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第1章 守護神石の導き
第7話 剣術大会での珍事(1)
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一時課の鐘がカルディーマに鳴り響いた時、ティムは噴水の前にいた。周囲には数羽の小鳥が、可愛らしい鳴き声を上げながら戯れている。その中で彼は横になり眠っていた。
そんな彼を、道行く人々は軽く一瞥しただけで通り過ぎていった。カルディーマで、人が道端で寝転がっているのは、さほど珍しい光景ではない。物乞いが寝転がっているのは四六時中だが、朝はたまにはめを外し過ぎた酔っ払いが寝転がっていることもある。勿論ティムは酒を飲んでいないが、人々がティムのことを酔っ払いだと勘違いしても、何も不思議ではない。
そこにライアンがやって来た。虚ろな表情でふらふらと噴水に近寄っていったかと思うと、頭を噴水に突っ込んだ。水しぶきに驚いた小鳥たちが、一斉に飛び立つ。
流石に、道行く人々の多くはライアンに注目した。ライアンは喉を波打たせて噴水の中の水を飲み終えると、ティムの横に勢いよく座り込んだ。そして、二日酔いのぼんやりとした頭で記憶を辿っていく。
昨日俺は一体何をしていたんだっけ。
まず酒場に行って、女の子と一緒に楽しく飲んでいて。
いや、その前にとんでもないモンスター女三人と飲んでたのか。
でもその後、ちゃんと可愛い女の子が来て。
・・・。
その後、どうしたんだっけ。
・・・。
まあ、いいや。
とにかく、現状明らかにまずいのは、俺が今ほぼ一文無しということだ。
何故か懐に四十ルーン入っていたが、これが無かったら完全な一文無しだった。
ライアンは、左手の拳に握りしめていた四十ルーンを見つめた。そして次に隣のティムを見やる。ティムは相変わらずすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てて眠っていた。
うーん、どうやってこいつに言い訳しよう。
そんなことにしばらく漠然と思考を巡らせていると、ライアンは再び眠りに落ちた。
丁度その頃、カルディーマの西の草原を、鎧を身にまとった兵士が乗った十数体の馬が駆けていた。
彼らの行く手には、大きな城が荘厳と聳えている。彼らが仕えている城、ヘーゼルガルド城である。
領内に入ると、地面に跪き自分たちを迎える町人たちの前を颯爽と通り過ぎ、一行は城まで一直線に向かった。馬たちは固いひづめの音を響かせながら、速度を緩めることなく、勾配の強い坂を駆け上がる。
そして城の前まで来ると、一行は手綱を力強く引いた。
フレデリックは馬を下ると、王の間へと向かった。王座へと続く大きな鉄の入り口を、配下の兵士が開くと、フレデリックは中へ入った。
奥に王座があり、そこには穏やかな表情を浮かべ、亜麻色の髭をたっぷりと蓄えた恰幅のいい男が座っていた。ヘーゼルガルド王である。王のすぐ横にいる額の禿げ上がった厳格そうな顔をした男は、大臣のコルニックである。他には数人の王の世話係りの兵士が待機していた。
フレデリックは前へ歩み寄り、王の前まで来ると跪いた。
「ヘーゼルガルド軍六番隊隊長、フレデリックただ今戻りました」
ヘーゼルガルド王は、「うむ」と、ゆっくり頷いた。
大臣のコルニックが咳払いと共に口を開く。
「ええ、では、カルディーマの警備の報告を」
「はっ。昨日は、二件窃盗があり、どちらも盗人を捕らえることに成功しました。それ以外では、特に目立った事件はありませんでした。ゴブリン等も姿を現すことはありませんでした。ただ・・・」
そこでフレデリックが言葉を濁す。
「ただ、どうしたのだ」
王がフレデリックに聞いた。
「・・・二人の少年と出会いました。一人は我らヘーゼルガルド軍の第十一番隊長であるジョナスの息子でした。どうやら入隊を希望しているようで、近い内にヘーゼルガルドを訪れるようです」
「おお、そうか。ジョナスの息子か。奴の息子なら骨があるんじゃないか。楽しみじゃわい」
そう言って王は穏やかに笑い、再び問いた。
「それで、もう一人とは」
