10 / 11
10
しおりを挟む
期末テストが終わった教室は、妙な解放感に包まれていた。
「海行こうぜ!」「英表マジ無理!」と、あちこちから浮かれた声が飛び交う。
その中心で、神谷が笑っていた。肩を組まれ、軽口を返している。
――いつもの光景。
けれど、その笑顔がどこか張りついて見えたのは、俺の気のせいだろうか。
神谷がこちらに気づいて、手を振った。
「おーい、透! 英表どうだった?」
「最悪。単語、半分カンで書いた」
「マジ? 俺もだよ」
「それ、笑えないやつ」
俺が苦笑すると、神谷は楽しそうに肩をすくめた。
他のクラスメイトといる時よりも、その笑い方はやわらかく見えた。
それに気づくたび、胸の奥が小さく波打つ。
「なあ、透。文化祭、出し物どうなるかな」
「今日ホームルームで決めるらしいけど」
「マジかー、どうせクレープとかだろ」
「去年もだったらしいよ」
「じゃ、もう一回やる? “二年B組・焼けたクレープ編”」
「焦がす気満々じゃん」
二人で笑った。
笑っているだけの時間が、どうしようもなく愛おしかった。
***
放課後。ホームルームが終わると、クラスの空気は一気に文化祭モードになった。
「装飾班、誰やる?」「買い出し行ける人ー?」と声が飛び交い、教室が小さな戦場のように騒がしい。
気づけば、神谷が文化祭実行委員に推薦されていた。
「神谷なら、顔が広いしまとめ役向いてるっしょ!」
「いや、俺より桐原とかのほうが……」
「決まり決まり!」
そんな調子で拍手が起こり、神谷は苦笑しながら立ち上がった。
その視線が、一瞬だけ俺の方を見た。
――困った時、助けてくれよ。
無言のサインに、俺は小さくうなずいた。
放課後、神谷は装飾のラフを描きながらつぶやいた。
「なあ透、こういうのセンスあるだろ? 一緒にやろうぜ」
「俺、美術は“3”だよ?」
「じゃあ俺が描く。透は意見だけくれ」
「便利な言い方すんな」
「褒めてるって」
神谷は笑って、ポスターに筆を走らせた。
蛍光マーカーのインクが光を反射して、机の上が少しだけ明るくなる。
その横顔を見ていると、時間がゆっくり流れていく気がした。
「なに、見てんの」
「……別に」
「嘘つけ」
「ほんとに別に」
「ふーん」
神谷はペン先を止め、俺の顔を覗き込んだ。
その距離に、息が詰まる。
けれど神谷はすぐに視線を戻し、何事もなかったようにまた描き始めた。
――なぜか、少し悔しい気がした。
***
数日後。
放課後の教室に残って、装飾の準備をしていた。
窓の外では雨が降り出していて、ガラスにぽつぽつと水滴が滑り落ちていく。
「やば、降ってきたな」
「傘持ってる?」
「持ってきたけど……透、持ってないでしょ」
「……うん」
「じゃ、俺んとこ寄ってけよ。傘、二本ある」
「いや、悪いって」
「いいから」
神谷の声が、いつになく穏やかだった。
沈黙の中で、雨音だけが響く。
神谷はポスターを手に立ち上がり、黒板の上に貼っていった。
「な、透。これ、どう?」
「うまい。てか、もうそれで完成でいいんじゃね」
「お前の“うまい”は信用ならん」
「じゃ、すげー上手い」
「それもなんか嘘くせえ」
そんな軽口を交わしながら、二人で笑った。
外の雨が強くなり、窓の外がぼやけて見えた。
ふと、神谷がポスターの端を押さえながら言った。
「……なあ、透」
「ん?」
「お前といると、落ち着く」
突然の言葉に、手の動きが止まった。
「なんか、いろいろあるけどさ。お前といる時だけは、何も考えなくていい」
「……俺も、そうかも」
その一言がやっと絞り出せた。
静かな雨音の中で、神谷の笑顔が少し滲んで見えた。
何か言おうとしたけれど、言葉にならなかった。
胸の奥で波打つ鼓動が、やけにうるさい。
教室の外では、誰かの笑い声が聞こえた。
――“あの二人、最近よく一緒にいるよね”
そんな囁きが、現実へと引き戻す。
神谷はそれに気づかないふりをして、俺の方を見た。
「雨、やみそうにないな」
「……そうだな」
「じゃ、やっぱり寄ってけよ。家、近いし」
「……うん」
ガラス越しに滲む街灯の光が、二人の影を長く伸ばした。
あの小さな囁きが、心のどこかに刺さったまま。
けれど、今はまだ――それでもいいと思えた。
