エルゼリアの石 -Stones of Erserhia-

水野煌輝

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第1章 守護神石の導き

第5話 カルディーマの門番(1)

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翌朝、二人はカルディーマに向けて、ますます気合を入れて歩いた。
岩場を下りると一度ルートから外れたカルディーマ街道にぶつかり、そのまま二人は再度カルディーマ街道を進んだ。

すると昨夜ティムが予想した通り、昼前にカルディーマに到着することができた。高地から確認できた通り、カルディーマは本当に目と鼻の先だった。

「おっし。着いた、着いた。わくわくするぜ」
町の入口が見え始めると、ライアンは鼻息荒くしていた。

興奮していたのはティムも同じだった。生まれてからずっと故郷の村からほとんど離れたことのなかった二人にとって、都会であるカルディーマは二人の好奇心を広大な未知で魅惑した。

町の入口に近づいていくと、門の前に誰かがいるのが見えた。恐らく門番だろう。

歩きながらティムが言う。
「ライアン、門番がいるよ」

「まあ、大きな町だからな。門番の一人や二人いてもおかしくないさ」

「通してくれるかな」
ティムが不安そうに呟く。

「別に俺たちゴブリンじゃねえんだから、通してくれるだろう。ただ、門番によっては、金をせしめようと考える輩もいるかもしれない」

「ああ、なるほど」

ライアンは拳を顔の前で握ると、大胆に言った。
「もしそうだったら、ぶった斬ってやろうぜ」

ティムは慌てふためいて、両手を突き出した。
「ちょ、ちょっと。それはまずいでしょ。門番だよ。門番斬り殺して町に入るなんて、俺たち完全に悪者になっちゃうじゃん」

「ハッ。そうか。そうなったら俺のヘーゼルガルド兵になる夢も、夢のままで終わっちまう!」
ライアンは頭を抱えた。




二人は入り口の石門の前まで来た。門番と思われるその男は兵士の身なりをしていた。若干太っているその体型は、ユーモラスな印象さえ与える。

「よう、お前らどこのもんだ」
その小太り兵士は、二人が門の前に来るなり、下卑ただみ声で話しかけてきた。

二人は思わず顔を見合わせたが、すぐにライアンが先に質問に答えた。

「俺はカザーブ村の者だ。ヘーゼルガルドまで旅をしてるんだが、少しの間カルディーマで旅の疲れを取りたいと思っている」

「ほほお」
小太りはいかにも面白いというような顔付きで、顎を右手でさすりながら二三度頷き、また聞いた。「それで、ヘーゼルガルドに何の用があるってんだ」

「そんなことまでいちいち話す義理はねえな」
ライアンはきっぱりと小太りの質問を切り捨てた。

しかし小太りは鼻の穴を一瞬広げただけで、気分を害した様子は全く見せなかった。そのままライアンの発言を無視して、ティムへと向く。
「お前はどこのもんだ」

ティムはしばらく小太りの顔をまじまじと見つめた後、答えた。
「俺はグレンアイラ村出身の勇者さ」

その発言にライアンは眉をひそめると、ティムを見た。そして、ぱっと小太りの方へ視線を戻す。しかし、小太りは相変わらず表情を変えてはいなかった。

「そうかい」
小太りが口を開いた。
「だが、悪いな。最近カルディーマも秩序が悪くてな。よそ者を町の中に入れる訳にはいかねえんだな。今すぐここから立ち去ってくれや」

すぐにライアンは言い返そうとしたが、さっと口をつぐんだ。小太りの目元から尋常ではない殺気が放たれていたからだ。ティムも思わず唾を飲み込んだ。

しばらくその場に重い沈黙が流れた後、不意にティムが懐から銀貨を数枚取り出した。小太りの方へ歩み寄ると、銀貨の乗った手の平を突き出す。

小太りは、しばらく手の平の上に乗った銀貨と純粋無垢な視線を向け続けるティムの顔を見比べていたが、突然何かが破裂したかのように大声で笑い始めた。

その時門の横からもう一人、兵士の身なりをした男が現れた。
「何馬鹿笑いしているんだ、プーハット。真面目に職務に取り組まんか」

その男は小太りを軽く叱責した後、訳がわからずに硬直していたティムたちに目を向けた。その男の身長は小太りよりも一回り低かったが、発言内容からして恐らく小太りの上司であると思われた。