「もう一人はジョナスの息子と道中で出会ってから共に行動しているのですが、何とその少年は・・・ボヘミアン・アンギルモアの息子でした」
「何だと」
王が驚いて目を見開いた。
コルニックの顔にも当惑の色がありありと出ていた。
「彼の話によると、ボヘミアンはもう死んだということです。そして、どうやら今は彼が父親の遺志を継ぎ、守護神石を集めているようです」
「そうか、やはりボヘミアンは死んでいたのか。それに息子が今石を集めているとは。運命とは面白いものじゃのう、フレデリックよ」
そう言って、王は豊かな顎鬚を摩ると、付け加えた。
「彼はもう石を見つけているのか?」
「はい。二つ持っております」
「ヘーゼルガルドに来るつもりか?」
「はい。ジョナスの息子と共に行動しているようなので、近い内に来ると思われます」
「なるほど。そうか、そうか」
王は、今度は先程よりも大きく笑った。
「御苦労だったな、フレデリックよ。もう下がってよいぞ」
「はっ。それでは失礼致します」
フレデリックは立ち上がると、踵を返して王の間から立ち去っていった。
フレデリックがいなくなり、王の間がもう一度静けさに包まれると、王がまた口を開いた。
「ジョナスの息子にボヘミアンの息子。その二人が一緒にわしを訪れるというのか。実に楽しみじゃ」
ライアンに体を揺り動かされてティムが目を覚ました時、太陽は高い位置からティムを照り付けていた。
「ふわぁ。おはよう、ライアン」
ティムは寝ぼけ眼を擦って、大きく伸びをした。
「おう」
ライアンはティムの隣に座り直した。
「昨日はカジノ、楽しんだか?」
ライアンの問いかけに、ティムは寝起きのぼんやりとした頭で昨日の記憶を探った。
「あっ」
思わず声を漏らす。
ライアンがティムをちらりと見た。
「どうした?」
「いや、実はね」とティムはおずおずと切り出した。
「負けに負けて有り金全部なくなっちゃった!」
そう堂々と言ってのけると、ティムは気まずそうに舌を出した。
「お前・・・」
ライアンが震える。
「ごめん!良かったら恵ん・・・」
「俺と同じことしてるんじゃねえ!」
ライアンの胴間声が轟いた。
それから二人は冷静になって、昨晩何をして過ごしたかを教え合った。
「そういうことね。ライアンも今一文無しなんだ」
ティムが頭に両手を重ねて、安心したように言った。
「ったく、お前をあてにしていた俺がバカだったよ」
「お前にそれを言う権利は無いだろ」
ライアンはわざとらしく大きな溜息を吐き、がっくりとうなだれた。
「はあー。俺たちこれからどうすればいいんだ。食料だってもう残り少ないから、ここで買わないといけないっていうのによ」
「あははは。まさか二人ともお金がなくなるなんて想像できなかったよね」
ティムが呑気に笑うと、ライアンは目を向いて声を荒げた。
「何でこんな状況なのにお前は安心しきっているんだよ。金が無いんだぞ。旅を続けるには金がいるんだぞ」
「あっ。そうか」
「はぁー」
ティムの能天気振りを目の当たりにして、ライアンはより一層がっくりとうなだれる。しかし、すぐに何かを思い出したように声を上げた。
「あ、そういえば」
ライアンは右手を懐にがさがさと突っ込むと、四十ルーンを取り出した。
「ライアン、それは?」
「どうしてか分かんねえが、朝気付いたら持っていたんだ。酔っ払っていたから、知らない内に懐に入れっぱなしにしていたのかもしれねえな」
ライアンはその四枚の紙幣をぼんやりと眺めながら言った。
ティムの顔が輝く。
「よく分からないけれど、良かったじゃないか。これで一文無しじゃなくなった」
「そうだな。でもこんなはした金、すぐに無くなっちまう。何か手を打たねえと」
そう言ってライアンは、紙幣を持つ手をぎゅっと締める。
ティムが立ち上がった。
「とりあえず、街を歩き回ってみようよ。何かいい金策が見つかるかもしれない」
二人は酒場や商店を回り、仕事を探したが、なかなか二人が望むような条件の仕事は見つからなかった。
「くそったれめ。まる一日皿を洗って、たった五ルーンって、絶対になめてるぜ」
街道を歩きながら、ライアンが罵るような口調で吐き捨てた。
「それじゃあいつまでたってもこの街から出られないね」
ティムがライアンの隣で肩を落とす。
ライアンは更に語気を荒げた。
「まったくだぜ。酒場で仕入れた、行商人の近衛兵の仕事はそこまで悪くもなかったが、もう少しマシな賃金を払ってもいいはずだ」
「何か一発ぽーんと儲かる話でもあればいいのにな」
ティムは両手を頭に乗せながら、唇を尖らせる。
「あいつら、こっちが金の無い旅人だと思って足元見やがって。頭に来るぜ」
そう吐き捨てると、ライアンは道端に転がっていた石を力任せに蹴飛ばした。
蹴飛ばされた石は空気を切り裂いて飛んでいき、ことあることに前方を歩いていた屈強な剣士のきれいに剃られた頭に直撃した。
「あ・・・」
ティムは思わず口を両手で覆う。
赤くなった後頭部を見せながら、男はしばらく立ち止ったまま静止していた。しかし、ゆっくりと首を動かして後ろを振り向いたその顔は、激しい憤りによりぴくぴくと痙攣していた。
「ひえええ!何でこうなるの!」
ティムが泣き喚いているのを気にも介さず、その巨漢の剣士はずんずんと二人の前まで歩み寄り、怒鳴った。
「俺様の頭に石をぶつけやがった命知らずのゴミムシはどっちだコラァ!」
「ひー、こっちこっち」
ティムは慌てて、ライアンを指さす。
「やったのはてめえか!この金髪モンキー野郎が!」
男がライアンの胸倉を掴みながら喚くと、ライアンも男の胸倉を掴み返した。
「うるせえ!俺は今相当虫の居所が悪ィんだ。あんまり俺にストレスのお裾分けをしやがると、テメエのまばゆい頭で夜道照らして徘徊するぞ、このハゲコラァ!」
「何だとォ?誰に口利いてんのか分かってんだろうな、この長髪小便野郎が!」
「だ、誰が長髪小便単細胞野郎だコラァ!」
「えっ?いや、そこまで言ってねえよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ!」
ティムが止めに入ると、通りすがりの人たちが異常に気づいて二人を制止してくれた為、二人の喧嘩は鎮圧された。
男が去った後、ティムが冷や汗を拭いながら言った。
「ったく。あんまり変な揉め事起こさないでくれよな」
しかし、ライアンは依然として鼻息が荒い。
「あのハゲ、次に会ったら鼻の穴を一つにしてやる」
「ハハハ」
ティムは、乾いた声で笑った。
そんな彼を、道行く人々は軽く一瞥しただけで通り過ぎていった。カルディーマで、人が道端で寝転がっているのは、さほど珍しい光景ではない。物乞いが寝転がっているのは四六時中だが、朝はたまにはめを外し過ぎた酔っ払いが寝転がっていることもある。勿論ティムは酒を飲んでいないが、人々がティムのことを酔っ払いだと勘違いしても、何も不思議ではない。
そこにライアンがやって来た。虚ろな表情でふらふらと噴水に近寄っていったかと思うと、頭を噴水に突っ込んだ。水しぶきに驚いた小鳥たちが、一斉に飛び立つ。
流石に、道行く人々の多くはライアンに注目した。ライアンは喉を波打たせて噴水の中の水を飲み終えると、ティムの横に勢いよく座り込んだ。そして、二日酔いのぼんやりとした頭で記憶を辿っていく。
昨日俺は一体何をしていたんだっけ。
まず酒場に行って、女の子と一緒に楽しく飲んでいて。
いや、その前にとんでもないモンスター女三人と飲んでたのか。
でもその後、ちゃんと可愛い女の子が来て。
・・・。
その後、どうしたんだっけ。
・・・。
まあ、いいや。
とにかく、現状明らかにまずいのは、俺が今ほぼ一文無しということだ。
何故か懐に四十ルーン入っていたが、これが無かったら完全な一文無しだった。
ライアンは、左手の拳に握りしめていた四十ルーンを見つめた。そして次に隣のティムを見やる。ティムは相変わらずすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てて眠っていた。
うーん、どうやってこいつに言い訳しよう。
そんなことにしばらく漠然と思考を巡らせていると、ライアンは再び眠りに落ちた。
丁度その頃、カルディーマの西の草原を、鎧を身にまとった兵士が乗った十数体の馬が駆けていた。
