アイドルですがピュアな恋をしています。~お付き合い始めました~

雪 いつき

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今日はバレンタインデー

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隼音しゅん君、ハッピーバレンタイン!」
花楓かえでさんハッピーバレンタインです! ありがとうございます!」

 花楓用の休憩室の扉を開けると、花楓はそう言って、綺麗にラッピングされた箱を笑顔で差し出した。受け取った隼音も同じ言葉を返す。
 大地だいちが見ていれば“バカップルか?”と呆れた顔をしただろう。だが二人に自覚はない。

「花楓さんからのチョコ~。嬉しさの余り既に美味しいです」
「ふふ、ありがとう」
「開けてもいいですか?」
「うん」

 少し緊張気味の花楓に、可愛いなーと思いながら隼音は丁寧にリボンを解く。そして、箱を開けると。


「トリュフだ」

 パッと顔を輝かせた。
 コロンとした形のトリュフに、ドライフルーツやアラザンで装飾がされている。箱の中央にはピンクのハート型チョコが。九つあるうちどれもが芸術品のように繊細な装飾が施されていた。

「すごいです。宝石箱みたいです」
「ふふ、ありがとう。チョコを作ったのは久しぶりだから、隼音君のお口に合えば嬉しいんだけど……」

 自分では今出来る最高の物を作ったつもりだが、好きな人に贈るとなると少し不安になってしまう。

「花楓さんの作る物はいつでも間違いなく美味しいです。…………食べるのが勿体ないので、先に写真撮らせてください」

 チョコに手を伸ばすが、スッとスマホを取り出しカメラを起動する。
 花楓からの初めてのバレンタインチョコ。それも、あまりに綺麗で、連写が止まらない。
 そんなに撮るの?、と苦笑しながらも嬉しそうな花楓の声に我に返り、最後に渾身の数枚を撮ってスマホをしまった。
 そして、いただきます、と言ってツヤツヤのチョコを口に含む。


 天才パティシエ。


 その名が脳裏をよぎる。
 口の中で蕩けるほろ苦いチョコから、桃のピューレが溢れてくる。甘さと苦さの比率が絶妙。舌触りも良く、あまりに舌が幸せで、言葉を発するのも勿体ないくらいだ。
 その通りに口を開けられず、すっかり溶けてなくなるまで隼音はその味を堪能した。

「……どう、かな?」
「……この感動を表す言葉を探しています。………………最高に美味しいです」

 うっ、と顔を覆った。
 人は本当に感動した時は語彙力を失くす。美味しいです、幸せです、と繰り返す隼音の頭を、花楓はありがとうと言ってよしよしと撫でた。

「花楓さん、好きです」
「ありがとう。俺もだよ」
「大好きです」
「俺も大好き」

 そっと目を細めて笑う花楓は、可愛い年下の隼音君扱いモードだ。だが今は格好良い隼音モードになれない。チョコが美味しすぎて。

 もう一つ食べたいのに勿体ない。勿体ないけど食べたい。そんな隼音に、花楓は冷蔵庫から何かを取り出した。チョコは日持ちするから持って帰って、その代わりにと。


「あと、これはね、試作品です」
「この一切れでも豪華さを感じますね」
「えっと、ちょっと、店長に頼まれた、とある人へのプレゼント用にね?」
「……店長用ですか?」
「え? あ、違うよ? 店長にはオランジェットにしたから」

 柑橘系好きだから、と笑う。その笑顔があまりに優しくて、つい意地悪をしたくなった。

「店長さんと俺、どっちがかっこいいですか?」

 どちらが好きかなんて訊かない。好きの種類が違うものを比べても仕方ないし、花楓にとって鷹尾たかおは誰よりも大切な存在だと知っている。きっと、今はまだ、隼音よりも。

 その事を花楓も分かったうえで、敢えて答えずに拗ねた顔をした。

「隼音君、最近ちょっといじわるだ」
「すみません。花楓さんが可愛くて、つい」
「可愛いのは隼音君の方だよ」

 そう言いながらもぷっくりと頬を膨らませる。花楓さんの方が可愛い、と隼音は緩む口元を押さえた。

「そんなふうにいじわるしなくても、隼音君は、俺の恋人なんだから……」

 そこでふと、花楓がケーキに視線を落とす。そしてフォークを取り、控えめにチョコレートケーキを掬った。


「はい、あーん」
「ンッ……」

 思わず変な声が出た。口元を押さえ悶える隼音に、花楓はにっこりと良い笑顔を浮かべて。

「恋人だから、ね?」

 あーん、ともう一度言って、フォークを隼音の口元に近付けた。
 恋人になってからというもの、花楓の攻撃力が爆発的に上がった。好きを自覚した花楓は強い。とても強い。

 更にはケーキがあまりに美味しくて、初あーんをされた喜びも相俟って、隼音はまた口元を押さえ「最高に美味しいです」と語彙力を失くした。

「いえ、本当に、美味しすぎて涙が出そうです。店長さんのお知り合いさん、絶対喜びますよ」
「そう、かな?」
「こんな美味しいケーキをプレゼントされたら、一生忘れられない思い出になりますって」

 羨ましいなーと、自分の事のようににこにことする隼音に、花楓は嬉しさと罪悪感で胸がギュッとなった。
 本当は隼音君用だよ、という言葉は頑張って呑み込んだ。ホワイトデーのお返しで負担を掛けそうだと鷹尾は言っていたし、花楓もそう思う。

 彼を喜ばせたいのに、加減が分からない。
 だって、初恋だ。
 同じ初恋だという隼音は年下なのにこんなに冷静なのに、……と、隼音から別荘をプレゼントされかけた事を知るよしもない花楓はそっと眉を下げたのだった。


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