3軍男子の俺が1軍男子のアイツに求愛されるようになりました

休日の白

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 放課後の教室。カーテンがゆらりと揺れて、光が机の上を滑っていく。
 教室に残っているのは、俺と神谷だけだった。

 「……お前、まだ残ってたのか」
 「うん。提出物、出し忘れてて」
 答えると、神谷は片眉を上げて笑う。
 「真面目だな。俺なんて三つくらい出してないぞ」
 「いや、それはどうかと思うけど……」

 他愛もない会話。だけど、ふとした沈黙の瞬間に胸がざわつく。
 この静けさが、なぜか落ち着かない。
 教室の窓から差し込む光が、神谷の横顔を切り取っていた。
 茶色い髪がきらめき、睫毛の影が頬に落ちる。
 ……どうして、こんな顔、じっと見てるんだろう。

 「なあ、透」
 「……なに?」
 「このあと、ちょっと来てほしい場所がある」
 「え?」

 そのまま、神谷は俺の腕を軽く引いた。
 教室のドアを抜け、廊下を進む。
 放課後のざわめきが遠くなっていく。

 向かった先は――屋上だった。
 鍵がかかっているはずの扉が、なぜか開いている。
 神谷がポケットから小さな鍵を取り出し、笑って見せた。

 「先生に預かってたんだ。掃除当番の時にな」
 「それ、返してないの?」
 「内緒」

 いたずらっぽい笑顔。
 でも、その笑顔の奥に、なにか隠しているようにも見えた。

 「ここ、俺の逃げ場所なんだ」
 神谷が空を見上げながら言った。
 「上ばっか見てると、下のことどうでもよくなる。……くだらない噂とか、誰が一軍だとか、そういうの」

 言葉が、静かに胸に落ちる。
 あの“完璧な神谷”が、そんな風に思ってるなんて。

 「お前もさ、たまには逃げたら?」
 「俺が?」
 「うん。そうやって、無理して笑ってんの、見てらんない」

 息が詰まった。
 自分の“弱さ”を、誰かに見透かされた気がして。
 でも、不思議と――嫌じゃなかった。

   風が少し強くなった。
 フェンス越しの空が、オレンジから群青へと沈みかけている。
 神谷は金網に背を預け、ポケットから何かを取り出した。

 それは、古びた銀色のペンダントだった。
 表面には擦り傷がいくつもついていて、ずっと握りしめられてきた跡があった。

 「……これ、母さんの形見なんだ」
 静かな声だった。
 軽い冗談を飛ばすいつもの神谷じゃない。
 まるで、どこか別の世界から聞こえるような声色。

 「小学生のときに事故で亡くなってさ。親父は仕事でほとんど家にいなかったから、気づいたら一人になってた」
 神谷は笑っていた。けれど、その笑みはどこか乾いていた。
 「それ以来、人に“見せる顔”を作るのがうまくなったんだ。誰にも心配させないようにって思ってたら、いつのまにか“完璧なやつ”って呼ばれるようになっててさ」

 俺は言葉を失った。
 あの明るさも、人気者の振る舞いも、全部――自分を守るための仮面だったのか。

 「でも、本当は怖いんだよ」
 神谷は小さく息を吐いた。
 「誰かが、俺の“本当”を知ったら、離れていくんじゃないかって。だから、誰にも話したことなかった」

 ……それなのに、なぜ俺に。

 「なんで、俺に話すんだよ」
 ようやく絞り出した声に、神谷は少し目を細めて笑った。

 「わかんない。でも、お前なら聞いてくれる気がした」
 「俺が?」
 「うん。透、お前って……無理してるくせに、誰かの前では絶対に弱音吐かないだろ。見てて、痛くなるんだよ」

 その言葉に、心臓が跳ねた。
 まるで自分の奥底を掴まれたみたいで。

 「俺も似たようなもんだしな」
 神谷はフェンスの向こうに手を伸ばす。
 暮れゆく空を掴むように、指先が光に溶けた。
 「……誰にも見せられない顔って、ひとつくらいあるだろ」

 俺は答えられなかった。
 けれど、沈黙が気まずくはなかった。
 風の音と、遠くのチャイムの余韻だけが、二人のあいだを満たしていた。

 そのとき、神谷のスマホが震えた。
 ちらりと画面を見て、彼の表情が固まる。
 「……やば」
 「どうした?」
 「父さんから。……帰れって」
 その声には、わずかな怯えが混じっていた。

 「怒られるのか?」
 「いや……そういうのじゃない。ただ、最近ずっと連絡とってなくて」
 神谷はスマホを握りしめたまま、唇を噛んだ。
 「今日、家に帰るのが怖い」

 その一言が、胸に刺さった。
 どんな強がりの裏にも、孤独がある。
 俺は思わず口を開いた。

 「……行くなら、一緒に帰るよ」
 神谷がこちらを見た。目が大きく見開かれる。
 「は?」
 「いや、家の方向、途中まで一緒だし。別に変な意味じゃ――」
 「変な意味でもいいけど?」
 神谷が小さく笑った。けれど、その笑みにはほんの少し涙が混じっていた。

 「ありがとな、透」

 沈みゆく夕日が二人の影を伸ばした。
 屋上の鍵が、神谷の手の中で小さく鳴る。
 その音は、どこかで“秘密の合図”みたいに聞こえた。

  夜の街を歩く。
 コンビニの明かりがやけに白くて、二人の影を細く引き伸ばしていた。
 神谷は無言のまま、スマホをポケットに押し込み、ただ前を見て歩いている。

 「……ほんとに一緒に来なくていいのに」
 ようやく、そんな言葉をこぼした。
 「俺、勝手に決めたから。お前のせいじゃないぞ」
 「それでも行く」
 短く答えると、神谷が一瞬だけ振り返る。
 その横顔は、強がりと不安のあいだに揺れていた。

 住宅街に入ると、空気が急に重くなる。
 神谷の家の前――二階建ての白い家。
 明かりはついていなかった。
 けれど、玄関先に並ぶ靴の位置が微妙にずれていて、そこに“誰かの気配”があることだけはわかった。

 「行くわ」
 そう言って神谷が玄関のドアノブに手をかけた瞬間――
 中から、鈍い音が響いた。
 「ガシャンッ」

 ガラスが割れる音。
 続いて、何かが倒れる音。
 俺は思わず神谷の腕を掴んだ。

 「中に誰かいる!」
 神谷の顔から血の気が引く。
 「父さん……!?」

 靴を脱ぐ間もなく、神谷は駆け込んだ。
 俺も後を追う。
 リビングの照明は点いておらず、カーテンの隙間から街灯の光が差し込んでいる。
 テーブルがひっくり返り、床には割れたグラスが散らばっていた。

 そして、その奥に――男がひとり、崩れるように座り込んでいた。
 神谷の父親だった。
 酒瓶を握りしめ、うわ言のように誰かの名前を呼んでいる。

 「……母さんの名前だ」
 神谷が呟いた。
 「毎晩こうなんだ。酔って、母さんを呼んで、俺に怒鳴って……」

 静かな言葉なのに、その一つひとつが刃のようだった。
 「だから、家に帰りたくなかったんだ」

 彼の声が震える。
 俺は何も言えなかった。
 慰めの言葉も、正論も、意味を持たない気がした。

 それでも――

 「神谷」
 名を呼ぶと、彼は振り向いた。
 涙をこらえるような目で。

 「……逃げてもいいんじゃないか」
 「逃げる?」
 「うん。屋上で言ってたろ。『たまには逃げてもいい』って。……今度は、俺がそう言う番だよ」

 神谷の肩が震えた。
 そして、次の瞬間――
 その体が、俺の胸に倒れ込んできた。

 「透……俺、もう疲れた」
 「わかってる」
 「逃げてもいいかな」
 「いいよ」

 その言葉を口にした瞬間、神谷の手がそっと俺の背にまわった。
 抱きしめるというより、しがみつくように。
 息がかかるほどの距離。
 胸の奥で、何かが静かにほどけていく。

 「透」
 「……なに」
 「お前がいてくれて、よかった」

 その声は小さくて、夜風に紛れそうだった。
 でも確かに、俺の中で何かが“変わった”とわかった。

 ――誰かの痛みに触れることが、こんなにも怖くて、こんなにも優しいなんて。

 外で犬が吠え、遠くで電車の音が響いた。
 壊れた家の中、ふたりだけが静止しているようだった。
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