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第1章 守護神石の導き
第7話 剣術大会での珍事(3)
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ティムは街の大通りへ出た。前方から差し込む西日に目を細めながら、道行く人にぶつからないように注意して歩く。大半の商店や露店は少しずつ閉める準備をしているようで、売上金を数えたり店の掃除をしていたりしていた。
それにしてもベールを被ったあのダシールとかいう奴は半端なく強かった。こっちは限界まで筋肉を駆使して戦っていたというのに、あいつは体力を消耗しているようには全く見えなかった。ライアンのあの自信はどこから来ているのか知らないが、ダシールがいる限り優勝はあり得ないと思えた。
そんなことを考えながら歩いていると、ティムはまた本来の目的を忘れていることに気付いた。旅費の獲得ばかりに集中して、守護神石の情報を得ることを忘れてしまっては本末転倒である。
ティムは一人の時間を利用して情報収集を行うことにした。情報通な行商人なら何か知っている可能性が高いと踏み、露店を出している商人中心に聞き込みをしていったがなかなか情報は入ってこない。
しばらく歩いているとアクセサリー屋をしている恰幅のいい商人を見つけた。アクセサリーを売る商人なら守護神石について何か知っているかもしれない。
ティムがその商人の露店に寄ると、商人は軽快に切り出した。
「いらっしゃい。お客さん、いいタイミングに来たね。もうすぐ店仕舞いだから、買うなら今の内だよ」
そう言い終わらない内に、商人は目の前にある台から銀のネックレスを掴むとティムに突き出した。ティムは受け取り見定めている振りをした後、商人に返した。同時に品物が載っている台に目を通すが、勿論守護神石は売られていなかった。
「このネックレス、本来十五ルーンと言いたいところだけど、もう店終いだし、お客さんだけ特別に十ルーンで売りましょう。どうだね」
商人は目尻を下げて、とっておきの営業スマイルをティムへ向ける。
「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
ティムが言うと、商人は眉を上げてきょとんとした顔をした。
「聞きたいことって、何だい?」
「守護神石のことについて、知りたいんだ。何か知っていたら教えてくれないかな」
商人は数回ぱちぱちと瞬きをすると、言った。
「守護神石か。あたしは一度もお目にかかったことはないが、話はよく聞くなあ。何でもエルゼリアに十二ある守護神石の所持者は、不思議な力を得て魔法を使えるようになるんだとか。そして何よりその輝きは、エルゼリアのどんな石よりも美しいと聞く。是非いつかお目にかかりたいもんだ」
「どこにあるかとか、分からないかな?」
その商人は肩をすくめて、両手を広げた。
「うんにゃ、分からんね。力になれなくて申し訳ないけど」
「ヘーゼルガルドにあるってことは考えられない?」
「ヘーゼルガルドかあ」
商人は顎を指で摩りながら記憶を探っているようだったが、不意に手をぽんと叩いた。
「おお、そういえばヘーゼルガルドで守護神石が見つかったっていう噂を聞いたことがあるよ」
「え、本当に?」
商人は頷いた。
「ああ。でも大分昔の話だなあ。最近はヘーゼルガルドに行ってないから今あるかどうかは分からないね。そもそもただの噂だったのかもしれないし」
「そうなんだ」
どこまで有力な情報かどうかは分からないが、とにかく守護神石の情報を掴むことができ、ティムはささやかな達成感を覚えた。やっぱりヘーゼルガルドに行けば守護神石が見つかる気がしてきて、胸が躍った。
しかし、ふとティムは思った。もしヘーゼルガルドに守護神石があるとしたら、守護神石の希少価値を考えると城に住む王族の管理下にある可能性が高い。そうであれば、昨日守護神石の話になった時にフレデリックがそのことに触れるはずだ。しかしそんな話はなかった。となると、ヘーゼルガルドに守護神石があったとしても王族の所有物ではないということになる。それとも何か。守護神石は持っているけれども、機密の観点から言えないだけだろうか。
やはりヘーゼルガルドに行かなければ。そうティムは確信した。
色々教えてくれたお礼に、ティムはサファイアを商人に見せてあげた。
「おお。これは守護神石の一つ、サファイア。一体どこでこれを?」
商人は手の平の上で重みを感じながら、その輝きに目を奪われていた。
「父親の形見なんだよ」
商人はルーペを取り出しサファイアを丹念に観察した後、唾を飲み込んだ。
「まさしく本物のサファイアだ。初めて見るが噂は本当だったようだね。エルゼリアのどんな石よりも美しい」
ティムは肩をすくめた。
「他の噂は嘘だったみたいだけど。不思議な力も魔法も使えない」
「ほおお」と唸りながら、商人はもう一度サファイアを食い入るように凝視する。
その様子を見据えながら、ティムはおもむろに言った。「これ、売ってあげるって言ったらどうする?」
「な、何だって?」
思いがけない発言に、商人は目を剥いた。
「こ、これを売ってくれるのかい?」
ティムは特に頷くこともせず、ただ驚愕の表情を浮かべる商人の顔を見つめながらそっと下唇を噛み締めた。
商人は冷や汗を垂らしながらティムの顔とサファイアを見比べていた。しかしやがて目を閉じたかと思うと、ティムにサファイアを差し出した。
「是非売ってくれと言いたいところだが、これに見合う金が無い。そもそも値をつけられる代物でもないな。大事にとっておくといい」
そう言われた後もティムはしばらく商人の顔を見つめていたが、不意にふうと息を吐いた。
「そうだよね。今の話は忘れてよ」
この後に及んでのしかかる重圧から逃げようとしている自分がいることに気付いたティムは、軽い自己嫌悪に陥った。
その後も色々と聞き込みをしたが新しい手がかりは得られず、ティムは昼にライアンと訪れた酒場に来た。
その酒場は石造りの建物の中にあった。十脚程のテーブルが雑然と置いてあり、部屋の奥にはカウンターがあった。酒場の店主がカウンターの向こうで切り盛りをしている。昼に来た時は店内は明るく食事をする若者も多く見られたが、夕暮れ時の今の店内は薄暗く、客も旅人か中年の男たちが大半だった。
ティムが店内に入ると、入り口の近くのテーブルで飲んでいた髭面の男たち三人がティムに無遠慮な視線を浴びせかける。奥のテーブルでは五、六人の男たちが調子の狂った笑い声を上げながら酒を呷っていた。
客たちの視線を全く意に介さずティムは数人の客に当たってみたが、皆泥酔して会話ができないか何も新しい情報を持っていないかで埒が開かなかった。
結局カウンターの向こう側にいる酒場の店主と話してみることにした。酒場の店主は精力溢れるきりっとした目をした細身の中年の男で、昼には金策のことで相談にも乗ってもらっている。結果として、今日見つけた仕事の中で最も割が良かった近衛兵の仕事を紹介してくれた。さすが、情報が飛び交う酒場の店主だけはある。
カウンターには若い女が一人、既に座っていた。横からしか見えないが、長い黒髪に仕立てのいいローブを身に纏っている。男ばかりのこの店の中で、その女は豚小屋の中にいる子鹿のように浮いていた。
ティムがカウンターに座ると、店主が気付いて話しかけてきた。
「おお、昼間の剣士じゃないか。どうだ、何かいい話はあったのかね」
「いや、それが何も無いんだよね。近衛兵の仕事をやらせてもらうかもしれないな」
ライアンが剣術大会に出ていることは言わなかった。賞金を得る為には優勝しなければならないし、あまりに可能性が低すぎるからである。
「そうかい。気が向いたらまた話しかけてくれよ」
「うん。でももう一つ聞きたいことがあってね」
店主が皿を拭きながら、ティムを見た。
「何だ?」
「守護神石のことについて何か知らないか。特にどこにあるかが知りたいんだけど」
「おお、守護神石か。それならついさっき情報が入ってきたぞ」
自分の耳を疑った。何の期待もせずに聞いた分、驚きが大きかった。
「本当に?」
「ああ、今街の東で剣術大会が行われているみたいなんだが、試合中に出場者の一人の懐から守護神石の一つが飛び出たらしい。なんでもサファイアっていう名前の青い石で、風の神の化身だそうだ。ついさっきの出来事だから、持ち主はまだこの辺にいるんじゃないか」
それを聞いてティムは拍子抜けした。
「ん、何だ、もう知ってたのか?」
店主がきょとんとした顔をする。
ティムは店主に気にしないよう伝えた。噂が広まるのは早いものだなあとティムはつくづく感じた。
ただ一つ腑に落ちないところがあった。サファイアという名前を知っているだけならまだいいが、風の神の化身であることまで知っているのは妙である。アクセサリーの商人も言及しなかったところから、一般的にはあまり知られていないのではないだろうか。とにかく、そこまで守護神石について詳しく知っている人間はそこら中にいるという訳ではないはずだ。
「ねえ、その話、誰から聞いたの?」
ティムが聞くと、店主はジョッキを洗いながら顎で指示した。
「そっちに座っている姉ちゃんだよ」
ティムが横を見ると、女は葡萄酒のグラスに口をつけているところだった。髪が長いので横からだと顔がよく見えない。
ティムは席を動いて、その女の近くに座り話しかけた。
「どうも、こんばんは」
女が振り向く。気品のある焦げ茶色の瞳がティムを捕らえた。緩やかな眉は女性的な穏やかさを湛え、すらりとした鼻筋は理知的だった。この喧噪に包まれた薄暗い酒場において、女の容姿は明らかに場違いと言わざるを得なかった。
「今店主と話していたんだけど、剣術大会でサファイアが出てきたって話は君が店主に伝えたんだってね」
「はい、そうです。現場をご覧になったんですか?」
石を落した張本人であるティムのことを知らないとなると、どうやら直に見たのではなく人づてに聞いたようである。店主に教えた人間も目撃者ではないとすると、ティムの試合を見ていた誰かが言いふらして回っているのだろうか。
ティムは少し悩んだが、言うことにした。
「うん、一番近くで見た。あれは俺の石なんだよ」
女ははっとティムの顔を見た。大きな目を二、三度瞬きさせる。その目は驚いた目のようにも、その逆のようにも見えた。
「あなたがそうだったのですか」
「突然だけど質問があるんだ。他の守護神石がどこにあるか知らないか」
女は黙って、葡萄酒のグラスを見つめた。質問の意図を考えているのだろうが、ティムの頭にグラスを投げつけようか考えているのかもしれなかった。
女はグラスを置き、下唇を噛みながら少し考えた後言った。「私の知っていることを教えることは構いません。でもその前になぜあなたが守護神石を探されているのかを教えて頂けませんか?」
「それはまたどうして?」
「興味があるからです」
ティムは事のあらましを全て打ち明けた。サファイアは死んだ父親の形見であること、その父親の遺志を継いで自分もエルゼリアを救う旅をしていること、その為に十二の守護神石の全てを揃えないといけないこと。全て女に話した。
女は一部始終を熱心に聞き入った後、言った。
「そうだったんですか。エルゼリアを救う旅の途中なんですね」
「そう。まあ、雲を掴むような話なんだけどね」
「でもそんな大きな目標を持って旅をされてるなんて、素晴らしいですね」
「いや、そんなことないよ。目標が大き過ぎるからそろそろ挫折しようかな」
冗談っぽくそう言うと、女はころころと笑った。ようやく見る笑顔である。雰囲気からして高飛車な女なのかと思ったら、意外と愛嬌があるらしい。
「じゃあ、そろそろ君の知ってることを教えてよ」
すると女はちらりと辺りを一瞥してから、ティムの耳元で囁くように言った。
「ここでは教えられません。場所を変えましょう」
それにしてもベールを被ったあのダシールとかいう奴は半端なく強かった。こっちは限界まで筋肉を駆使して戦っていたというのに、あいつは体力を消耗しているようには全く見えなかった。ライアンのあの自信はどこから来ているのか知らないが、ダシールがいる限り優勝はあり得ないと思えた。
そんなことを考えながら歩いていると、ティムはまた本来の目的を忘れていることに気付いた。旅費の獲得ばかりに集中して、守護神石の情報を得ることを忘れてしまっては本末転倒である。
ティムは一人の時間を利用して情報収集を行うことにした。情報通な行商人なら何か知っている可能性が高いと踏み、露店を出している商人中心に聞き込みをしていったがなかなか情報は入ってこない。
しばらく歩いているとアクセサリー屋をしている恰幅のいい商人を見つけた。アクセサリーを売る商人なら守護神石について何か知っているかもしれない。
ティムがその商人の露店に寄ると、商人は軽快に切り出した。
「いらっしゃい。お客さん、いいタイミングに来たね。もうすぐ店仕舞いだから、買うなら今の内だよ」
そう言い終わらない内に、商人は目の前にある台から銀のネックレスを掴むとティムに突き出した。ティムは受け取り見定めている振りをした後、商人に返した。同時に品物が載っている台に目を通すが、勿論守護神石は売られていなかった。
「このネックレス、本来十五ルーンと言いたいところだけど、もう店終いだし、お客さんだけ特別に十ルーンで売りましょう。どうだね」
商人は目尻を下げて、とっておきの営業スマイルをティムへ向ける。
「ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
ティムが言うと、商人は眉を上げてきょとんとした顔をした。
「聞きたいことって、何だい?」
「守護神石のことについて、知りたいんだ。何か知っていたら教えてくれないかな」
商人は数回ぱちぱちと瞬きをすると、言った。
「守護神石か。あたしは一度もお目にかかったことはないが、話はよく聞くなあ。何でもエルゼリアに十二ある守護神石の所持者は、不思議な力を得て魔法を使えるようになるんだとか。そして何よりその輝きは、エルゼリアのどんな石よりも美しいと聞く。是非いつかお目にかかりたいもんだ」
「どこにあるかとか、分からないかな?」
その商人は肩をすくめて、両手を広げた。
「うんにゃ、分からんね。力になれなくて申し訳ないけど」
「ヘーゼルガルドにあるってことは考えられない?」
「ヘーゼルガルドかあ」
商人は顎を指で摩りながら記憶を探っているようだったが、不意に手をぽんと叩いた。
「おお、そういえばヘーゼルガルドで守護神石が見つかったっていう噂を聞いたことがあるよ」
「え、本当に?」
商人は頷いた。
「ああ。でも大分昔の話だなあ。最近はヘーゼルガルドに行ってないから今あるかどうかは分からないね。そもそもただの噂だったのかもしれないし」
「そうなんだ」
どこまで有力な情報かどうかは分からないが、とにかく守護神石の情報を掴むことができ、ティムはささやかな達成感を覚えた。やっぱりヘーゼルガルドに行けば守護神石が見つかる気がしてきて、胸が躍った。
しかし、ふとティムは思った。もしヘーゼルガルドに守護神石があるとしたら、守護神石の希少価値を考えると城に住む王族の管理下にある可能性が高い。そうであれば、昨日守護神石の話になった時にフレデリックがそのことに触れるはずだ。しかしそんな話はなかった。となると、ヘーゼルガルドに守護神石があったとしても王族の所有物ではないということになる。それとも何か。守護神石は持っているけれども、機密の観点から言えないだけだろうか。
やはりヘーゼルガルドに行かなければ。そうティムは確信した。
色々教えてくれたお礼に、ティムはサファイアを商人に見せてあげた。
「おお。これは守護神石の一つ、サファイア。一体どこでこれを?」
商人は手の平の上で重みを感じながら、その輝きに目を奪われていた。
「父親の形見なんだよ」
商人はルーペを取り出しサファイアを丹念に観察した後、唾を飲み込んだ。
「まさしく本物のサファイアだ。初めて見るが噂は本当だったようだね。エルゼリアのどんな石よりも美しい」
ティムは肩をすくめた。
「他の噂は嘘だったみたいだけど。不思議な力も魔法も使えない」
「ほおお」と唸りながら、商人はもう一度サファイアを食い入るように凝視する。
その様子を見据えながら、ティムはおもむろに言った。「これ、売ってあげるって言ったらどうする?」
「な、何だって?」
思いがけない発言に、商人は目を剥いた。
「こ、これを売ってくれるのかい?」
ティムは特に頷くこともせず、ただ驚愕の表情を浮かべる商人の顔を見つめながらそっと下唇を噛み締めた。
商人は冷や汗を垂らしながらティムの顔とサファイアを見比べていた。しかしやがて目を閉じたかと思うと、ティムにサファイアを差し出した。
「是非売ってくれと言いたいところだが、これに見合う金が無い。そもそも値をつけられる代物でもないな。大事にとっておくといい」
そう言われた後もティムはしばらく商人の顔を見つめていたが、不意にふうと息を吐いた。
「そうだよね。今の話は忘れてよ」
この後に及んでのしかかる重圧から逃げようとしている自分がいることに気付いたティムは、軽い自己嫌悪に陥った。
その後も色々と聞き込みをしたが新しい手がかりは得られず、ティムは昼にライアンと訪れた酒場に来た。
その酒場は石造りの建物の中にあった。十脚程のテーブルが雑然と置いてあり、部屋の奥にはカウンターがあった。酒場の店主がカウンターの向こうで切り盛りをしている。昼に来た時は店内は明るく食事をする若者も多く見られたが、夕暮れ時の今の店内は薄暗く、客も旅人か中年の男たちが大半だった。
ティムが店内に入ると、入り口の近くのテーブルで飲んでいた髭面の男たち三人がティムに無遠慮な視線を浴びせかける。奥のテーブルでは五、六人の男たちが調子の狂った笑い声を上げながら酒を呷っていた。
客たちの視線を全く意に介さずティムは数人の客に当たってみたが、皆泥酔して会話ができないか何も新しい情報を持っていないかで埒が開かなかった。
結局カウンターの向こう側にいる酒場の店主と話してみることにした。酒場の店主は精力溢れるきりっとした目をした細身の中年の男で、昼には金策のことで相談にも乗ってもらっている。結果として、今日見つけた仕事の中で最も割が良かった近衛兵の仕事を紹介してくれた。さすが、情報が飛び交う酒場の店主だけはある。