「海行こうぜ!」「英表マジ無理!」と、あちこちから浮かれた声が飛び交う。
その中心で、神谷が笑っていた。肩を組まれ、軽口を返している。
――いつもの光景。
けれど、その笑顔がどこか張りついて見えたのは、俺の気のせいだろうか。
神谷がこちらに気づいて、手を振った。
「おーい、透! 英表どうだった?」
「最悪。単語、半分カンで書いた」
「マジ? 俺もだよ」
「それ、笑えないやつ」
俺が苦笑すると、神谷は楽しそうに肩をすくめた。
他のクラスメイトといる時よりも、その笑い方はやわらかく見えた。
それに気づくたび、胸の奥が小さく波打つ。
「なあ、透。文化祭、出し物どうなるかな」
「今日ホームルームで決めるらしいけど」
「マジかー、どうせクレープとかだろ」
「去年もだったらしいよ」
「じゃ、もう一回やる? “二年B組・焼けたクレープ編”」
「焦がす気満々じゃん」
二人で笑った。
笑っているだけの時間が、どうしようもなく愛おしかった。
***
放課後。ホームルームが終わると、クラスの空気は一気に文化祭モードになった。
「装飾班、誰やる?」「買い出し行ける人ー?」と声が飛び交い、教室が小さな戦場のように騒がしい。
気づけば、神谷が文化祭実行委員に推薦されていた。
「神谷なら、顔が広いしまとめ役向いてるっしょ!」
「いや、俺より桐原とかのほうが……」
「決まり決まり!」
そんな調子で拍手が起こり、神谷は苦笑しながら立ち上がった。
その視線が、一瞬だけ俺の方を見た。
――困った時、助けてくれよ。
無言のサインに、俺は小さくうなずいた。
放課後、神谷は装飾のラフを描きながらつぶやいた。
「なあ透、こういうのセンスあるだろ? 一緒にやろうぜ」
「俺、美術は“3”だよ?」
「じゃあ俺が描く。透は意見だけくれ」
「便利な言い方すんな」
「褒めてるって」
神谷は笑って、ポスターに筆を走らせた。
蛍光マーカーのインクが光を反射して、机の上が少しだけ明るくなる。
その横顔を見ていると、時間がゆっくり流れていく気がした。
「なに、見てんの」
「……別に」
「嘘つけ」
「ほんとに別に」
「ふーん」
神谷はペン先を止め、俺の顔を覗き込んだ。
その距離に、息が詰まる。
けれど神谷はすぐに視線を戻し、何事もなかったようにまた描き始めた。
――なぜか、少し悔しい気がした。
***
数日後。
放課後の教室に残って、装飾の準備をしていた。
窓の外では雨が降り出していて、ガラスにぽつぽつと水滴が滑り落ちていく。
「やば、降ってきたな」
「傘持ってる?」
「持ってきたけど……透、持ってないでしょ」
「……うん」
「じゃ、俺んとこ寄ってけよ。傘、二本ある」
「いや、悪いって」
「いいから」
神谷の声が、いつになく穏やかだった。
沈黙の中で、雨音だけが響く。
神谷はポスターを手に立ち上がり、黒板の上に貼っていった。
「な、透。これ、どう?」
「うまい。てか、もうそれで完成でいいんじゃね」
「お前の“うまい”は信用ならん」
「じゃ、すげー上手い」
「それもなんか嘘くせえ」
そんな軽口を交わしながら、二人で笑った。
外の雨が強くなり、窓の外がぼやけて見えた。
ふと、神谷がポスターの端を押さえながら言った。
「……なあ、透」
「ん?」
「お前といると、落ち着く」
突然の言葉に、手の動きが止まった。
「なんか、いろいろあるけどさ。お前といる時だけは、何も考えなくていい」
「……俺も、そうかも」
その一言がやっと絞り出せた。
静かな雨音の中で、神谷の笑顔が少し滲んで見えた。
何か言おうとしたけれど、言葉にならなかった。
胸の奥で波打つ鼓動が、やけにうるさい。
教室の外では、誰かの笑い声が聞こえた。
――“あの二人、最近よく一緒にいるよね”
そんな囁きが、現実へと引き戻す。
神谷はそれに気づかないふりをして、俺の方を見た。
「雨、やみそうにないな」
「……そうだな」
「じゃ、やっぱり寄ってけよ。家、近いし」
「……うん」
ガラス越しに滲む街灯の光が、二人の影を長く伸ばした。
あの小さな囁きが、心のどこかに刺さったまま。
けれど、今はまだ――それでもいいと思えた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる