エルゼリアの石 -Stones of Erserhia-

水野煌輝

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第1章 守護神石の導き

第7話 剣術大会での珍事(2)

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そして、二人は、また歩き出した。

ティムが、ふと周りを見渡す。
「それにしても、この辺は戦士の身なりをした人がいっぱいいるなあ」

ライアンも辺りを見渡すと、そこは頑丈な鎧と剣を纏った男たちで溢れ返っていた。
「言われてみれば、確かにやけに多いな」

その時、ティムが何かに気付き、宙を指差した。
「ねえ、ライアン。あれ」

ティムの指の先を追っていくと、集まった群衆の少し向こうに『剣術大会』と書かれた看板が見えた。

「なるほど。ここに集まっている奴らは、これに出場するのが目的なのか」

「俺たちも近くで様子を見に行こうよ」

二人が群衆をくぐり抜けて看板の近くまで歩み寄っていくと、その看板の下には小奇麗な旅着を身にまとった男たちが数人立っていた。

その内の一人が突然ひょっこりと現れた二人に気付き、話しかけた。
「やあ。君たちも参加希望者かい」

「勝ったら何かいいことあるの?」
ティムが尋ね返す。

「ああ。一位になれば賞金千ルーンだ。ただエントリーするのに一人につき二十ルーン頂くがね」

ティムがライアンの方を向く。
「聞いたか。千ルーンだってさ」

ライアンが目を輝かせながら、何度も頷く。
「しかも俺たち、丁度二人分のエントリー代を持っているぜ」

「うーん、でも一位になんてなれっこないよね」

そうティムが言い終わる前に、ライアンは既に受付の男に、なけなしの四十ルーンを突き出していた。

「おっちゃん、二人エントリーね」

「ちょ、ライアン。待ってよ。もう少し考えた方が」

「考えるって何を考える必要があるっつうんだ。この辺に集まっている奴ら全員ぶっ倒すだけで、千ルーンだぜ。こんなにおいしい話はねえぞ」

もう優勝したかのように一人歓喜しているライアンを見て、ティムは不安そうな顔をした。
「本当に倒せるの?ほら、あそこにいる奴とか、大分やばそうだよ」

ティムの指し示す先には、全身筋肉の鎧に包まれた巨漢が、ティムの身長とさほど変わらない大きさの鉄槌を、平然と上下に振っていた。

「あんな化け物に勝てる訳が無いよ」

「はい。これ、お前のな」
ライアンはティムの話が全く聞こえていないかのように、男から受け取った番号札をティムに手渡した。




間もなくして、大会は始まった。
受付をしていた男たちの一人が、声を張り上げる。
「長らくお待たせしました!それでは恒例の剣術大会を始めたいと思います!」

群衆からどよめきと共に、盛大な拍手が送られる。

「これって恒例だったんだな」
ライアンがティムの耳元で言った。

「それでは、ルールの説明をさせて頂きます!大会はトーナメント制、試合は無制限一本勝負で、相手の体のどこかに攻撃を当てた時点で勝ちが決まります!試合では皆さんにはこちらで用意した木刀を使って頂きます!そして、見事一位になられた方には、賞金として、千ルーンを差し上げます!」

これにも群衆は沸き、口笛の音と拍手の音が響き渡った。

「それでは、試合を始めて行きたいと思います!まずはガイエル様とチェンドラー様!」

こうしてティムとライアンの、賞金を巡る剣術大会の幕が開いたのだった。




「オラアァァァ!」
雄々しい掛け声と共に木刀を振り下ろし、ライアンは相手の肩に鋭い一撃をお見舞いする。

「そこまで!勝者、ライアン様!」

第一戦をあっさり勝利したライアンは、背筋をしゃんと伸ばして、出場者が控えている場所に戻ってきた。

ティムが出迎える。
「ライアン、やるじゃないか」

「へん、これくらい余裕だぜ」
ライアンは鼻高々に言い放つと、胸を張ってみせた。

「でも、まだ一戦目だからね。賞金を得るには後、四、五戦連続で勝ち残らないといけないよ」

「よおし、任せとけ。俺たちの賞金の前に立ちはだかる輩は、皆ぶった斬る!」
ライアンは両腕を天に掲げて吠えた。

その後も、試合が連続して行われ、遂にティムの出番が来た。

「えー、次はティム様とダシール様の試合です!」

ティムの名前が呼ばれると、ライアンはティムの肩に手を置いた。
「どっちにしろ賞金は俺が頂くことになるだろうが、精々頑張ってこいよ」

「おい。お前がもらっても、ちゃんと俺に分けるんだよ!」
ティムは舌足らずにそう喚いた。

輪の中心に来ると、ティムは審判の男から木刀を受け取った。持ってみると、木刀はやはり丈夫で堅かった。当たり所が悪ければ、十分に痛いはずである。さっきの試合でライアンはあれ程強く木刀を振り回す必要は絶対に無かった、と、ティムは思った。

ティムの相手となるダシールは、全身が紫色のベールに覆われていたので、身長がティムより少しだけ低いこと以外の外見的な情報は全く分からなかった。そして、その謎めいた外見に、ティムの緊張感は更に煽られたのだった。

「それでは二人とも、準備はいいか?」

審判の問い掛けに、ティムは木刀を両手で強く握りしめて構えると、頷いた。ダシールも木刀を握る腕をしなやかに伸ばし頷く。

一瞬の間を空けて、審判が右腕を上げる。
「始め!」

開始の合図が出ても、二人は動かなかった。ティムが攻撃のタイミングを見計らっている一方で、ダシールはまるで石になったかのようにぴくりとも動かない。ダシールの表情が分からないこともあって、ダシールが何を考えているのか、ティムには見当もつかなかった。

結局、ティムから動いた。素早く前に足を踏み出して、ダシールに木刀を振りかざす。するとダシールは、ティムの攻撃が当たる寸前に木刀で攻撃を受け止めた。そして、ティムの木刀をはじき返すと、今までの硬直が嘘のように、目にも止まらぬ速さでティムを連打し始めた。ティムは大分後ろに押されてはいたが、それらの攻撃をぎりぎりで防御し、再度斬りかかった。しかし、ダシールは腰を落としてその一撃を回避し、再度素早い動きでティムを斬りつける。ティムはその攻撃も間一髪で防いだが、圧倒的な手数に負けて、大きく後退した。

「ティム、負けんなよ!頑張れ!」

ライアンの野太い声援がどこかから聞こえてきた。もちろんどこから聞こえてきたのか確認する余裕は、ティムには無い。

ティムは木刀と体全体のバネを駆使してダシールの高速ラッシュをかわしていったが、無理な動きに体はすぐに悲鳴を上げ始めた。

遂に敗北が目前まで迫ってきた時、ティムは残った力を振り絞って跳び上がり、体を空中で一回転させてダシールを斬りつけた。だがダシールは、その遠心力のこもった斬撃をなんなく受け止めた。それを見たティムは敗北を確信した。そのまま地面にむざむざと落ちていく。

その時。

ティムのベルトの袋から、サファイアが弾けるように飛び出した。

サファイアは観衆の視線を集めながら神秘的な青い輝きを放ち、高く宙を舞った。そしてティムが地面にどさっと崩れ落ちると、遅れてサファイアはこつんと地面を打った。

人々がどよめき始める。会場は、異様な空気に包まれていた。

一部始終を目撃していたダシールは、真直ぐサファイアに歩み寄っていくと、腰をかがめて手に取った。顔はベールで見えないが、観察しているように見えた。

「それを・・・返せ・・・」
ティムは残りの力を振り絞って、立ち上がろうと試みる。

サファイアを持ったまま、ダシールはティムを見た。ティムはダシールを睨み返す。
そのまましばらく二人は見つめ合っていたが、突然ダシールはティムにゆっくりと近付き始めた。ティムは歯を食いしばって立ち上がろうとするが、体が痺れて思うように動かない。

ダシールはティムの前まで来ると、持っていたサファイアを地面に置いた。
ティムは思わずダシールを見上げる。一方ダシールは、木刀を振り上げたかと思うと、ティムの頭をぽこりと叩いた。

一瞬の静寂の後、審判の男が右手を挙げた。
「そっ、そこまで!勝者、ダシール様!」

それと同時に会場は元の剣術大会の雰囲気に戻り、人々からは歓声と拍手が送られた。

ライアンがティムのもとへ駆けつける。ティムはライアンに引っ張り起こされて、輪の外へ出た。息がまだ切れている。

ライアンが聞く。
「おい、大丈夫かよ」

「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
ティムは呼吸を整えるべく大きく深呼吸した。

「それにしてもボロ負けだったなあ。まあお前にしちゃあ頑張った方なんじゃねえのか」
ライアンがにやにやと意地悪な笑みを浮かべながら、ティムを肘で小突いた。

「ったく。減らず口が絶えないなあ、もう」

「大丈夫だって。賞金は俺が頂くから安心して寝てろ」
ライアンは豪快に笑いながら、ティムの背中をばんばんと叩いた。

ティムは苦笑いすると、納得したように頷いた。
「そうだね。気晴らしに散歩でもしてくるよ。ライアンは頑張って賞金を取ってくれよ」

「おう。任せとけ」
ライアンは胸を張った。

「じゃあ、また後でな」
そう言って、ティムは一人その場を離れた。

「次の試合は、ドムニク様とイアン様!」

審判が大きな声で名前を呼ぶと、観衆の前に男が二人現れた。そのうちの一人は若い剣士だったが、もう一人は先程ライアンと一悶着あった坊主頭の屈強な剣士だった。

双方とも審判から木刀を受け取り構える。若い剣士が真剣な眼光で坊主の剣士を見据える一方、坊主の剣士は不敵な笑みをたたえながら首の骨を鳴らした。

審判の始めの合図と共に双方がぶつかり合い、木刀が打ち合う音が弾ける。最初は互角かと思われたが、すぐに若い剣士は力で押され始めた。そしてあっという間に若い剣士の手から木刀が弾き飛ばされ、坊主の剣士は若い剣士の肩口を木刀で叩いた。

「勝負あり!勝者、ドムニク!」

どっと歓声が上がる。

坊主頭の剣士の名前はドムニクというらしい。ドムニクは木刀を捨てると、にこりともせずに下がっていく。

ライアンはその試合をじっくりと見た後、唇をぺろりと舐めた。どうやら鼻の穴を一つにするチャンスは本当に訪れそうだ。
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