「フレデリック上官、このガキ二人本当に面白いんですよ」
小太りはひいひい言いながら、笑い続けている。

ティムとライアンはやっとのことで首を動かして、顔を見合わせた。

「すまなかったな、君たち」
男がようやく二人に話しかけた。
「どうやら部下が君たちに失礼な態度をとったようだけども、どうか気を悪くしないでくれたまえ。こう見えて、実は気のいい男なんだ」

二人は未だに呆気にとられていて状況が把握できていなかった。

かろうじてティムがもごもごと口を開く。
「あなたは一体・・・」

「おお、これは失礼。私はヘーゼルガルド帝国の兵士長を務めているフレデリックという者だ。そしてこいつは部下のプーハットだ」

紹介をされたところで、プーハットはようやく笑いが落ち着いたようだった。片手を軽く上げて、ティムたちに話しかけた。
「びっくりさせて悪かったな。門番なんて仕事は結構暇なもんでね。お前らみたいな面白そうな奴が来ると、つい遊び心が湧いちまうのさ。中に入れないっていうのも冗談だよ」

「何だ、冗談だったのか。ヘーゼルガルドの兵士さんもお人が悪い」
ようやく状況を理解したティムは、ほっとすると同時におかしくなってきて、けらけらと笑った。

「お、お二人はヘーゼルガルドの兵士さん、なんですか」
急に大声でしゃべり出したのは、ライアンだ。
「僕、ライアン・ヘルムクロスっていいます。志願兵としてヘーゼルガルドに向かっているところなんです。あの、父がヘーゼルガルドの兵隊長をしていて」

「そりゃ本当かい」
プーハットが驚きの声を上げる。

「ヘルムクロス。ジョナスの息子か」
フレデリックは目を二三度ぱちくりさせる。

「はい、そうです。ジョナスは僕の父です」
ライアンは二人の反応を見てから、はにかみながらそう言った。

「そうだったか。ジョナスの息子が我らヘーゼルガルド軍に入隊するか」
フレデリックはライアンをしみじみ見つめながら、うっすらと微笑んだ。その優しげな目からは、ライアンに対する歓迎の念を感じ取れた。

「ヒュゥ。こいつはいいや」
プーハットが軽やかに口笛を吹いた。
「これは面白くなりそうですね、フレデリック上官。こいつなかなか威勢もいいんですよ。俺が質問したら『そんなこと話す義理はねえ』って言い返してきたんですよ。もう笑いをこらえるのが大変だったよ」

言い終わらない内に、プーハットはさっきの件で思い出し笑いを始めていた。ライアンが思わず顔を赤らめる。

フレデリックが窘める。
「おい、プーハット。いい加減にしておけ」

「いやあ、でもお前いいキャラしてるねえ。一緒に働く日が待ち遠しいぜ。よろしく頼むな、ライアン」
プーハットは上機嫌でそう言うと、ライアンの肩を両手でバンバン叩いた。

ライアンはプーハットの勢いに唖然としているだけだった。

「ところで、お友達の君は?名前は何ていうんだい?」
フレデリックが、ティムに尋ねる。

「僕は、ティムです。ティム・アンギルモアっていいます」
ティムははきはきと答える。

「君も入隊希望者かい」

「いえ、僕は」とティムが答えかけた時、プーハットが口を挟んだ。

「そうそう。こいつが最高に面白かったんですよ。自分のことを勇者とか言ったり、俺を銀貨で買収しようとしたり」

またげらげら笑い始めたプーハットを横目で見ると、フレデリックは呆れたように溜息を吐いた。

ティムはまんざら悪い気もしないのか照れ臭そうに笑うと、答えかけの質問に答えた。
「えっと、僕は入隊希望者ではないです。ヘーゼルガルドには行く予定ですけど」

「なんだ。残念だ」
笑い終えたプーハットは、今度はつまらなそうに呟いた。

一方フレデリックは、右手を顎に添えながら何か思い巡らせているようだった。

「どうかしましたか?」

「あ、いや」
ティムの問いかけにフレデリックは一瞬言葉を濁し、言うか言わないか迷っているようだったが、すぐにもごもごとこう続けた。
「違っていたら聞き流してほしいんだが、もしや君のお父さんの名前は、ボヘミアン・アンギルモアでは?」

予想だにしない質問に、ティムは度肝を抜かれながらも答えた。
「は、はい。そうですけど、一体なぜそれを」

するとフレデリックは、はっと息を飲んだ。プーハットも、ここにきて初めて表情が引き締まったのがわかる。

「なんとそうだったか。姓が同じだからまさかと思ったが」
「おいおい、マジかよ。あの人の息子さんか」

妙に狼狽する二人を目前にして、ティムはもう一度聞いた。
「一体どうして父のことを知っているんですか」

フレデリックは口を半開きにしてしばらくティムを見つめていたが、やがて答えた。
「君のお父さんがヘーゼルガルドに来た時に、一度お会いしたことがあってね。それは強く勇敢な戦士だった。私は彼と剣を交えたことがあるのだが、私などでは歯が立たなかった。最近は元気にしているのかな」

「それが、もう父はこの世にいないんです」

「何と」
フレデリックが声を落とした。プーハットも険しい顔で聞いている。

「旅立ってから一年後ぐらいに、瀕死の状態で帰ってきたらしいです。僕はその頃赤ん坊だったので、聞いた話になるんですが」

「そうか。そうだったか」
フレデリックは神妙な面持ちで地面に視線を落としたが、すぐに顔を上げた。
「もしかして、君もあの石を、守護神石を集めているのか」

守護神石。そうだ、これのことだ。
ティムはこくりと頷いた。

「なるほど。やはりボヘミアン殿の息子だ。血は争えんということか」

本当は自発的に始めた訳ではなく、かなり頼まれて、しかも一回面倒臭くて断ったという事実は墓場まで持っていこうとティムは心に決めた。

「もう石は見つけたのかい?」
フレデリックが聞く。

「はい、今のところ二つ持っています」

その言葉に、フレデリックとプーハットは目を丸くした。

「何と。まだ旅に出て数週間しか経ってていないとお見受けするが、もう二つも見つけているのか」

「そいつはすげえな。一体どうやったんだ」

ティムは歯を見せて得意げに笑った。
「最初の一つは、父が死に間際に僕の村の村長に託していたんです。僕が大人になったら、渡すようにと。そしてもう一つは、何とライアンが持っていたんですよ」

「いやあ、小さい頃に近所の森で見つけまして」
ライアンが横でもじもじしながら言う。

「そいつはなかなかすげえ偶然だな」

感心している様子のプーハットに、フレデリックが言った。
「いや、どうだろうか。守護神石を持つものは守護神石を持つものと引かれ合うという噂を聞いたことがある。それが本当だとしたら、これは偶然ではないのかもしれないな」

「何だ、それだったらすぐに十二個見つかるんじゃねえのか。良かったな、ティム」
言ってライアンは、ティムの背中を嬉しそうにばんばん叩いた。

「痛っ。痛いな」

それを見てフレデリックもプーハットも笑った。

フレデリックが表情を引き締める。
「とにかく、君はボヘミアン殿の血を受け継いでいる。きっと君になら、彼が成し遂げられなかった守護神を復活させることができるはずだ。大いに頑張ってくれたまえ」

ティムは頷くと言った。
「それで、結局俺たちは入ってもいいってことなんだよね?」

「ああ、勿論だよ」

「ありがとう」
ティムはお礼を言うと、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「入れない人っていうのはどういう人なの?」

するとフレデリックは一瞬沈黙した後、淡々と言った。
「中に入れないのは、魔族さ。最近はこの辺りもゴブリンやトロルが増えたから、人々に危険が及ばないように、我々ヘーゼルガルドの兵隊が、入口を守っているんだ。カルディーマは我々ヘーゼルガルドにとって重要な都市だからね」

「いやあ、やっぱりヘーゼルガルド軍は素晴らしいですね。魔族と戦い、人々の為に尽くしているなんて」
ライアンの目は感動の為か、ごまをする為なのか、やけに輝いていた。

フレデリックはこくりと頷いた。「ふふふ。では、君も入隊したら、頑張りたまえ」

「はい。頑張ります!」
ライアンが元気よく返事をする。

フレデリックは、ふうと一息吐くと、言った。「よし、じゃあそろそろ私も仕事に戻ろう。ライアン君、これからよろしく頼むよ。帰ったら、ジョナスに君が向かっていることを伝えておこう。ティム君も、また縁があればヘーゼルガルドで会おう」

「はい。ありがとうございます。では、また」
ライアンが軽くお辞儀をする。

「フレデリック、またね」
ティムは、手を振った。

「それでは失礼」
フレデリックは踵を返し、町の中へと戻っていった。

「あーあ。じゃあ俺も門番の仕事に戻るか」
プーハットは気だるそうに一つ伸びをした。
「まあ、二人とも達者でな。ヘーゼルガルドで待ってるぜ」

「了解です。よろしくお願いします」

「門番の仕事頑張ってね」
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