彼らの行く手には、大きな城が荘厳と聳えている。彼らが仕えている城、ヘーゼルガルド城である。
領内に入ると、地面に跪き自分たちを迎える町人たちの前を颯爽と通り過ぎ、一行は城まで一直線に向かった。馬たちは固いひづめの音を響かせながら、速度を緩めることなく、勾配の強い坂を駆け上がる。
そして城の前まで来ると、一行は手綱を力強く引いた。
フレデリックは馬を下ると、王の間へと向かった。王座へと続く大きな鉄の入り口を、配下の兵士が開くと、フレデリックは中へ入った。
奥に王座があり、そこには穏やかな表情を浮かべ、亜麻色の髭をたっぷりと蓄えた恰幅のいい男が座っていた。ヘーゼルガルド王である。王のすぐ横にいる額の禿げ上がった厳格そうな顔をした男は、大臣のコルニックである。他には数人の王の世話係りの兵士が待機していた。
フレデリックは前へ歩み寄り、王の前まで来ると跪いた。
「ヘーゼルガルド軍六番隊隊長、フレデリックただ今戻りました」
ヘーゼルガルド王は、「うむ」と、ゆっくり頷いた。
大臣のコルニックが咳払いと共に口を開く。
「ええ、では、カルディーマの警備の報告を」
「はっ。昨日は、二件窃盗があり、どちらも盗人を捕らえることに成功しました。それ以外では、特に目立った事件はありませんでした。ゴブリン等も姿を現すことはありませんでした。ただ・・・」
そこでフレデリックが言葉を濁す。
「ただ、どうしたのだ」
王がフレデリックに聞いた。
「・・・二人の少年と出会いました。一人は我らヘーゼルガルド軍の第十一番隊長であるジョナスの息子でした。どうやら入隊を希望しているようで、近い内にヘーゼルガルドを訪れるようです」
「おお、そうか。ジョナスの息子か。奴の息子なら骨があるんじゃないか。楽しみじゃわい」
そう言って王は穏やかに笑い、再び問いた。
「それで、もう一人とは」
「もう一人はジョナスの息子と道中で出会ってから共に行動しているのですが、何とその少年は・・・ボヘミアン・アンギルモアの息子でした」
「何だと」
王が驚いて目を見開いた。
コルニックの顔にも当惑の色がありありと出ていた。
「彼の話によると、ボヘミアンはもう死んだということです。そして、どうやら今は彼が父親の遺志を継ぎ、守護神石を集めているようです」
「そうか、やはりボヘミアンは死んでいたのか。それに息子が今石を集めているとは。運命とは面白いものじゃのう、フレデリックよ」
そう言って、王は豊かな顎鬚を摩ると、付け加えた。
「彼はもう石を見つけているのか?」
「はい。二つ持っております」
「ヘーゼルガルドに来るつもりか?」
「はい。ジョナスの息子と共に行動しているようなので、近い内に来ると思われます」
「なるほど。そうか、そうか」
王は、今度は先程よりも大きく笑った。
「御苦労だったな、フレデリックよ。もう下がってよいぞ」
「はっ。それでは失礼致します」
フレデリックは立ち上がると、踵を返して王の間から立ち去っていった。
フレデリックがいなくなり、王の間がもう一度静けさに包まれると、王がまた口を開いた。
「ジョナスの息子にボヘミアンの息子。その二人が一緒にわしを訪れるというのか。実に楽しみじゃ」
ライアンに体を揺り動かされてティムが目を覚ました時、太陽は高い位置からティムを照り付けていた。
「ふわぁ。おはよう、ライアン」
ティムは寝ぼけ眼を擦って、大きく伸びをした。
「おう」
ライアンはティムの隣に座り直した。
「昨日はカジノ、楽しんだか?」
ライアンの問いかけに、ティムは寝起きのぼんやりとした頭で昨日の記憶を探った。
「あっ」
思わず声を漏らす。
ライアンがティムをちらりと見た。
「どうした?」
「いや、実はね」とティムはおずおずと切り出した。
「負けに負けて有り金全部なくなっちゃった!」
そう堂々と言ってのけると、ティムは気まずそうに舌を出した。
「お前・・・」
ライアンが震える。
「ごめん!良かったら恵ん・・・」
「俺と同じことしてるんじゃねえ!」
ライアンの胴間声が轟いた。
それから二人は冷静になって、昨晩何をして過ごしたかを教え合った。
「そういうことね。ライアンも今一文無しなんだ」
ティムが頭に両手を重ねて、安心したように言った。
