3軍男子の俺が1軍男子のアイツに求愛されるようになりました

休日の白

文字の大きさ
8 / 11

8

しおりを挟む
午前の光が、窓際の席に斜めに差し込んでいた。
 黒板のチョークの音だけが、静かな教室に響いている。

 英語の授業。教師の発音が、単調に、しかし心地よく流れていく。
 けれど、俺の頭にはほとんど入ってこなかった。

 神谷の笑い声が聞こえる。
 教壇の前のほうで、女子たちに囲まれながら、いつものように明るく振る舞っていた。
 昨日までのあの夜が、まるで嘘みたいだった。

 ――俺といたときの神谷は、確かに少し違って見えたのに。

 「おい、透。お前、ノート貸してくれよ」
 隣の席の西村が、ひょいと身を乗り出してくる。
 「あ、ああ。いいけど」
 差し出すと、西村はちらりと前を見て、苦笑した。
 「お前、神谷となんかあった?」
 「……なんで」
 「だってさ、昨日の昼から妙に距離あるじゃん。神谷も、お前と話さねーし」
 「別に、何もないよ」

 声が、少し上ずった。
 西村はそれ以上突っ込まなかったけど、表情はどこか探るようだった。

 神谷は、前の席で笑っていた。
 クラスメイトの冗談に乗って、軽くツッコミを入れて、女子たちに肩を叩かれて――
 “いつもの神谷”に戻っていた。

 ――いや、“戻った”んじゃない。
 最初から、あれが神谷なのかもしれない。
 人気者で、完璧で、誰にでも優しい。俺だけが特別じゃなかった。
 そんな当たり前のことが、妙に胸に刺さった。

 チャイムが鳴り、教師が教室を出ていく。
 ざわめきが一気に広がった。

 「ねえ、神谷くん、放課後バスケしようよ!」
 「おう、いいね。透も来る?」
 思わず顔を上げる。
 神谷の視線が、ほんの一瞬だけ俺を捉えた――けれど、すぐに逸らされた。

 「いや、今日はいいや」
 声が震えていた。
 神谷は小さく頷いて、それ以上は何も言わなかった。

 笑い声が遠ざかっていく。
 教室に残ったのは、俺と数人の居残り組だけだった。

 俺は机に突っ伏したまま、深く息を吐いた。
 胸の奥に沈殿していくもの。
 それは“怒り”でも“悲しみ”でもなく――
 ただの“置き去りにされた感覚”だった。

 放課後。
 空は茜に染まり、校舎の影が長く伸びていた。
 人気のない廊下を歩いていると、ふと屋上へ続く階段の前で足が止まる。

 ――行くな。もう終わったことだ。

 そう思っていた。
 それでも、足は勝手に動いた。

 ドアを開けると、風が頬を撫でた。
 そして、そこに神谷がいた。

 フェンスにもたれ、沈みゆく空を見上げていた。
 振り返った神谷の目が、驚きに見開かれる。

 「……透」
 その声に、胸がきゅっと締めつけられた。

 「授業、真面目に受けてたか?」
 冗談めかした声。でも、その笑みはどこかぎこちなかった。
 俺は答えず、ただ神谷を見つめた。
 沈黙が風に溶けていく。

 「……ごめん」
 先に口を開いたのは、神谷だった。
 「俺さ、また“いつもの俺”に戻っちゃった。怖かったんだ。
 あの夜のこと、思い出すのが。透の前で泣いた自分を、どう扱えばいいのか分かんなくて」

 「……別に、責めてねぇよ」
 「でも、透が離れたの、俺のせいだろ」
 神谷が小さく笑って、視線を落とした。
 「俺、また嘘ついてた。“完璧な神谷”に戻れば、全部うまくいくって思った。でも違った。
 透の目、避けるたびに、どんどん苦しくなった」

 その言葉に、胸が熱くなる。
 俺も、同じだった。
 あの夜、手を握ったときの感触を、ずっと忘れられなかった。

 「……俺も、ごめん」
 「え?」
 「勝手に勘違いしてた。お前がクラスで笑ってるの見て、置いてかれた気がして。
 でも、そんなの俺のわがままだった」

 沈黙。
 風が髪を揺らし、フェンスの金網が微かに鳴る。

 神谷が一歩、近づいた。
 「透、また……逃げようぜ。今度は一緒に」
 「……逃げるって、どこに」
 「分かんねぇ。でも、もう嘘つかない。俺も、透も」

 その目には、もう“完璧”の影はなかった。
 ただ真っ直ぐに、俺を見ていた。

 ――ああ、また始まるんだ。
 そう思った瞬間、涙がこみ上げた。

 「……バカだなお前」
 「知ってるよ」
 神谷が笑う。
 その笑顔に、夕日の光が差し込んだ。

 屋上の風が二人の間を抜けていく。
 世界がゆっくりと溶けていくような、静かな時間だった。

 そのとき初めて、俺は思った。
 “逃げる”ことは、たぶん“生きる”ってことなんだ――と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。 自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい! そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。 瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。 圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって…… ̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶ 【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ 番外編、牛歩更新です🙇‍♀️ ※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。 少しですが百合要素があります。 ☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...