4 / 26
今日はバレンタインデー
しおりを挟む「隼音君、ハッピーバレンタイン!」
「花楓さんハッピーバレンタインです! ありがとうございます!」
花楓用の休憩室の扉を開けると、花楓はそう言って、綺麗にラッピングされた箱を笑顔で差し出した。受け取った隼音も同じ言葉を返す。
大地が見ていれば“バカップルか?”と呆れた顔をしただろう。だが二人に自覚はない。
「花楓さんからのチョコ~。嬉しさの余り既に美味しいです」
「ふふ、ありがとう」
「開けてもいいですか?」
「うん」
少し緊張気味の花楓に、可愛いなーと思いながら隼音は丁寧にリボンを解く。そして、箱を開けると。
「トリュフだ」
パッと顔を輝かせた。
コロンとした形のトリュフに、ドライフルーツやアラザンで装飾がされている。箱の中央にはピンクのハート型チョコが。九つあるうちどれもが芸術品のように繊細な装飾が施されていた。
「すごいです。宝石箱みたいです」
「ふふ、ありがとう。チョコを作ったのは久しぶりだから、隼音君のお口に合えば嬉しいんだけど……」
自分では今出来る最高の物を作ったつもりだが、好きな人に贈るとなると少し不安になってしまう。
「花楓さんの作る物はいつでも間違いなく美味しいです。…………食べるのが勿体ないので、先に写真撮らせてください」
チョコに手を伸ばすが、スッとスマホを取り出しカメラを起動する。
花楓からの初めてのバレンタインチョコ。それも、あまりに綺麗で、連写が止まらない。
そんなに撮るの?、と苦笑しながらも嬉しそうな花楓の声に我に返り、最後に渾身の数枚を撮ってスマホをしまった。
そして、いただきます、と言ってツヤツヤのチョコを口に含む。
天才パティシエ。
その名が脳裏をよぎる。
口の中で蕩けるほろ苦いチョコから、桃のピューレが溢れてくる。甘さと苦さの比率が絶妙。舌触りも良く、あまりに舌が幸せで、言葉を発するのも勿体ないくらいだ。
その通りに口を開けられず、すっかり溶けてなくなるまで隼音はその味を堪能した。
「……どう、かな?」
「……この感動を表す言葉を探しています。………………最高に美味しいです」
うっ、と顔を覆った。
人は本当に感動した時は語彙力を失くす。美味しいです、幸せです、と繰り返す隼音の頭を、花楓はありがとうと言ってよしよしと撫でた。
「花楓さん、好きです」
「ありがとう。俺もだよ」
「大好きです」
「俺も大好き」
そっと目を細めて笑う花楓は、可愛い年下の隼音君扱いモードだ。だが今は格好良い隼音モードになれない。チョコが美味しすぎて。
もう一つ食べたいのに勿体ない。勿体ないけど食べたい。そんな隼音に、花楓は冷蔵庫から何かを取り出した。チョコは日持ちするから持って帰って、その代わりにと。
「あと、これはね、試作品です」
「この一切れでも豪華さを感じますね」
「えっと、ちょっと、店長に頼まれた、とある人へのプレゼント用にね?」
「……店長用ですか?」
「え? あ、違うよ? 店長にはオランジェットにしたから」
柑橘系好きだから、と笑う。その笑顔があまりに優しくて、つい意地悪をしたくなった。
「店長さんと俺、どっちがかっこいいですか?」
どちらが好きかなんて訊かない。好きの種類が違うものを比べても仕方ないし、花楓にとって鷹尾は誰よりも大切な存在だと知っている。きっと、今はまだ、隼音よりも。
その事を花楓も分かったうえで、敢えて答えずに拗ねた顔をした。
「隼音君、最近ちょっといじわるだ」
「すみません。花楓さんが可愛くて、つい」
「可愛いのは隼音君の方だよ」
そう言いながらもぷっくりと頬を膨らませる。花楓さんの方が可愛い、と隼音は緩む口元を押さえた。
「そんなふうにいじわるしなくても、隼音君は、俺の恋人なんだから……」
そこでふと、花楓がケーキに視線を落とす。そしてフォークを取り、控えめにチョコレートケーキを掬った。
「はい、あーん」
「ンッ……」
思わず変な声が出た。口元を押さえ悶える隼音に、花楓はにっこりと良い笑顔を浮かべて。
「恋人だから、ね?」
あーん、ともう一度言って、フォークを隼音の口元に近付けた。
恋人になってからというもの、花楓の攻撃力が爆発的に上がった。好きを自覚した花楓は強い。とても強い。
更にはケーキがあまりに美味しくて、初あーんをされた喜びも相俟って、隼音はまた口元を押さえ「最高に美味しいです」と語彙力を失くした。
「いえ、本当に、美味しすぎて涙が出そうです。店長さんのお知り合いさん、絶対喜びますよ」
「そう、かな?」
「こんな美味しいケーキをプレゼントされたら、一生忘れられない思い出になりますって」
羨ましいなーと、自分の事のようににこにことする隼音に、花楓は嬉しさと罪悪感で胸がギュッとなった。
本当は隼音君用だよ、という言葉は頑張って呑み込んだ。ホワイトデーのお返しで負担を掛けそうだと鷹尾は言っていたし、花楓もそう思う。
彼を喜ばせたいのに、加減が分からない。
だって、初恋だ。
同じ初恋だという隼音は年下なのにこんなに冷静なのに、……と、隼音から別荘をプレゼントされかけた事を知るよしもない花楓はそっと眉を下げたのだった。
2
あなたにおすすめの小説
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
アイドルですがピュアな恋をしています。
雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音(しゅん)は、たまたま入ったケーキ屋のパティシエ、花楓(かえで)に恋をしてしまった。
気のせいかも、と通い続けること数ヶ月。やはりこれは恋だった。
見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで花楓との距離を縮めていく。じわりじわりと周囲を巻き込みながら。
二十歳イケメンアイドル×年上パティシエのピュアな恋のお話。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
まさか「好き」とは思うまい
和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり……
態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語
*2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
僕は何度でも君に恋をする
すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。
窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。
しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。
初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる