけでもないだろう。今、異能についてわかっていることといえば、異能には発動条件と発動対価の二つが存在することくらいだ。
発動条件。血塗られた殺人鬼使用時の、殺意という意識もそれに入ることになる。
そして、異能発現時における、もう一つの特徴は異能名も自然と脳内に浮かんでくることだ。これもどういう経路を辿って僕たちの脳内にそのような言葉を送り込んでいるのか、明らかになっていない。
まぁ、ともかく僕の時間ノ支配者は誰かが申告しない限りまだ存在しない異能力であるということだ。異能は申告制で、発現したら学校に報告することが義務づけられている。
それなのに何故僕がこの異能を偽ったか。その理由は簡単だ。
危険一級異能に認定されることを恐れたためだ。危険一級異能。それに認定されると、防衛軍の管理下にある留置所に送られるから。だから、もしその危険性がある異能が発現したなら、報告しないかもしくはそれに類似した異能力を報告することだ。
異能自体は二十歳までに必ず発現するとされている。だから発現自体していないと嘘をつき通すのには無理がある。
その点、後者は防衛軍直々に調査されない限りはバレる可能性が低い。
僕の場合は瞬間転移だったわけだ。時間ノ支配者は確かに強力だ。強力過ぎる。
だが、万能、というわけでもない。まず、時間ノ支配者が支配できる範囲には制限がある。使用した瞬間に全世界の時間がピタリと止まったりなんてしない。
せいぜい二キロ程度といったところか。
また、時間制限がかなり短い。僕の能力では、十秒いければいい方だ。発動対価と呼称されるのはこれらのことだ。
それに、これは瞬間転移ほどではないにしても、異能使用にかかる身体の負担は他の異能に比べてかなり高い。一度使っただけでも、倦怠感が僕を襲う。範囲を縮めればあるいは、と修練は続けているけれど、その感覚が未だ掴めないでいる。一度の制限時間が短い分、数多く使わなければいけないのだから、要改善部分だ。
そんな僕に来た最初の依頼。僕に渡された依頼は、イスフィールにいるある富豪を殺せという命令だった。
その富豪はイスフィールの裏カジノを運営している人物の一人らしい。けれど、そんなこと正直僕にはどうでもよかった。とにかく、早く任務を終わらせたかった。
そして僕は異能を駆使し、警備を難なく回避してそいつを殺した。殺せた。殺すことができた。
僕は、妹のためという理由さえあれば僕は誰かを殺せるような人間だったのだ。
僕が殺した富豪の絶望を灯した顔は今でも鮮明に残っていて、時折夢に出てきては僕を苛む。そうして目覚めた朝はいつも吐き気と頭痛が伴っていて、耐え切れず嘔吐することも多々ある。今でも、殺しをした日の夜には、船酔いを何十倍にも膨れあがられたような猛烈な嘔吐感が僕を苛む。
僕は妹の透き通るような白い肌を見る。少しずつ。ほんの少しずつだが、病状は悪化の一途を辿っている。
儚げに燃える命はいつか途切れてしまうかもしれない。でも、僕はどんなことがあってもそれを阻止しなければいけないのだ。
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