カウンターには若い女が一人、既に座っていた。横からしか見えないが、長い黒髪に仕立てのいいローブを身に纏っている。男ばかりのこの店の中で、その女は豚小屋の中にいる子鹿のように浮いていた。
ティムがカウンターに座ると、店主が気付いて話しかけてきた。
「おお、昼間の剣士じゃないか。どうだ、何かいい話はあったのかね」
「いや、それが何も無いんだよね。近衛兵の仕事をやらせてもらうかもしれないな」
ライアンが剣術大会に出ていることは言わなかった。賞金を得る為には優勝しなければならないし、あまりに可能性が低すぎるからである。
「そうかい。気が向いたらまた話しかけてくれよ」
「うん。でももう一つ聞きたいことがあってね」
店主が皿を拭きながら、ティムを見た。
「何だ?」
「守護神石のことについて何か知らないか。特にどこにあるかが知りたいんだけど」
「おお、守護神石か。それならついさっき情報が入ってきたぞ」
自分の耳を疑った。何の期待もせずに聞いた分、驚きが大きかった。
「本当に?」
「ああ、今街の東で剣術大会が行われているみたいなんだが、試合中に出場者の一人の懐から守護神石の一つが飛び出たらしい。なんでもサファイアっていう名前の青い石で、風の神の化身だそうだ。ついさっきの出来事だから、持ち主はまだこの辺にいるんじゃないか」
それを聞いてティムは拍子抜けした。
「ん、何だ、もう知ってたのか?」
店主がきょとんとした顔をする。
ティムは店主に気にしないよう伝えた。噂が広まるのは早いものだなあとティムはつくづく感じた。
ただ一つ腑に落ちないところがあった。サファイアという名前を知っているだけならまだいいが、風の神の化身であることまで知っているのは妙である。アクセサリーの商人も言及しなかったところから、一般的にはあまり知られていないのではないだろうか。とにかく、そこまで守護神石について詳しく知っている人間はそこら中にいるという訳ではないはずだ。
「ねえ、その話、誰から聞いたの?」
ティムが聞くと、店主はジョッキを洗いながら顎で指示した。
「そっちに座っている姉ちゃんだよ」
ティムが横を見ると、女は葡萄酒のグラスに口をつけているところだった。髪が長いので横からだと顔がよく見えない。
ティムは席を動いて、その女の近くに座り話しかけた。
「どうも、こんばんは」
女が振り向く。気品のある焦げ茶色の瞳がティムを捕らえた。緩やかな眉は女性的な穏やかさを湛え、すらりとした鼻筋は理知的だった。この喧噪に包まれた薄暗い酒場において、女の容姿は明らかに場違いと言わざるを得なかった。
「今店主と話していたんだけど、剣術大会でサファイアが出てきたって話は君が店主に伝えたんだってね」
「はい、そうです。現場をご覧になったんですか?」
石を落した張本人であるティムのことを知らないとなると、どうやら直に見たのではなく人づてに聞いたようである。店主に教えた人間も目撃者ではないとすると、ティムの試合を見ていた誰かが言いふらして回っているのだろうか。
ティムは少し悩んだが、言うことにした。
「うん、一番近くで見た。あれは俺の石なんだよ」
女ははっとティムの顔を見た。大きな目を二、三度瞬きさせる。その目は驚いた目のようにも、その逆のようにも見えた。
「あなたがそうだったのですか」
「突然だけど質問があるんだ。他の守護神石がどこにあるか知らないか」
女は黙って、葡萄酒のグラスを見つめた。質問の意図を考えているのだろうが、ティムの頭にグラスを投げつけようか考えているのかもしれなかった。
女はグラスを置き、下唇を噛みながら少し考えた後言った。「私の知っていることを教えることは構いません。でもその前になぜあなたが守護神石を探されているのかを教えて頂けませんか?」
「それはまたどうして?」
「興味があるからです」
ティムは事のあらましを全て打ち明けた。サファイアは死んだ父親の形見であること、その父親の遺志を継いで自分もエルゼリアを救う旅をしていること、その為に十二の守護神石の全てを揃えないといけないこと。全て女に話した。
女は一部始終を熱心に聞き入った後、言った。
「そうだったんですか。エルゼリアを救う旅の途中なんですね」
「そう。まあ、雲を掴むような話なんだけどね」
「でもそんな大きな目標を持って旅をされてるなんて、素晴らしいですね」
「いや、そんなことないよ。目標が大き過ぎるからそろそろ挫折しようかな」
冗談っぽくそう言うと、女はころころと笑った。ようやく見る笑顔である。雰囲気からして高飛車な女なのかと思ったら、意外と愛嬌があるらしい。
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