「ったく、お前をあてにしていた俺がバカだったよ」
「お前にそれを言う権利は無いだろ」
ライアンはわざとらしく大きな溜息を吐き、がっくりとうなだれた。
「はあー。俺たちこれからどうすればいいんだ。食料だってもう残り少ないから、ここで買わないといけないっていうのによ」
「あははは。まさか二人ともお金がなくなるなんて想像できなかったよね」
ティムが呑気に笑うと、ライアンは目を向いて声を荒げた。
「何でこんな状況なのにお前は安心しきっているんだよ。金が無いんだぞ。旅を続けるには金がいるんだぞ」
「あっ。そうか」
「はぁー」
ティムの能天気振りを目の当たりにして、ライアンはより一層がっくりとうなだれる。しかし、すぐに何かを思い出したように声を上げた。
「あ、そういえば」
ライアンは右手を懐にがさがさと突っ込むと、四十ルーンを取り出した。
「ライアン、それは?」
「どうしてか分かんねえが、朝気付いたら持っていたんだ。酔っ払っていたから、知らない内に懐に入れっぱなしにしていたのかもしれねえな」
ライアンはその四枚の紙幣をぼんやりと眺めながら言った。
ティムの顔が輝く。
「よく分からないけれど、良かったじゃないか。これで一文無しじゃなくなった」
「そうだな。でもこんなはした金、すぐに無くなっちまう。何か手を打たねえと」
そう言ってライアンは、紙幣を持つ手をぎゅっと締める。
ティムが立ち上がった。
「とりあえず、街を歩き回ってみようよ。何かいい金策が見つかるかもしれない」
二人は酒場や商店を回り、仕事を探したが、なかなか二人が望むような条件の仕事は見つからなかった。
「くそったれめ。まる一日皿を洗って、たった五ルーンって、絶対になめてるぜ」
街道を歩きながら、ライアンが罵るような口調で吐き捨てた。
「それじゃあいつまでたってもこの街から出られないね」
ティムがライアンの隣で肩を落とす。
ライアンは更に語気を荒げた。
「まったくだぜ。酒場で仕入れた、行商人の近衛兵の仕事はそこまで悪くもなかったが、もう少しマシな賃金を払ってもいいはずだ」
「何か一発ぽーんと儲かる話でもあればいいのにな」
ティムは両手を頭に乗せながら、唇を尖らせる。
「あいつら、こっちが金の無い旅人だと思って足元見やがって。頭に来るぜ」
そう吐き捨てると、ライアンは道端に転がっていた石を力任せに蹴飛ばした。
蹴飛ばされた石は空気を切り裂いて飛んでいき、ことあることに前方を歩いていた屈強な剣士のきれいに剃られた頭に直撃した。
「あ・・・」
ティムは思わず口を両手で覆う。
赤くなった後頭部を見せながら、男はしばらく立ち止ったまま静止していた。しかし、ゆっくりと首を動かして後ろを振り向いたその顔は、激しい憤りによりぴくぴくと痙攣していた。
「ひえええ!何でこうなるの!」
ティムが泣き喚いているのを気にも介さず、その巨漢の剣士はずんずんと二人の前まで歩み寄り、怒鳴った。
「俺様の頭に石をぶつけやがった命知らずのゴミムシはどっちだコラァ!」
「ひー、こっちこっち」
ティムは慌てて、ライアンを指さす。
「やったのはてめえか!この金髪モンキー野郎が!」
男がライアンの胸倉を掴みながら喚くと、ライアンも男の胸倉を掴み返した。
「うるせえ!俺は今相当虫の居所が悪ィんだ。あんまり俺にストレスのお裾分けをしやがると、テメエのまばゆい頭で夜道照らして徘徊するぞ、このハゲコラァ!」
「何だとォ?誰に口利いてんのか分かってんだろうな、この長髪小便野郎が!」
「だ、誰が長髪小便単細胞野郎だコラァ!」
「えっ?いや、そこまで言ってねえよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ!」
ティムが止めに入ると、通りすがりの人たちが異常に気づいて二人を制止してくれた為、二人の喧嘩は鎮圧された。
男が去った後、ティムが冷や汗を拭いながら言った。
「ったく。あんまり変な揉め事起こさないでくれよな」
しかし、ライアンは依然として鼻息が荒い。
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